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中編

 もう散々だった。すごく散々だった。そして、それは現在進行形で散々なのだ。


「大丈夫か? 魚沼、葉の裏に結露できてるぞ」


 心配そうに賀茂くんが実を揺らす。場所は、学校の特別寮。主にAクラスの面々に夏の短気育成期間解放される場所だ。

 もちろんCクラスの私にも、おうちの方針が厳しい賀茂くんにも縁がない場所だ。私たちは、そこに呼び出され、それぞれ分かれていろんなことを根ほり葉ほり聞かれ、そして、未だ解放されないでいる。


 私たちは見つけてしまった。


 倉庫内で腐敗した泉州さんを……。枯死体を見つけてしまった。


 思い出しただけ思わずとげがたってしまう。まるで、あぶらむしに集られているみたいな気分だ。


「賀茂くんこそ大丈夫なの? なんか色素薄いよ」


 私は気持ち悪さをおさえて、賀茂くんに聞いた。


 実色がよくない。それは私も同じかもしれないが、自分の色より賀茂くんのほうが大変だ。彼は御用達なのだ、献上品なのだ、一山いくらで店頭に並ぶ私とは雲泥の差なのだ。


 私が幹をかがめて窺っていると、後ろからばさっと葉の音が聞こえた。


「おいおい、こんなところでいちゃつくなよ、ヨウギシャさんたちよ」


 悪意ある物言いに私は、キッと枝のとげを尖らせて振り向いた。面長な面構えがそこにあった。大振りの実を揺らし、存在を誇示するように生えていた。


「……なにか用か? 博多?」


 賀茂くんが冷静に返した。おそらく賀茂くんと同じAクラス、エリートなんだろう。


「いや、何。優等生の堅物のお前がよりにもよってCクラスの奴と一緒に死体発見したとかいうじゃないの? 気にならねえってほうがおかしくないか?」


 うわっ、こいつ最悪。とか私は一瞬思ったけど、たぶん、普段噂話している私もそうかわらないだろう。賀茂くんのことを今みたいに知らなければ、もし、この状況が別の子となっていたら、私はどう反応するのかな。


 ……想像して嫌になった。うん、やめよう。


 賀茂くんにも私以外の付き合いってものがあるのに、なんでそんなこと考えるんだろう。

 不謹慎、すごく不謹慎だ! 

 私は実を振って否定する。そして、無駄に長い実をぶら下げた主に立ち向かう。


「はっきり言います! 私はC組ですけど、別にやましいことがあって、あの場にいたわけじゃありません。たまたま最初に発見しただけです。むしろ、貴方こそなんでいるんですか? Aクラスみたいですけど、今の時期、この寮は使われていないはずですよ!」

「はあ? なにこいつ、マジうざい」

 

 面倒くさそうに根で地面を蹴る博多。なによ、こいつ、実にぴーって傷つけてやりたい気持ちを私は必死でおさえる。そんなことしたら犯罪だ。器物破損でつかまってしまう。


「やましくないならなに?」


 そうなると私は途端に無言になった。そういや、こんな誤解をうみたくないから隠れようとして、結果、墓穴を掘ってしまった。うん、馬鹿だ、私馬鹿すぎる。


「僕がこれを彼女から受け取っていたんだよ」


 賀茂くんが竹筒をとりだした。我が家直伝の特別な竹酢、もわんとちょっと匂いが漂うのはご愛嬌だ。


 それを見て、博多が長い実をおかしなくらい丸くさせた。


「お、おい。それって、もしかして」

「ああ、お前も害虫に困っていたよな。さすがにその大きさになればもう化学系はもう使えないだろう」


 えっ、なに? どういうこと?


「ってことは、こいつもしかして……」

「ああ、そうだよ。うちの面接官バイヤーも目が悪くなったものだよな」


 賀茂くんが大きく葉を広げる。


「魚沼、君はこれしか使ったことないんだよね?」

「ええ、小っちゃいころからそうだけど」


 苗のときからずっとだから、別に気にしたことなかったけど、なんだろうこの驚きよう。


 博多はなんだかくやしそうに葉を縮めて、どかんと座り込んでしまった。今更だけど、この部屋、他にも何株がいる。どれもつややかな実のつきかたから、Aクラスの面々だとわかった。


「えっと、みなさん、なぜここに?」


 そんな疑問に答えてくれたのは、賀茂くんだった。なんだか苦しそうな顔をしている気がしてならない。


「そういうことか」

「ああ、そういうことだぜ」


 博多が大きな葉を揺らして答えた。


「学園は俺たちを外に出さないつもりなんだとよ。名誉を守るためにな」


 博多が枝をドアノブにかける。かちゃかちゃと音を立てるが扉は開かない。賀茂くんもさっき出てきた反対側のドアを開けようとするが無駄なことだった。


「まじで?」

「まじで!」


 つまりヨウギシャを表に出さないために。


 私たちは閉じ込められてしまった。



 



 部屋には水と肥料が置いてあった。

 天井はガラス張りで、空調も効いている。私はほっとした。こんな狭い空間で皆が光合成したら、酸素だらけになってしまう。そんな息苦しい真似、ごめんだ。


 あれ、なんか臭う。

 酸っぱい匂い、竹酢とはちがった甘酸っぱい匂いだ。


 妙な違和感が襲うが、それを整理するまえに、生徒が立ち上がった。玉子型の輪郭をした彼女は山科やましなさんといった。いうまでもなくAクラスで、私をのぞくここにいる全員が顔見知りのようだ。うん、疎外感いっぱい。すごく寂しい。


「とりあえず、ハンニンいるなら出てきてよ。私、そろそろ収穫なんですけど」


 気位の高そうな物言いは実にも表れている。賀茂くんと同郷の彼女は、同じく古い家柄なんだけど、いわばまあ、没落というかなんというか、最近知名度が低いらしい。クラス落ちまでとはいかないけど、博多の反応を見たらそんな雰囲気がありありとわかる。


「おい、山科。そんな言い方、いきなりするのかよ」


 温和な声が呆れたように山科さんを止めた。大振りの実が一際目につく彼は、田屋たやさん、なんとなくさん付けしてしまうごついかただ。私も含め、他の皆も枝にいくつも実をつけているのに、田屋さんはすっごく大きな実を一つだけぶらさげている。この間、テレビで見たことあった。一つの苗に一つしかつけないことであんなに大きくなり、出荷する際もちゃんと一つ一つサイズを測るというのだ。ええっと、何グラムだったかなあ。うわー、でかいでかいよー。


あんまり立派だからついじろじろと見てしまった。そして、賀茂くんに注意された。


「あんまり、他の実をじろじろ見るものじゃないと思うぞ」


 なんだかたしなめるというには、少しいら立っていた。やばい、まずいことをしたと私は葉を合わせてぺこぺこ幹を曲げた。

 そんな失礼だとは知らなかったごめん、許してください。


「別に慣れてるしいいぜ。触るのまでは却下だけどな」


 豪快な調子で返す田屋さんがいなければ、実を地面にこすりつけて謝っていただろう。やばい、等級落ちちゃう。


「ねえ、ハンニン探しとかよりさあ。情報の共有したほうがよくなーい?」


 妙に間延びする言い方をするのはずいぶん小柄な彼女だ。十市とおちさんといって、もう以下略。とりあえずちっさい小ぶりの実が可愛い子だといっておく。


 十市さんは葉の枯れた部分をむしりながら、続ける。


「今、アタシがここにいる理由とかさあ、よくわかんないんだけど。別に泉州さんとかたしかにこの間、喧嘩したけどそれでわざわざ枯らすとか信じらんないしー。それで、こっちに聞くだけ聞いといて何の情報もくれないってかなり頭にくるんですけどー」

「お前の言い方、いちいちむかつくけど、とりあえず一理あるな」

「うわ、博多うぜー」

「煮るぞ!」


 言い方はどうであれ、十市さんの意見はもっともだというのがここにいる全員の考えみたいだ。

 

 うわっ、いっぱい新しい人増えたな、ちゃんと名前整理しておかないと、私少し間違えそう、ええっと、メモメモ。


 まず、私こと魚沼と賀茂くんは置いといて、なんか偉そうな口調の無駄に長い奴が博多。多分出身地もそのまんまだろうな。次に、性格きつそうな中肉中背の古風なのが山科さん、とてもりっぱな大きなものをお持ちなのが田屋さんで、小ぶりなギャルっぽいのが十市さんかあ。うん、私の脳みそでもなんとか記憶におさまる数かな。


 ついでに言っておけば、枯死体で発見された泉州さん、名前を水茄さんといいい、まさに水も滴る美女だったらしい。私はそのみずみずしい姿を見ることはなかったけど。


 十市さんはいつのまに苗床の一番前をとっていた。


「さて、最初にどういう状況か確認したいわよねー」

「おい、お前が仕切るんかい?」


 博多が十市さんをにらんでいる。この二人、仲が悪いのか?


「なら、アンタがやんなさいよ、ぽりぽり窒素食ってる暇あったらさ。また、油虫つくぞ」


 うっ、と詰まらせたまま、博多は根元に肥料をうめるのをやめた。


「ねえ、魚沼さんだっけ? 最初に発見したんでしょ。状況どうだったかわかる?」

「それは僕も同じだが」

「賀茂、アンタには聞いてないわ。アンタが先に言うと、いろいろ口裏合わせ易くなるでしょ」


 ずばりと十市さんが言った。


「それはどういう意味だ」

「そのままの意味よ」


 なんだか二人の間に険悪な雰囲気が漂う。

 私は気孔という気孔から蒸散しまくりながら、葉を揺らす。やめてよ、かなり道管に悪い話は!

 仕方なく、その場をおさめるために口を開いた。


「私と賀茂くんは、たまたま倉庫の中に入ったら、あの泉州さんが倒れていて……」

「ふーん。それで」


 それで、と言われても、何を言えばいいの?

 ひたすら賀茂くんとはなんでもないんです、と叫べばいいのか?

 いや、なんかそれすごく恥ずかしい。何言わせるのこの子! とか思っていると、代わりに賀茂くんが答えてくれた。


「泉州は枯れていた、たぶん、化学系の除草剤をかけられたんだと思う。すでに息絶えていて実は腐りかけていた。この暑さから考えても、だいぶ時間が経過していたと思う」

「ふーん」


 なんだ、十市さんが知りたいのはこのことだったのね。少しほっとしながら、私ってけっこう薄情だなと思わなくもない。だって、知らない子だとしても、あんな姿になっちゃったんだよ、それよりいかに自分が疑われないか、そっちのほうが頭にいく。


「それ本当? その場で除草剤をかけたのは、アンタたちじゃないの?」

「おい! 僕はともかく魚沼は関係ないぞ!」


 えっ、僕はともかく? それってなんか変な言い方じゃない?


 私が不思議な顔をしているのがわかったのか、博多が口を出す。


「おめーもあいつにしてやられたからな。等級下げるために、虫引っ付けるなんてこえー奴だったよ」


 虫? もしかして、あのときのこと? 

 賀茂くんは身体が弱い分、防虫には心がけているはずだ。

 

「あいつにしてやられたのなんて、いっぱいいるわよ。そんなに大切なのかしらね、保身ってやつ」


 なんかブーメランっぽいこと言っている気がするが、山科さんが同意した。

 そして、田屋さんも頷いているところを見ると同じなのだろう。


「あいつ、農薬基準こえてるって噂もたってたしな」


 それってもしかして、昨日、千両せんりょうが言っていた噂じゃないだろうか。Aクラスの生徒だって言ってたよね。


「なんだってやるといわれるとそうだし、俺たちはその点、あいつの被害を受けているからな」


 つまり、全員、泉州さんを枯らす動機があるってこと?


 うわー、と私は頭を抱えながら、現実逃避に窒素肥料を根元に植えた。


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