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初めての海外出張 - マレーシア

初めての海外出張。行先はマレーシア。この国で、作者は初めて日本と外国の旅行以外の現地のスタイルを目の当たりにする。

前話で述べたと通り、私は突然マレーシア出張を言い渡された。マレーシア。この当時の私には一切想像することができなかった。どういった土地なのか、言葉は何語なのか、食事はどのようなものを食べているのか、どのような国民性なのか。マレーシアのことを一切知らない私は、インターネットでひたすら事前情報を収集した。するといろいろなことが分かってきた。言葉は英語が共通して通じること。そのほかにマレー語が存在すること。多民族が共存していること。また華僑も多く存在していること。国の位置は南に存在し、年中高温多湿である。食べ物はナシゴレンが有名であること。クアラルンプールが首都であること。


いろんなことを調べていくうちに、少しずつではあるが私の中にある不安は解消されていった。しかし、いくら事前に情報を収集したといえども、実際に見たことがない、また経験したことがないという不安もぬぐい去ることはできなかった。


そして迎えた出張当日。私は大きな不安を抱えたまま成田空港へと向かった。成田空港でチェックインを済ませ、出国ゲートを通ると、不安はさらに大きくなっていた。この時の出張は私を含め 4人での出張であった。私以外にも同行する人がいいたということは、私の中の不安を少し和らげてくれた。

成田空港を離陸してから6時間程度。我々はクアラルンプール国際空港に到着した。空港に到着し飛行機から降りると、即座に南国独特の熱気に襲われた。入国ゲートを通って荷物を受け取り空港の外へ出ると、私はこれまでの人生で見たこともない風景を目の当たりにした。


一見しっかりした建物ではあるが、目の前には若干ではあるがジャングルが広がっている。日本は十月ということもあって、出発時には薄めの長袖にジャケットを羽織ってきたのだが、空港の外に出ると我々は南国の熱気に耐えられず、真っ先に羽織っていたジャケットを脱いだ。


クアラルンプール国際空港からタクシーでクアラルンプールのホテルへ移動。初めて見るマレーシアの光景すべてが私にとって新鮮だった。生い茂る南国独特の木々、一面に広がる赤茶色の土、日本では見られない古びた車種、走り行くバイクのドライバーが着ている前後逆のジャンパー。あまりに多くの物事が私の眼の中に飛び込んでくるため、私自身頭の整理が追い付かないほどであった。

ホテルに到着し、私たちは食事を取るためにすぐに外出した。


私たち4人は路上を走るタクシーを止め乗り込んだ。タクシーに乗ると、ドライバーは、


「どこに行くのか?」


と尋ねてきた。私自身、マレーシア自体が初めてなので、どこに行くとも答えられない。すると、同行していた人が、


「ご飯を食べに行きたい。」


と英語で返した。


ちなみにこの時、英語が話せるのは、私と同行していたもう一人のみだった。もう一人の方は、英語があまり流暢ではなく、聞き取りもあまりできる方ではなかった。また、私自身も英語に触れるということが数年ぶりであったこと、かつ、マレーシア英語というものに初めて触れたため、何を言っているのかあまり理解できず、コミュニケーションに苦しんだのを今でも覚えている。


レストランへ向かう道中、タクシードライバーはしきりに


「Young Girl, Young Girl!チキチキ!」


と言っていた。しかし、我々はさっぱり理解できない。同行した方は、とりあえずノリと勢いで、


「Yes, Yes!」


と答えていた。


我々は、ドライバーとの会話を楽しみながら食事に向かっていたのだが、次第に雲行きが怪しくなってきた。


私達はクアラルンプールの市街地へ向かっているつもりだったのだが、ドライバーは何を思ったのか、全く関係のないビルの駐車場へと進んでいった。


駐車場に着くと、私達はタクシーを降ろされ、怪しげな建物の一室へと通された。通された部屋にはいくつものソファーが並んでいた。通された一室は、一見すると日本で言うキャバクラのような雰囲気だろうか。我々4人はなぜ今ここにいるのかが全く理解できず、タクシードライバーに、


「ここはどこだ?」


と尋ねた。タクシードライバーは


「No problem」


としか言わない。意思の疎通ができない。我々にとっては大きな「Problem」だ。暫くすると、中から店長らしき男が現れた。その男が、我々に店の説明をしているのだろうが、あまりに英語の癖が強く、さっぱり聞き取れない。店長の説明が終わると、突然店の奥の方から何人もの女性が現れ、私たちの前に一列に並んだ。すると、タクシードライバーと別に店の男性従業員が現れた。すると、その店長らしき男は我々に、


「女性を選べ」


と勧めてくる。そこで我々は理解した。この店はレストランでも何でもなく、日本で言う風俗店なのであった。我々は即座にタクシードライバーに文句を言い、店を後にした。


この後私は知ることになるのだが、マレーシアはそもそもイスラム教の国であり、風俗店というものは、表向きご法度なのである。しかしながら、街中には幾つもの店が存在し、隠れて風俗店を営業しているのである。もちろんのことではあるが、警察に見つかってしまった場合、即座に逮捕となる。また、この当時のマレーシアではタクシードライバーと風俗店が裏で取引をしており、タクシードライバーが風俗店に客を連れ込むと、幾らかのマージンがタクシードライバーに渡されるといった取引がされていたのである。


安全に呆けてしまった「日本人」は、きっといいカモにされていたのであろう。私は海外出張初日にして、驚くような経験をした。


翌日から我々はマレーシアのオフィスに出社し、業務を始めることとなる。この時の私の業務は、システムの保守運用業務を現地に展開するという業務を行っていた。現地に保守運用のマネージャーを設置し、そのマネージャーにシステム運用のノウハウを教え込むという業務である。この業務を遂行するにあたり、我々に一人のSEと一人のマネージャーがアサインさられた。私たちは彼らと一緒に、とあるお客様のシステムの運用設計を始めた。


私がこの業務に就く際、日本の担当者から、


「マレーシアは質が悪い。マレーシア人は仕事をしない。」


といった話を聞いていた。しかし、私はこの情報がどうしても腑に落ちなかった。本当に質の悪いのか?マレーシア人は本当に仕事をしないのか?質が悪かったり仕事をしなかったりするであれば、経営として成り立たないはずでは?と密かに思っていた。


それから私は半年間、アサインされたSE、マネージャーと一緒に業務にあたった。業務を始めた当初は、これまでマレーシアで行っていた対応と、日本で行っている対応のギャップに、SEやマネージャーも付いていけないことが多く、我々に不満をいだいていたのも見受けられた。しかし、同じ業務を遂行する中で SEが思っていることやマネージャーが思っていることをヒアリングし、逆に日本で対応している内容の一つ一つのプロセスの重要性を説明することで、お互いがお互いを理解するようになっていった。


具体的にどのような事象があったかをかみ砕いて説明しよう。例えば日本人の場合、作業のミスを防ぐために、作業を行った後に別の人がチェックをする「ダブルチェック」という方式をとることがある。我々日本人からすれば、「作業ミスの防止」という観点で、ダブルチェックを行うことがある。しかし、マレーシアの人にとっては「効率化」が優先のため、ダブルチェックは不要と考える人が多い。日本人の性質上「作業ミス=悪」と考える風習があるが、マレーシアの人にとっては「作業ミス=悪」の方程式は当てはまらないのである。作業ミスを発端として業務に影響が出たとしても、現状復旧ができてしまえばそれで問題ないのである。


今度は逆に、日本人が理解できない点を挙げてみよう。先にも書いたが、マレーシアはイスラム教の国であり、宗教を重んじる国である。イスラム教では日に数回お祈りをする時間がある。業務中に礼拝の時間が来た場合には、皆必ず礼拝所へ行き祈りを捧げる。これは日本の企業では到底理解できないが、現地で仕事をする我々は、それを理解し、受け容れなければならないのである。


このように、お互いの文化や思想、環境が違う中で仕事をするのは始めてで、何もかもに戸惑いを覚えた。そんな中でも、SEとマネージャーは一生懸命私達の期待に応えようとしてくれていた。


私と一緒に運用設計に携わってくれていた現地マネージャーは、日本語が堪能で、人一倍の努力家であり、且つどこか日本人の様な性格を持っていた。彼に話を聞いたところ、彼は福井の大学に4年間通っていたそうで、帰国してから今の会社に就職したという。日本語が流暢なこともあって、オペレーターからマネージャーへと昇格したのである。


当初、「マレーシアは質が悪い」と聞いていたが、彼は全く以てそのような事はなかった。業務が深夜までかかれば、一緒になって彼も頑張ってくれた。また、マネージャーという責任感からか、お客様の前でも堂々とプレゼンを行い、日本人と変わらない、若しくは仕事が出来ない日本人以上に頑張って働いてくれた。そこで私はふと疑問に思った。


「マレーシアは質が悪い」


と決めつけたのは一体誰なのか。

私は過去に、クレジットカードのシステムを扱っていた時に、マレーシアの銀行の方と電話でやり取りをしながら仕事を一緒にさせて頂いたことがあるが、その当時を思い出すと、私はマレーシアの方に悪い印象は全く持ったことが無かった。本番までに幾つもの試験をし、その中でエラーが起きることも度々あったが、それは本番までに持っていくための試験であるため、エラーが出て当たり前。寧ろ、その当時のマレーシアの担当の方は、翌日にはそのエラーを修正させる程の技術力を持っていた。今回のマネージャーにしても、教えたことについては完璧にこなし、改善の必要性についても自ら考え顧客に提示する力を持っていた。それでは何故「マレーシアは質が悪い」と言うのだろうか。


私は考えた。「マレーシアは質が悪い」と考えているのは、日本人のエゴではなかろうかと。確かに日本の『製品』の品質は、世界のどの国よりも群を抜いて秀でているといえるだろう。顧客が日系企業であれば、日本品質を求めるのも当然であろう。であるならば、日本企業は現地に対してそれなりの教育をしてきたのであろうか。私は、私の属する会社において、それはなかったと思われる。現に、マレーシアの職場にいた際にも、現地の日本人担当者は、「こいつらは言っても全然やらないんですよね。」とか「会社をすぐ辞めるから、教えてもあまり意味がないんですよ。」などと諦めムードが広がっていた。また、日本側からすると、現地に依頼をしても日本人担当者が「難しいことは出来ない。」とか「それは会社としてやっていない。」と平気で依頼を断るっている所を何度か目の当たりにした。


現場を知らない日本人、現場で仕事を断る日本人。現地の質を悪くしているのはこの人達ではなかろうかと思うようになった。


私は半年間を2回。約1年間マレーシアに滞在した。それまでに、現地で様々な人とも知り合った。マレーシアの人は皆優しく、一人で出張に来ている私に対して、一緒に食事に行ってくれたり、いろんな場所を紹介してくれたりと、常に私に気を配ってくれて、優しく接してくれた。長い期間一人で現地にいたため、時折寂しさを感じる事もあったが、いろんな人に支えられて、またみんなが一生懸命頑張ってくれたお陰で、私も1年間という長い間頑張ることが出来た。私は初めての海外出張で自分の財産となるようないろいろな経験をさせてもらった事に感謝をしている。それと共に、これまで育ってきた自分の国に対する見方が少しずつ変わり始めたのも事実である。


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