014.創造主、思い当たる
パチリと枝が爆ぜる音の中。
ぶよぶよとした青紫の浮遊物が、緩慢な動作で燃え盛る木を『見』た。シィリヤが、周囲に腐臭を撒き散らすように、一度だけ大きく震える。
移動するものがいないので、時が止まって見えた。ほんのわずかな間だ。それでもその瞬間、確かに全員が歩みを止めていた。
お互いの遭遇に戸惑っていた。
この場にいる『全員』が。
「っ火を!」
アーネスの絶叫が呼び水となって、シィリヤが粘液質な身体を伸ばした。前に出たイロオと、ケムナが咄嗟に火をかざして追い払った。が、火の届かない範囲まで下がった奴は再び身体を伸ばしてきた。
奴の身体の伸縮には限界があるのか、一定の距離で後退と前進が繰り返される。
手ぶらになってしまったアーネスに火を渡した私は、長い棒きれ一本を手にした頼りない状態。今やっていることといえば、一番非力な私を庇うように前に出た者達の移動をできるだけ阻害しないよう、全力で後退することだけ。
アーネス達は思考する余裕がない。なら、とにかく考えろ、私が考えるんだ。
おぞましいことに、奴は火の動きを学習している。シィリヤが変則的な動きで後ろに回り込もうとするのを、三人が火と移動で回避した。
やっと、辛うじて……だ。
枝を握る手から、汗が分泌される。
やけになったのか、前方で笑声に近い悲鳴が上がった。
「あぁはぁぁ臭いっ、死ぬ、臭いっ!!」
「いやぁぁ! なにこれ、地味だけど怖い! 疲れる! こっち来んなぁああっ!!」
「喋る暇があるなら何か考えろ!」
「ぬぁ、なにを?!」
「打開策だ!」
「むり!」
即答したケムナの服の端が分解され、シィリヤの動きが一瞬鈍くなった。量としては、ほんの僅か。だが、確かに遅れた。
奴はおそらく、自身破壊・自身再生・そして自身の浮遊を同時に行っていた。移動が阻害されるのは、必ず自身以外を破壊する時のみ。
力を行使する限度があるのか?
何か閃きそう――そう思った瞬間、思考を吹き飛ばすような絶叫が頭に刺さった。
下がりすぎた。
目の前には空間。視界に広がる青紫の膜。
「ッ」
気が付いたら、私の身体は膝が地に着いた状態だった。シィリヤは後ろにいる。ほんの一瞬、意識がない間に私は地面に伏せてこれを避けたらしい。胸元には土と葉が付着していた。
背後で物音がして、私は這うように横へ移動する。
再び私に向かって跳んできたシィリヤが、アーネス達の方へ戻る。それを火で遠ざける子供達の姿を横目で見届けて――私は走った。
コイツはきっと私に付いてくる。何故だか分からないが、そう確信していた。
今の私は確実に火から遠ざかっている。だが、不用意に弧を描くと追いつかれる。胸を叩くように心臓が鳴っていた。他の音が聞こえないくらいだ。
馬が私の隣を並走している事に気付けたのは奇跡とか、そういう類のものだった。
下からすくい取るように背を下げた馬の身体を掴み、逆の手で持っていた木の枝で地面をついた。無理やりではあるが、ともあれ馬の背に収まることができた。背後から木の軋む音が追いかけてきていたが、これで考える時間が少しは作れたろう。少しは。
対策だ。対策を練るんだ。
シィリヤの力には限度がある。なら何らかの方法で破壊行動以上の負荷をかけられれば、停止させられるのではないか?
どんなにこの手で物を投げても止まらないのは確認済み。大量に食わせる方法も今の所思い付かない。
そして、今の私に出来るのは破壊のみだ。
「んんん……あえて、こっちからアレの芯を破壊するとか――あっ、アアッ?!」
私の、自分でも間の抜けたと言えるような叫び声が、森に響き渡った。
シィリヤが何者なのか。
出会った時、既にその答えは出ていた。
『私と同じ力なのか……?』
シィリヤの力は、崩壊=破壊、自己の再生、飛行、そして大前提として自己を作った……つまるところ、創造に似た力だ。
これだけ聞けば、まるきり私の能力じゃないか。うん、私――
アレの材料は……私自身か。
一瞬で血の気が引いて、馬の首をやんわり締めてしまった。
すぐに気がつけ、と自分を叱咤したい。あぁ、頭を抱えたい気分だ。が、そんな事をしたら『安全第一』から程遠い走りをしている馬に、おもいきり振り落とされる。
となればアレがのさばった原因は一つ。
ハコニワに落ちた私が自己解体し、意識が途切れた後も、私の欠片がハコニワにしっかりと『残っていた』のだ。
自己の解体が不十分だった?
そもそも安易な方法を選んだのが良くなかったのか?
ともかくアレは再生――というより変容してしまった、と。
……………………。
犯人は私だ!
「なんたる……なんたる愚劣さ! ハコニワを存続させようとした結果がこのザマかッ……!!!」
同族嫌悪とはよく言ったものだ!
アレが考察通り、他ならぬ私自身なら、私は私に対して吐き気を催していた事になるのだから。
そしておそらく、シィリヤも私を拒んでいる。でなければここまで執拗に追いかけたりはしないだろう。多分。
コレが追いかけてくると私が確信していたのも、既に自分で気づいていた……から……か……。
あぁ、あれか、これは。
現実逃避というヤツか……。
フレヤに被害が及ばなかった理由も説明できよう。神を嫌っているんじゃない、神に対して甘いのだアレは。
我が子を傷付けるなど、私がするわけがないように。
……む?
ならどうして人は対象内なんだ。
まだ、何かあるのか。だが、情報が――
木の枝を握り直した、その瞬間。
突然、馬が前足をおもいきりよく持ち上げた。
両手は既に馬から離れていた。痛んだ足の踏ん張りがきかない。当然のように、後方へ飛ぶ私の身体。
身体が傾斜する中、馬の前にシィリヤが陣取っているのが見えた。
このまま地面へ激突する――
「あっ――ぶねぇ!」
「か、はッ」
――背に受けた衝撃は、想像より遥かに優しいものだった。
落ちる私を受け止めたのは、息切れしたように胸を上下させる乙女。今にも燃えさかんばかりの青い短髪からは、汗が落ちていた。
かけてきたのか。ここに。
「あぁ、その……悪い。やっぱ気になって、こっそり見てたんだよ……。あああ、あれだ、馬ってやつはいいヤツだよな場所教えてくれた……うん」
青い火で周囲を囲みながら、バツが悪そうに口を尖らせている。
自身の口から、その名が溢れ出る。
「フレ、ヤ」
「おう……本当に、すまねぇ……我が親父様!」
▽
フレヤ&作者「待たせたなスミマセンごめんなさい!」
シィリヤの正体っぽいものに気が付いたシーン。実は没にした話数でも何回か書いているのです。
で、ですね、その……。
投稿した部分にも、気付きのシーンがあったらミスです。
恐ろしくて自分でも確認したのですが、もし把握ミスしていたら、頭の弱い私にお知らせいただけるととてつもなく嬉しいです……。




