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「え?」
俺は、思わず悪魔に聞き返した。
“まだ”って、何が?
…この状態で、“まだ”が指しそうな事なんて1つしかないのに、俺は現実から目を背ける。
「…っがはっ!ぐっ、…が、ぁ!」
聞きたくない汚い音が聞こえた後、激しく咳き込む音がした。
確かめずとも、それはあの男の声で…。
男の顔には、徐々に血の気が戻っていってるだろうに、対象的に俺の顔から血の気が引いていった。
再び、生きる為に殺してやるという思いがふつふつと湧き上がってくる。
所詮、他者からどう思われるかなんて、心にいくらか余裕がある時に気になるわけで。今の俺にとっては、悪魔にどう思われるかなんて、もはやどうでも良かった。
…生き抜かない事には、何も始まらないのだから。
ただ、先ほど男を殺そうとしていた俺には無かったモノが今はあった。
…それは、過大なる恐怖だ。
俺は、男を前にして動けずにいた。
怖い。怖い。ねぇ、怖いよ?
誰か、助けて?
…なんて、誰にも届かないし、誰にも届ける気のない言葉を頭の中で繰り返す。
男は、ゆらりと立ち上がると、
「はっ!詰めが…甘っいな…!」
と、息絶え絶えに言った。
俺は、頭の中がグシャグシャになっている状態で、なんとか男の状態を“感覚”で把握した。
男の体は、いくらか疲労しているようだ。
…刺し違えるのを覚悟で殺れば、殺せるかもしれない。
怖いけど、みすみす殺されるなんて嫌だ。
俺は、もう一度長机を持ち上げた。…長机は、男の側に転がっていたはずだったのに、いつの間にか俺のすぐ横にあった。
長机は、初めの時のように軽かった。
男は、俺を見て嗤ったようだった。
「ハッ!そんなんじゃ俺を殺せねーって、まだ気づかねーのか!」
俺は、男の言葉には反応せずに長机を構え、男に向かって突っ走った。
男の懐へ勢い良く滑り込むと、長机の脚を男のみぞおち辺りに突き刺した。
「…っうぐ!!ぁ」
男は、疲労の為か反撃出来ない様子だったので、俺は長机の脚をグリグリと男の腹に食い込ませる。
俺の中に、恐怖はある。
恐怖があるからこそ、以前よりも残酷になれた。
…怖いから、コイツを殺さないと。
恐怖から来る殺気。
根気強く男の腹に長机の脚を押し付けるも、非力な俺ではそれを決定打に出来ないようだった。
多少は、男に効いているようだが、これでは何時間かかるか分からない。
きっと、男の死よりも先に俺の限界が訪れるだろう。
俺は、距離をとって静かに傍観している悪魔の方を向き、目で必死で訴えた。
歯を噛み締めて力を振り絞っている今、口を開けば力が抜けてしまうだろう。
俺は、悪魔の方へグイッと右手を伸ばした。
何か武器をくれっ …という一心で。