テイク・オン・ミー
嘘つきなクレタ人が正直者の田中と出遭った。
出逢いはふとした瞬間、帰り道の交差点だった。二人はまるで捨て猫みたいに、その場で震えていた。
先に口を開いたのはクレタ人だった。
「ワタシは、アナタを知っている。ずっと昔から、知っている」
それを受けて田中はこう答えた。
「ぼくはキミと初めて会った。今日、ここで」
愛に気付いてください、ぼくが抱きしめてあげる。正直者の田中にはそんなロマンチックな台詞は言えなかった。運命は否定されたのだ。
しかしクレタ人の彼女は諦めなかった。
「恋しチャッタんだ、タブン……気づいてナイでショ?」
それを受けて田中はこう答えた。
「ゼロがいい、ゼロになろう」
点滅し始めた信号機を目にしての、慌てた返事だった。だから田中自身にもその意味は解らなかった。
しかしクレタ人の彼女は微笑んだ。
「ゼロから、歩きダそウ」
田中は答えた。
「この世界中で」
クレタ人と田中はハモった。
「愛だけがピュア」
*作中、いくつかのヒットソングの歌詞が紛れ込んでいるように思われるかもしれませんが、気のせいです。
by 著者(クレタ島出身)