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010.創造主、思案する

 イロオの口が何か言いたげに開かれ、しかし何の音も発すること無く閉じられた。その青い瞳はまだ私を凝視していたが、しばらくすると驚きは去ったようで、思案するようにその瞳は閉じられた。


 私は前に向き直って、それから左右をもう一度確認する。アーネスはしきりに小首を傾げて何やら悩んでいるようだったが、ケムナは小さくクシャミをしていた。


 彼ら人間には、私と同じ力は備わっていない。見れば、アーネスとケムナも驚くだろうか?


 ……ハコニワが安定する遥か昔は、ハコニワの生物も似たような力を持っていた。それこそ神を傷付けられる程度には。だが、幼子達は未熟な精神のままに力を使いたがった。

 何度試しても文明崩壊に至ることから、結局は神の意向で力を取り上げてしまったのだ。


 だが……サーブ達は反対していたが、私は私の力をハコニワの生き物達にいずれ(、、、)与えるつもりでいた。

 子供達が自力で私の元へ来て、私と共に歩む日が来ることを夢に見ていた。

 そうあるように作られた神とは違う方法で、弱点を補い育って欲しいと……。


 今も並んで歩いていることには違いない。だが、これは私の方が彼らに近づいたからだろう。


 私の服にはまだ、木の枝の名残である屑がついている。馬が歩みを進めるたび、こぼれ落ちずに残った屑が服のしわの一つ一つに潜り込んだ。


 ハコニワの生き物は力を持つものを崇める傾向がある。本来まとまる筈のない個々が繋がるために、楔を必要としているのだろう。


 人のしきたりは面倒だ、と口を尖らせたフレヤを思い起こす。

 力の使い所を、間違えてはいけない。


 …………その前に。

 軽く思考が明後日の方向へ逃避していたが。


 力……使えるじゃないか!!


 そうすると、あの枝の芯を抜けなかった原因は、それが『主の手』なる木だったからに間違いない。拒まれた感じがしたのは、何か特別な力を持っているからか?


 フレヤともう一度会わせてもらえさえすれば、どうにかなる気がしてきた。一部とはいえ、これは創造主たる者の力だ。サーブに同じ力を付加した記憶はない。

 サーブが何らかの方法でこの力を会得した、などというのでないならば……。


 フレヤの眼の前で今と全く同じ事をすれば、あらぬ誤解なんぞ直ぐに解けるのではないか!


「……よし!」

「よしって……何、いきなり」

「あぁいや、何でもないアーネス」


 怪訝そうにこちらを見つめる解体女児に、曖昧な笑みを向ける。


 両隣の女児達に主の手についての事を話すべきだろうか。顎に手を当てて思案していたが、しばらく後に私は眉を寄せた。

 主の手がどれだけ特殊な木であるか説明するのに、私が何者であるか話す必要がある。

 状況にもよるが、創造主であるか聞かれた時は答えるつもりだ。が、あえて自分から言うと何やら問題が起きそうなので止めておこう。


 後ろのイロオについては……彼が先程のあれを見て今後どう反応するか気になる。

 何処まで私の事を把握しているかは分からないが、もし『本当にサーブなのか』と聞かれたら……サーブも私と似た力を持っている可能性が高まる。

 フレヤの誤解を解くのは絶望的だろう。


 私は顎に当てていた手を降ろした。と、アーネスが殆ど密着しそうな位置にやってきて私の顔を覗き込んできた。


「う?」

「ねぇコーズ」

「……何かな?」


 まさか実は、さっきの木の枝破壊事件をアーネスにも見られていたのだろうか?

 何となく胸を抑えて上半身をアーネスから逸らしていると、彼女は今まで見た中で最も恐ろしい笑顔を見せた。


「コーズ……ねぇ、何で綱から手を離してるわけ? さっきから私、乗ってない馬の軌道修正で大忙しなんだけどぉぉお?」


 慌てて綱を手に取るが、そんなことではアーネスの怒りは収まらなかったようだ。私の服の襟元をぐわと掴んで、上半身を引き戻された。

 殴りかかる気配がないのは馬上だからだろうが、これ以上その笑顔を見せられ続けるのは勘弁してほしい……っ!


 無理やり目線を合わせようとするアーネスと静かな戦いを繰り広げていると、後ろから咳払いが聞こえてきた。

 アーネスの手が緩んだ隙に襟元を正す。ついでに馬が歩みを速め、彼女との位置を少しずらしてくれた。


 感謝の意を込めて後ろを振り向くと、真顔のイロオと目が合う。

 振り向く瞬間、アーネスの恐い笑顔がただの恐い顔になったのが見えたが……気のせいだろう。


「……どうしたのかな」

「……これ以上行くと獣の通り道だ。野営の準備もある。道を少しそれた先で止まれ」

「それ、急ぐ必要はないってことでいいのかしら」


 普段より幾分か低い声で割り込んだアーネスは……やはりというか、その目に力をこれでもかと込めていた。

 対するイロオは、面倒そうに鼻を鳴らしてみせた。


「死に急ぎたいなら好きにしろ。だが、俺まで巻き込むな」

「……糞男め」


 今のアーネスの呟き、彼には届いてないだろう。が、私にはしっかり聞こえた。私の首がぐっと深く下がった。

 男が糞というなら、私もなのかい。


 質問しようとして目線を戻した先、糞発言した当のアーネスは私が乗る馬と戦っていた。


「貴方のことじゃないから……と言いたい所だけど馬の進路を曲げられないなら貴方も大概ね、コーズ……はぁ……」


 そう隣で言葉をこぼしつつも、アーネスはきっちり馬に勝っていた。

 今の所、彼女に勝った生物を私は知らない……。





「香を焚くな! この辺りに大型の馬を襲う獣はいない。それよりシィリヤを警戒しろ!」


 木と木の間を橋渡すように置かれた板の上に乗りながら、イロオが怒鳴った。怒鳴られたのは、下にいるケムナだ。馬が背負う荷から、白くて丸い陶器を取り出している所だった。

 私とアーネスは別の木上に置かれた板に荷を積むのを中断し、その様子を見る。


 陶器を荷に突っ込んだケムナも、イロオに負けじと怒鳴り返した。


「理由は分かったけど何でそんなことで怒鳴るわけ?! 馬鹿じゃないの?!」

「馬鹿とは大きく出たな……ふん。理由を教えてやるよ。お前が馬鹿なことをしようとしたからだ!」

「はぁあ? 何それ、馬鹿なことした人間は怒鳴っていいわけ? ていうか馬鹿な事とか……そんなんこっちは知らないし!」

「馬鹿はお前だ! 獣が出たら知らないではすまないぞ……旅芸人だろうが! いいから口答えするな! 口を動かす暇があったらとっとと済ませてしまえ!」

「馬鹿馬鹿馬鹿! 知ってる人間はつい先日野盗に襲われて全員死んじゃったよ!」

「……っ!」


 日の傾きはじめている森の中、二人の叫び声は良く響いた。

 流石にこれ以上、喧嘩は見ていられない。木の上の板からずり落ちそうになっていたイロオと、木の下で涙目になっているケムナに声をかけた。


「そろそろ止めにしないと、元気一杯出張した獣がこっちに来るんではないかな」

「……」

「……ん」


 怒鳴りあっていた二人に笑顔を向けたが、全力で背けられた。喧嘩は中断されたが、お父さんはかなり寂しい……。

 落ち込む私の肩を叩いたのはアーネスだった。木の上から私の隣に降りてきたようだ。


「貴方の所為じゃないんだから、そんな深刻な顔しなくても大丈夫よ。それより寝る組み合わせよ」

「組み合わせ? 木の上には他にも簡易小屋があるじゃないか」


 そう言って私が指さした先には、木の上の小屋がいくつもあった。イロオ達フレヤ信者が作った休憩所らしい。

 一人一つ使うつもりだと思っていたのだが……。


 私が首を傾げていると、アーネスは肩を聳やかした。


「位置が離れてるわ。何かあった場合、バラバラだと面倒じゃない。ということで、イロオがいるあっちの小屋で男同士寝て頂戴」

「あぁ、分かった」

「こういう所は妙に素直よね貴方……」

「アーネスに逆らうと体力も気力も使うようだからね」

「結構言うわね……」


 頬をつねられそうになったので上半身を反って回避し、そのままイロオの元へ向かった。

 暴力的手段に訴えるのは良くないと思うが、多分これがアーネスの意思伝達方法なのだろう。

 暴力的なのは良くないが。


 ケムナから火と食料を分けてもらった私は、無言のままのイロオに火を渡して木の上へ(なんとか)登った。


 イロオは今晩、私に質問をしてくるだろう。もしかしたらいろいろと話すことになるかもしれない。

 私は欠伸を噛み殺す。せめて今晩は、何の問題も起きない事を願って。


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