飛んで上海 (二)- 中国
マレーシアから急遽上海へと飛ぶことになった筆者。同行するはずだった部長もまさかのドタキャン。中国語が全く話せない筆者は大きな不安を抱え、一人で上海へ向かう事に。なんとか無事に上海に辿り着いた筆者にこの後何が待ち受けているのか…。
三時間程仮眠を取った私は、現地での朝からの打合せに参加するために支度をし、再びホテルからタクシーに乗り込みオフィスへと向かった。
天気は快晴。私はタクシーに乗り込むと、運転手にオフィスまでの地図を見せる。運転手は暫く黙って地図を見ていたが、場所が理解できたのか、不愛想に私に地図を返すと、直ぐに車を走らせた。ここで何か話しかけられても、私は全くもって何も返せないから都合は良い。現地まで何分かかるのか、タクシー料金がいくらかかるかも分からないまま、とりあえず乗ったタクシーに身を任せた。
私はオフィスへ向かう車中、初めて訪れた上海の街並みをずっと眺めていた。私の想像していた中国は、発展途上で自転車が多く、古ぼけた屋敷が建ち並んでいるといったものだった。
しかし、実際私の目に飛び込んできたものとはそれと全く違い、近代的なビルが建ち並び、車やバイクも多く、建物こそ日本のそれとは多少異なる古びた物もあったが、私の予想を遥かに超える綺麗な街並みに、少々驚いた。
十分程すると、タクシーは停車した。目的地と思しき所に着いたのだろうが、私にはここが目的地かどうかもわからない。とりあえず運転手に料金を払い、荷物を持って下車した。
さて、どうしたものか。取り敢えず付近を歩いてみる。マレーシアを発つ前に、中国に駐在している日本人の方から、オフィス付近の情報をメールで頂いていたので、その情報を元に散策してみる。
貰ったメールによると、
『オフィスのビルの隣に、ポルシェの車が展示してある所があります。その隣の高いビルがオフィスになりますので、そこの一回に着いたら電話ください。』
と書いてあった。
私はまず、ポルシェが展示してあるお店を探そうと歩き出した。周囲を見渡すや否や、直ぐにそのお店は見つかった。どうやらタクシーの運転手は、目的地の目の前で降ろしてくれたようだ。なんとも有難い。私は、初めての土地で迷うことなくオフィスビルに着くことが出来た。
ビルの一階で、私は担当の方に電話を掛けた。暫く待っていると、二名の方が私の方に近づいてきた。そして一人の方が、
「お疲れさまです。よく遠い所から来て頂きました。」
と挨拶してきた。そこで三人挨拶を交わした。話によると、一人は現地法人の部長の加原さん。そしてもう一人はその部下の川井さんだそうだ。三人で軽く談笑をしていると、程なくして川井さんから、
「あっ、すみません。来て頂いて早々なんですが、明日早速お客様の所に今回の件で伺う予定になってますので、申し訳ないですがオフィスで簡単に打合せさせてもらっても宜しいですか?」
との申し出があったので、私達は談笑もそこそこにオフィスへと移動した。
私はオフィスに入って驚いた。というのも、オフィスには多くの人がいたのだが、日本のオフィスとは全く違ってかなり騒々しい。オフィスのあちらこちらで会話が飛び交っている。打合せをしているのかと思いながらそれぞれを眺めてみるが、全てがそうでもないらしい。仕事の話をしている人もいれば、雑談をしている人もいて、とにかく賑やかだ。私はそんなオフィスを横目に会議室へと入った。会議室に入ると、翌日のお客様訪問のについての説明や、今回お客様先で実施するヒヤリングの内容などを確認した。そうこうしているうちに、あっという間に一日が終わった。
業務終了後、私はみんなと夕食にでも行くのかと、オフィスの傍らで待っていた。しかし、急なトラブル対応で周囲はかなりざわついていた。
『これは一緒に食事どころではないな…。』
私はそう思い、川井さんに一声かけてこの日は職場を後にした。
ホテルに戻った私は、これといってする事もないので部屋でのんびりと過ごしていた。テレビを付けると中国のニュースやドラマなど様々な番組が映ってきた。画面には中国語字幕まで出ていたが、中国語が理解できない私には、ただの呪文の様にしか感じる事ができなかった。中国ではテレビですら私には暇つぶしにならないので、とりあえずホテル周辺を散策しようと外に出る事にした。
私が宿泊した花園飯店周辺は、一見静かだが、近くの大通り付近まで出ると、ショッピングセンターなどが建ち並んでいて賑やかだった。周囲の風景を見ながら歩いていると、とあるモニュメントが目に留まった。じっくりと見てみると、
『EXPO SHANGHAI CHINA』
と書かれている。そこで私は気がついた。
そう、上海国際博覧会(上海万博)が開催されていたのである。私にはすっかり縁がないものだと思い込んでいたので、初めてそこで気がついたのだ。
私は万博には行ったことがないので、『行ければ一度行ってみたいな…。』などと考えながら、周辺の散策を続けた。
散策を続けていると辺りは次第と暗くなり、夕飯時を迎えていた。私もそろそろ夕飯を取ろうと考えながら歩いていた。しかし私はここで、大きな問題に直面していることに気がついた。
そう、私は中国語が話せないのだ。
タクシーに乗る時も現地までの地図を見せるだけで現地に辿り着くし、職場では日本語しか使わない。ホテルのフロントは英語が通じるからいいものの、コンビニでは全く英語が通じず、『は?』みたいな顔をされた…。
英語が通じなかったのはコンビニだけなのか?他の場所では英語は通じるのか?私は一気に不安になった。それならば、ホテルに戻って夕食を取ればいいではないかと思われるかもしれない。確かにそれも一つの手ではある。しかし、ホテルからだいぶ離れてしまっていることと、ホテルの食事が高いことを考えると、しがないサラリーマンにとっては近場で食事を済ませた方がいろいろと都合がよいのだ。
とりあえず私は、散策しながら道路沿いのレストランや食堂っぽいお店を眺めてみた。しかし、どの店を見てもメニューは全て中国語表記。何の食事なのかも全く理解する事ができない。できるとすれば、コーヒーなどの飲料くらいだろう。さすがに飲み物だけでは腹は膨れない。私は夕食を探し求め、更に歩き続けた。
どれくらい歩いただろうか。気がつけば、かなりの距離を歩いたようだ。そして気がつくと、私はとある大きな十字路の交差点に差し掛かっていた。右に行くか、左に行くか、それとも真っすぐか…。私は横断歩道の前で暫く考えていた。その交差点でふと右手に目を向けると、目の前には地下鉄の駅があった。
『地下鉄かぁ…。』
などと他愛もない事を考えながら、私は更に奥に目を向けた。すると、少し遠くに見た事のあるマークを発見した。そのマークはなんと、
『マクドナルド』
そう、皆さんご存知のマックのマークが遠くに見えたのである。その瞬間私は、
『マックなら、英語が通じるのでは?』
この際、食べるものはハンバーガーでもなんでもいい。私にとっては注文できることが最重要なのだから。そう思いながら、私はマクドナルドの看板の見える方向へと進んで行った。
歩くこと二、三分。マクドナルドらしき看板に辿り着いた。これで看板に「McDonald‘s」の文字でも見えたら百パーセントマクドナルドだ。そんな事を考えながら建物の方を見ると、そこに現れた文字は…。
『麦当劳』
ん?なんだこれは?マクドナルド…なのか?というか、読めないし、全くもって確信が持てない。とりあえず私はマックのマークだけを頼りに、ビルの中に入り込んだ。
ビルの中に入ると、そこには幾つもの飲食店があった。麺のお店や中国独自のファーストフードらしき店、コーヒーショップや中華・洋風のレストランなど、様々なお店が入っていた。「ここまでくると、さっきのマークはほぼマックで間違いないだろう。」と思いながら歩いていると、それはついに現れた。
マクドナルドだ。
私は店を見つけた瞬間小躍りしそうになった。そんな気持ちを抑えながら店内へと入っていく。店内は多くの人で賑わっていた。四つ、五つのカウンターがあるが、全てのカウンターに行列ができている。マックは中国でも大人気のようだ。店内を眺めながら私は、「やっと晩御飯にありつける…。」そう思いながら、行列の最後尾に並んだ。
待つこと数分。いよいよ私の番が回ってきた。何を食べようかと考えながらカウンターの前に立ち、店員に、
「メニュー プリーズ」
と英語で話しかけた。すると店員は、何を言っているんだと言わんばかりの顔で私を見て来た。あれ?私の英語がおかしかったかな?私は店員に向かって再度、
「メニュー プリーズ」
と話しかけた。するとその店員は私に向かっていきなり中国語で捲し立ててきた。(と言っても、当人は普通に話しているだけなのかもしれないが、私には捲し立てているように聞こえたのだ。)
というか、マズい。英語が通じないではないか。折角店まで辿り着いたというのに、これでは注文ができないし、晩飯も食べれないではないか。私は考えた。すると咄嗟にでてきたのは、空中に両手で四角を描き、
「メニュー、メニュー」
ジェスチャー付きで必死に店員に伝えた。すると店員もなんとか理解ができたのか、レジ下からメニューを取り出し、ポイっと放り投げた。なんとも態度が悪い。しかし、そんなことも言っていられない。私は放り投げられたメニューを見ながら注文する品を決めた。困ったときのビッグマックだ。私はメニューにあるビッグマックを指さし、店員に伝えた。
すると店員は、更に中国語で話しかけてきた。私が首を捻り、わからない顔をしていると、その店員は私に向かって、
「コーク、コーク?」
と言ってきた。私はそこで理解した。私はビッグマックのセットを指していたため、『ドリンクはどうするのか?』と聞いていたのだ。私は店員に言われるがまま、
「コーク。」
と返事をした。すると店員はすぐさま後ろを振り向き、商品を用意し始めた。
二、三分すると、注文した商品が運ばれてきた。私はレジに表示された金額を店員に渡し、荷物を受け取りそのまま店を後にした。
ビッグマックセットを持ってホテルへ向かって歩いている最中、私はいろんな事を考えた。
『マクドナルドですら真面に注文できないのか…。そもそもメニューの単語すら分からないぞ…。この先本当に大丈夫か…?』
様々な不安が私の頭の中を過る。しかし、悩み過ぎても仕方がない。取り敢えずはメニューの単語を調べるか…。そんなことも考えながら、ホテルへと戻ったのだった。