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001.創造主、箱庭に落ちる

オレツェーさせる予定はないですが、今後のノリでそうなる可能性も捨て切れません。

よろしくお願いします。


 白ずくめな大広間の中央、どかんと置かれた長机を囲んで、形態の様々な生物が蠢いている。これらは全て私が作った『神』と呼ばれるハコニワの管理者達だ。そして机の上に乗っているのは、ハコニワで育った生き物が、よく食している物。


 ハコニワ……つまり、ここにいる全員で協力して作った、一つの世界である。


 この度ハコニワの完成を祝して、こうして自分達の子供が作った料理を食べよう、という事になったのだ。料理は全て神への捧げ物、つまりハコニワからの現地直送品である。


 創造主という地位を得た私や、管理者たる神に栄養は必要ない。だが、捧げ物として渡された物を粗末にするつもりもなかった。何よりこれらは、子供達が成長しているという証にほかならないのだ。


 私は満面の笑みを浮かべ、鉱物の器に入った飲み物をかかげた。透明の液体は泡立ち、時折その泡がプチプチと弾けている。


 ハコニワと管理区の間にあるこの空間には、ハコニワと同じ空気が流れている。私はこれを吸い込んだ。


「自ら成長していくハコニワを作るにあたり、大きな壁となったのは、万物の、魂の摩耗。魂の減少に比例して縮小していくハコニワの規模……成長とは名ばかりな、魂の無駄な消費……あれをどうにかすべく奔走した日々は、本当に、長く辛いものだったね」


 私は言葉を切って、自分の子供である管理者達を見た。と同時に、しんと静まり返った食堂に一つ、スン、と鼻をすするような音が響いた。


 音の出所は、ハコニワを作って間もない頃に最も早くハコニワの異変に気がついた神、フレヤだ。青い炎そのものの姿をしており鼻は無いのだが……私の真似をしているのだろう。


 それを咎めるように、隣にいた赤い水の塊に小突かれていたが、私が微笑んで小突きを止めさせた。

 水の塊……神ウォルテは礼儀正しいので、ハコニワの構築時に、よく自由(、、)なフレヤと激突していた。これからは、その頻度も減るだろう。


 私は泣きたい気持ちをこらえ、言葉を続ける。


「この魂の摩耗問題を打開すべく、皆色々と考えてくれた。特に私の代理神たるサーブの提案は、万物魂転生の輪システムを作るにあたってとても大切なものだった」


 名を呼ばれたサーブが頭を下げた。


 青紫色の長髪。胸部以外には無駄なものが何一つない、すらりと伸びた身体。

 ハコニワの中に住まう、人間と呼ばれる子供達の親に相応しいこの見た目こそ(性別の違いを除けば)ほぼ私と同じもの。だが、最初から成熟している非生物の私と違って、サーブは成長できる生物であり、思考には大きな違いがある。


 サーブは私に一番近しく、そして私から一番遠い。だからこそ問題が起きた時に、私では対処しきれないことを任せられる。

 まさに代理神の鏡だ。


 私の思考を読んだのか、サーブが珍しく微笑んだ。生きている者らしく野性的な、私とは似て非なる笑みだ。


 私もサーブに微笑み返し、言葉を重ねていく。


「考えに考え辿り着いたのは、魂を転生させる際に一定期間の休息を与えるという、簡単な、しかし大変な仕組みだった。一定数の魂がハコニワの中にないとハコニワが壊れてしまうから、安定するまでこれの調節がとても大変だったね……特にメイは頑張ってくれた。本当にありがとう」


 メイの方に目を向けると、彼女は慌てて頭を下げてくれた。メイは、サーブと同じで成長できる女神だ。しかしながら彼女の行動は、おっちょこちょいと言うべきランダム性がある。


 調子の良い時はガンガンいけるが、調子の悪い時はとことん行動が裏目にでるのだ。そしてそれが、周りにも影響する。

 お陰で、このように神が集まる時は皆、彼女の周りには寄りたがらない。性格的に嫌われているわけではないのが救いだ。


 人間を作る前に、その特性を試験的に与えたせいだろう。つまり彼女のこの特性は間違いなく私のせいなのだが、彼女はこの辺りのことをどう思っているんだろうか。

 宴の後にでも聞いてみたい。


 私は一瞬出てしまった苦笑いを袖で隠した。


「苦労を重ねて随分年月が過ぎてしまったが、他の創造主とは違い、私は、皆の試行錯誤する姿を見ることができたことを嬉しく思っている。そして、かのシステムが本稼働して六千年たった今日に至るまで、システムに異常はない。ハコニワの中の生き物は絶えず生と死を繰り返している。これはもう、安定したと言っていいだろう。だから今日は、念願のハコニワ完成記念日としたい!」


 私が言い切ると、子供達から歓声があがった。


 私は歓声に押されるように、長らく上げていた手を更に、管理区に向けて突き出した。察した神々が、私と同じ入れ物……杯を同じように掲げる。


「では皆々様、後に続いてご唱和ください……かんぱーい」

「カンパァーーイっ!!」


 微妙にイントネーションが違ったけどまぁいいか。

 皆それぞれの方法で杯をあおり、そして机の上の物に手を出しはじめた。それにしても、凄い勢いだ。急に食堂が騒がしくなった。


 食べ物を食べるという行為自体が初めての者も多いからだろうか。

 私がコポコポする飲み物を口に含んでいる間にも、凄まじい速さで食器が飛び交った。机の上に置かれた皿が、次々と空になっていく。


「これがオイシイということか!」

「んま、んま」

『中々興味深い感触です』

「なんかへんーっ」

『ウゴゴゴゴゴゴ』

「そこ、喋れなくなるまで詰め込むなよ!」


 はしゃぐ子供を見るのも中々いいものだ。私の笑みはより深くなった。


 手元の飲み物を飲み尽くしてしまったので、私もそろそろ食べ物に手をつけよう。と、伸ばした手に向かって水が飛んできた。


 よく見たら、ウォルテの身体の一部じゃないか!

 反射的に、空になった飲み物の入れ物で何とか受けきれたが、少し遅れていたら料理にダイブしていたことだろう。


 私は手の中のウォルテにそっと喋りかけた。


「大丈夫かい?」

『おのれフレ……ああっ、お父様、申し訳ございません!!』

「気にしなくていいよ。本体に戻れるかい?」

『えぇえぇ、自力で戻れますとも。最近こんなことばかりですからね!』


 不満げな声に混ざって、ブゥンという風切り音が聞こえた。浮かび上がったウォルテが、本体に戻ろうとしている。


 私は浮き上がっている水の端を少しだけ摘んだ。キュッという可愛らしい声がした気がするが、気のせいということにしておこう。


「君もフレヤも私の大切な子だ……フレヤと仲良くね?」

『……善処します』


 私がもはや隠しもせず苦笑いを浮かべると、ウォルテは再度、善処しますと力強く言ってくれた。私が手を離すと、ウォルテの一部は本体とフレヤの元に行った。

 先に生まれたはずのフレヤよりはまだ、ウォルテの方が冷静だ。まだ。


 私は気を取り直して皿に手を伸ばし……べちゃりと音を立てて、別の料理が混入した。


 顔を上げると、皿や料理が宙を舞っていた。どうやら、料理は遊ぶためのものだと決め込んだ子供が混じっているようだ。


 さぞ私は深刻な表情をしていたことだろう。

隣にいたはずのサーブも私の顔を見てか、自らの兄弟を叱りに行ったようだ。サーブの一括一喝があってしばらくすると、生き物のようにブンブン飛び回っていた料理も治まった。


 ようやく静かになったところで、私は皿に手を伸ばし……かけたところで、けたたましい音が鳴り響いた。音は遥か頭上から聞こえてきた。


 管理区から出ている警告音だ。雷鳴のような轟音は、緊急性を示している。


 皿に伸びかけていた手を引っ込め、皆の顔を見やる。


 絶望。その一言に尽きる顔を浮かべていた。


 灰色の岩そのものの姿をした神を両手に抱えたメイ……の首根っこを掴んでいるサーブは、しみじみ言い放った。


「どうやら、祝杯は少しだけ早かったようですね」

「そのようだ……サーブ」

「はい、お父上」

「君は私より足が速い(、、、、)。一人くらいなら運べるだろうから、そのままメイを連れて管理区に行き、システムの監視をすると共に、上からハコニワの様子を見て欲しい」

「お望み通りに」

「フレヤとウォルテは、他の神を連れて直接ハコニワを見に行ってくれないか」

『は。ですが……』

『管理区をすっからかんにしていいのか親父様』

「それなのだけど……ハコニワはもう安定期に入って随分経つ。ハコニワの『外』が影響して異常が出たとは考えにくいんだよ……」

『中で何か、別の問題が起きていると?』

「そうだ、ウォルテ。だからこそ直接、君達に見に行ってもらいたい。神の中でも、特にハコニワの中の生き物と深い関わりのある君たちになら、問題だけじゃなく原因も見つけられるかもしれない」

『分かりま』

『そういうことなら任せろ親父様、いくぞウォルテ!』

『ちょなんでお前が仕切』

『いくぜ、うぉおーーー!』


 床の中に吸い込まれる赤い水と青い炎を見送った私は、メイを引っつかんだサーブがまだこの場にいることに気がついた。面をあげ、小首を傾げる。


「サーブ、どうしたんだい」


 声をかけたが、なかなか返事が来ない。サーブの様子は、いつも冷静な神らしくない。だが、私が何か声をかけようと口を開く寸前、彼女は手を掲げて私を止めた。


「その、実は……先ほど兄弟達が大暴れした際に、中間域の床に穴が空いてしまいまして……丁度、私の傍です。応急処置はしましたが、念のため危険箇所の床は踏み抜かないよう気をつけてください」

「あぁ、わざわざありがとう」

「いえ。では後ほど」

「ああ、よろしく。頼りにしてるよ」


 私の言葉にサーブが首肯してくれた。

 フラフラと飛んで移動しなければならない私と違って、ハコニワの管理者として生まれたサーブは、ちょくせつ管理区に移動できる能力を持っている。というより私が苦労しているから後付けで付加したのだ。


 創造主というのは完成した存在なので、自分の体をいじれない、案外面倒なものなのだ。

 子供であるサーブの方が万能に近いのが悲しいところだな。


 私が微笑みかけると、サーブは何故か苦笑いを浮かべて、次の瞬間には消えさった。ところでその、ゴチンと床に落下した岩の神(きょうだい)は放置かいサーブ?


『あっ……おぉ、お父上!』


 今のは管理区にいったメイの声だ。

 何故か焦っている。早速問題が判明したのだろうか。


 続く報告を待っていると、サーブの方から予想外の言葉が飛んできた。


『お父上、早くそこから逃げてください』


 息が詰まったような音がして、サーブの言葉が止まった。ここから逃げろ、とはどういうことだろう。

 私は上を向いて疑問を飛ばした。


「何故だいサーブ」


 この言葉に、彼女は答えない……答えをくれたのは、床の軋む音だ。メリメリという破壊音が足元から聞こえる。岩がゴロンと転がる音も。


 足元がズシリと重くなる。目線を向けた床は、底抜けしはじめていた。おまけに、岩の神オイワが丁度、私の足に縋るように(私の足首から下が岩にめり込んでいるように)いる。


 この場に、他の神はいない。


 私は万能ではない。


 ぐっと下に引かれる強い力に、私の浮力は耐えられない。


 ようやく聞こえてきたサーブの声は悲痛な悲鳴だった。


『っあぁぁぁーーっ!!!』


 はらりと花のように舞った床の欠片を突き抜けて、私は落下していた。


 私は体を縮め、プルプルと震えるオイワを撫でる。オイワは飛ぶことができないので咄嗟に私の足を掴んでしまったのだろう。足を通じて、オイワの感情が流れ込んでくる。


 私を離そうにも、恐怖で硬直してしまったようだ。


「サーブなら何とか飛べただろうに……怖い思いをさせて、すまないね」


 そんなことを言いながら、私自身も焦っていた。

 私がオイワに飛ぶ力を付加させる前に、私達はハコニワに到達してしまう。私には、落下速度を落とすことすら困難。


 オイワは神なので、ハコニワに落ちても問題ない。普通に落ちるだけだ。飛べないが故に管理区へ移動するのは大変だろうが、ハコニワには今オイワの兄弟達が散らばっている。


 そう。真実、危険が差し迫っているのはオイワではない。ハコニワだ。


 オイワは他の神に上げて貰えばいいが、私はそうはいかない。


 そもそも生物でない私が、生物の園であるハコニワに入ることは出来ない。ハコニワが私という存在を受けきれないのだ。


 このままでは、私という大きすぎる存在が、ハコニワを壊してしまう。せっかくここまでこぎ着けたというのに。

 そもそも、今ハコニワが壊れたら私の子供達はどうなる?


 神も、人間も、全てが消えてなくなる。


 ……私は万能ではない。創るしか能がないが、その創造する力でさえ年単位の時間がかかるのだ。


 もう一度作り直すのか?

 たった一人で?

 作り直して、全く同じ存在ができるのか……?


 いつだって創るのは大変で、壊すのは簡単。


 そこまで考えて、私は息を飲んだ。


 壊すのは簡単だ……私を解体すれば、ハコニワは壊れない。ハコニワはすぐそこだ。空間にヒビの入る嫌な音が聞こえはじめていた。


 私は全ての神と繋がっている。まず、リンクを切らなければ。


 私は急いで、顕現させた半透明な鎖をブチブチと千切っていった。鎖の全てが神へと伸びている。これらは物質的には存在しない、概念のようなものだ。だからこれらを手繰り寄せても、私の元へはたどり着けない。


 鎖を千切る寸前に、悲鳴と号泣が流れこんできて、そして急に途絶える。そんな事を繰り返していくと、少しずつ、感情がなくなっていくような感覚に陥った。


 間もなく全ての鎖が千切れた。創造主となって久しく感じていなかった……これは孤独か。


 あとに残ったのは、足元のプルプルだけ。鎖は切れているから、オイワが巻き添えで壊れる事はないだろう。


 遥か上にサーブ、遥か下にウォルテ達の姿が見えた。しかし、間に合いはすまい。


 ハコニワに致命的な亀裂が入る寸前、七色以上の光を発して、私という存在は崩れていった。


 さようなら、子供達。


 そして、投げ出されたオイワがウォルテに包まれるのを確認した後、私の意識は消失した。


読了ありがとうございます。


主人公は神より上の存在(まどマ◯のアルティメットまど◯に近い)ですが、生物にあてはめると男です。分かりにくくてすみません。


ご意見、ご感想お待ちしておりますん

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