007.創造主、疑われる
暴走して走り出した神子を目で追っていくと、神子と入れ替わるように屈強な男児たちが五人ほど入ってきた。
彼らは髪も、目の色も、肌の色すらばらばらだ。しかし皆、厚手の青い外套を身にまとっている。解体女児アーネスの持つ刃物くらいは防ぎそうだ。
腰元に括り付けてある長細いものの中身は、刃物だろうか。
彼らには見覚えがある……。
あぁ、フレヤの寝室に突撃をかけた際、神子の側にいた者達だ。
部屋に入るなり男児達は私……ではなく、フレヤの前に来て両膝をついた。一番細身の男児がフレヤに向かって叩頭すると、他のものもそれにならった。
壁際にいるケムナの顔が発情期の動物そのものなところを見るに、細身の男児は人間の中でもかなりの魅力的な者なのだろう。
もっとも、ケムナの身体の方は、壁と融合しかねないくらい男児を避けているようだが……。
「何用」
人の身に入ったフレヤが、男児達に向かって高圧的に話しかける。私は席を立ち後ろに下がって、フレヤに、もっとちゃんと相手と向き合うよう促した……よろめいたのは内緒だ。
(フレヤ。君が年上だとはいえ、兄弟なのだからもう少し仲良くできないものかい)
(こういう上下の関係性を求めるのは人間の方なんだよ、親父様。ところでどうして俺の後ろに?)
(求められてのことなら仕方なし、か。出来る範囲で優しくしておやり)
(合点承知だぜ親父様。ところでどうして俺の後ろに?)
(…………彼らが今、頼っているのは君だからだよ。しっかりおやり)
フレヤが自信満々に頷く。頼られる事が嬉しいのだろうか。うん、可愛い。
「許す。話せ」
上から目線だ……これは、可愛い、のだろうか。
おそらくフレヤの全力をもって、命令形で声をかけたに違いない。それは、方向性はあっているのかい?
「……は!」
めげすに対応するのは細身の男児。声に緊張が滲んでいる。フレヤに話しかけるのは、かなり勇気のいることと見た。
「僭越ながら……です。我々と共に……御身をお守り……」
次に男児が口にした言葉も、空気をピンと弾くような声音。ただし、フレヤにだけ聞かせるためにか、非常に小声で断片的にしか聞き取れなかった。
皆フレヤの動向を気にしているのか、フレヤが鼻を鳴らしたのが異様に大きく聞こえる。
「無用」
「しかし…………」
「無粋。かの者と話す事がある。邪魔立て無用」
「……です……は……同行は……」
「無用。子らの元へ返せ」
「は!」
どうやら今ので話は終わったようだ。短すぎるのではないかと思うのだが、細身の男児は全て言い終えたとばかり、何やら複雑な礼をして去っていく。他の者達を引き連れて。
アーネスとケムナもだ。半ば強制的に部屋から出されようとしている。
「ちょっ触んな、いや触らないで!」
「ひっッ!」
む。旅芸人組の女児二人は何やら抵抗を試みている。不快なのは駄目なことではなかったか。
私はフレヤの横をすり抜け、男児の肩を優しく叩いた。
「君達、彼女達に嫌がることをして良いのかい?」
「良いも悪いもそれが命だ。他の侵入者である女達は、全員怪我の治療を終えて別室で寝かしている。そこな女二人もその部屋に移動させる」
私は、感情の揺れが生殖行動に支障をきたすのではないかという点を指摘したかったのだが、うまく伝わらなかったようだ。
もっと上手に伝えようと頭の中の考えを掻き回している内に、皆、部屋から出ていってしまった。
どうも、思考を次から次へ飛ばされる感じがする。一つの物事をじっくり考える余裕がない。
忙しい、と表現するべきだろう……。
部屋の内外は、やがて物音ひとつ聞こえなくなった。
「はぁ……巫女以外が話しかけてくるか。最近の人間は自分で作った規則をぶち壊すのが好きなのかねぇ……あぁ、そんなことより、だ。やっと静かになったな親父様。我が子に聞かせたくない話は今の内だぜ」
あぁ……水入らずなのか。
私の心はじわりと満たされる一方、対処すべき問題の優先順位を間違えたのではないかと慄いた。
私は振り向きざま、フレヤに伝えたかったことを思い出し、口にする。
「シィリヤ、だったか。フレヤ、あのぐちゃぐちゃの生き物は、どこの誰だい」
「その、俺、良くは知らねえんだ……目が覚めてる時にゃ親父様を探すことに集中してたからな。それに、俺の姿を見て逃げるもんだから殆ど目に入ることもねぇ。とにかくアレはおかしなモンで、何でかハコニワ由来の生き物に敵意持ってるってことくらいしか分かんねぇな」
「フレヤには実害はないのだね」
そして私ほど危機感を感じていない、と。
私がそう考えた後、フレヤが息を飲んだ。
「あぁ……アレ、マズイ、のか、親父様、今、肉の器に入ってる、って」
「……いつからシィリヤを見た?」
「少なくとも、親父様が、その、居なくなる前は見てねえ。問題を探すよう言われてから、親父様がハコニワに落ちるまでの間に俺が探した範囲なんて、たかが知れてるけどよ」
「あの時ハコニワに発生したかもしれない問題が、あの作っていない生物の発生だった可能性が大きいが……アレの発生条件など今の私には分からない。現状では絞れない、か」
「なぁ、教えて欲しい。俺、親父様よりハコニワの方を解決した方がよかったのか?」
「君の意思を尊重する。何より、少し嬉しいんだ。フレヤが親想いだってことが伝わってきてね」
「マジに少し?」
「間違えたな。かなりだ」
「へへ…………」
しばらくお互い緩々な顔を見つめ合っていたが、私は気を引き締める為に咳払いを響かせた。
「フレヤ。このハコニワの問題は、私だけの力では解決不可能だと見ている。子供達の力が必要になるだろう」
途端に空気が変わる。
否、フレヤが変えたのだ。
「……あぁ」
フレヤに場所を教えてもらい、神を集め、協力を仰ぐ。
すぐに達成できそうで、しかしフレヤの態度からして上手くいきそうにないことを察してしまった。
感歎する我が子を追い詰めるようなことは、したくはないというのに……口よりも先行した心で、伝えてしまっていた。
しかし口で言わなければならない。そんな気がした。
普段以上に、空気の重みを感じる。それでも。
「喧嘩、したのかい。他の兄弟達と」
「…………」
あぁ、肯定だ。しかし、フレヤの本体である青い火が、大きく左右に揺れている。
知られたくない、知られた、知らないで欲しかった。
フレヤの心がそう言っている。
「何故、か、理由があるのだろう?」
あるなら答えてくれ。
「…………親父様」
「なんだい」
「親父様、が、居なくなった後、ハコニワの中を探そうとするやつと、早々に諦めて管理に集中しようとするやつに分かれたんだ」
「それは……個があるのだから、そういうこともあるだろう」
そう言いつつ、早々に諦めて、という所に私が少し衝撃を受けたことをフレヤに悟られてしまった。フレヤは人間の方の手をばたばたと振り、慌てて言葉を足す。
「お、俺は探そうとした……メイも。あいつ、ハコニワの中は不慣れなのに必死に探そうとして」
サーブは、ウォルテは、他の神は。
「アイツら……アイツら、親父様はもういないって、アイツら…………親父様を探そうと思えば簡単に探せたのに、ハコニワに、本当に起こったかどうかも分からない問題なんて後回しでいいだろって言ったんだ……それなのに、それなのに、ちくしょう……それなのに」
ハコニワを優先しようとした。
しかし、あぁ、それは私がそうしたから。
「そんなことッ、免罪されたいが為に言った言葉に決まってる……親父様が居なくなってもハコニワはまわるんだとしても、親父様は、俺達の親父様だろ……っ」
フレヤ……。
「俺と、神子達だけで解決する。いや、そもそも親父様がいるんだ、だから力のある神を創ってさ、そう、すれば、時間がかかっても問題解決なんて出来る、そうだろ」
…………。
「そうだって言ってくれ、え、何で、親父様、どうしてそんな困った顔してるんだよ。親父様、なんだろ?」
「思い出すんだ、フレヤ。私は君が追い払ったアレに対して、逃げることしかできなかったんだ……私は」
私が言う前に、フレヤもわかってしまった。それでも、言葉はもう放たれる。
「創造主としての力を、失っている」
「それ、ありかよ」
フレヤが、一歩下がる。私から遠ざかる。
これは…………嫌悪感?
何故だ?
「どうしたんだ、フレヤ」
「そんなの、ありかよ、じゃ、何で俺とリンクしてんだよ」
「分からない……分からないんだ。分かっている事の方が少ないんだよ」
私の弁解が、フレヤの中で悪意をもって歪曲されていく。
どうしてだ、私の声が、心が届いていない。
リンクは切れていない筈なのに。
「リンク……あぁ……神か。わざわざそんなら小細工まで。あは、ははは……はぁ。誰だ」
「え?」
「ウォルテ、違うな、サーブか、親父様に似てるもんな幾らでも似せられるよな忘れてたぜ、なぁサーブ、お前、わざわざ俺をおちょくるために親父様に似た人間の男を探したのかよ?」
「ふ、フレヤ?」
フレヤは私を見ていない。足元を見つめ、そしてまた一歩下がった。
胸の辺りから不快感がこみ上げてくる。何だろう、これは。
違うんだ、フレヤ。先程も神子が先走って勘違いしたろう。それと同じ事が。
「親父様を探す時間が惜しいくらいハコニワ好きなのに、そんなもん探してきたのか。あぁ、そうか俺がいつまでも親父様を探してるのが腹立って、それこんなに問題が起きてるぞ、ハコニワ治すの手伝えって言いにきたんだな、おれを、ばかにするために、こんな、こんな」
「フレヤ違う、私はサーブじゃ」
サーブじゃない、私は君を、君達を創って。
あぁ、不快感が、喉が、詰まる。
「サー……て、え、おい」
何故視界が傾斜しているんだ。
いや、そんなことより、フレヤ、私はサーブじゃない。
膝が落ちる床にぶつかる、あぁ痛そうだ、いや痛かった、いや、そんなことよりフレヤ……どこに行った?
「ふざけッ、その姿声で、た、倒れんなよッ!」
私の視界が見えなくなって、声がなくなって、それから、フレヤの心も完全に見えなくなった。