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何度も階段や曲がり角を上手く使って男をまこうと試みたが、男はそんな子供騙しで騙せるほどバカな人間ではなかった。
再び体力の限界がきた俺がもうダメだ…と思った時、廊下の先にまた部屋らしきものが見えてきた。
…おそらく、また悪魔の創り上げた異次元だろう。
助かるかもしれない。生まれた一欠片の希望にかけて、俺は残っている全精力を費やして走った。
男も悪魔の部屋に気づいたらしく、
「今度は、逃がさねーぞ!!」
と、叫んだ。まるで、雄叫びのように。
部屋に人影が見えた。
それは、やはりあの悪魔で。
その姿を見て、安堵する自分が居た。
俺は叫んだ。
「賭けをしないかっ?!!俺がこの男に捕まったら、俺の勝ち。逃げ切れたら、お前の勝ちだ!!」
悪魔がフッと笑った気がした。
そして、次の瞬間には、悪魔は俺の目の前に居た。
正しくは、俺が悪魔の目の前に居た。
そして、後ろではズドンっと言う音がした。
振り返れば、そこには存在しなかった壁があり、男の姿は見えなかった。
「また、俺の勝ちだね。」
悪魔がそう言うのを聞いて、悪魔の方を見れば、悪魔は、心底嬉しそうに笑っていた。
「…今度は何をあげればいい?」
俺は、聞いた。
躊躇うような初心さは、もう無くなっていて、俺はただ生きる為に尋ねた。
悪魔は、少し考える素振りを見せた。
俺は、また芝居か…と、思った。
でも、今回は違うようだった。
悪魔は本気で悩んでいるようで、俺にそこら辺に置いてある雑誌読んで待っているように言った。
俺は、大人しくそれに従い、近くにあったのを1冊取った。
…悪魔は、俺を横目でチラチラと見ながら、まだ考えているようだった。
俺の選んだ雑誌は、俺の好きな女優を特集していて、俺は迷わずそのページを開いた。
色々なポーズで写る女優の美しさに思わず見とれていると、悪魔が話しかけてきた。
「…ねぇ。その女優…好きなの?」
悪魔も女優を知ってるのか、庶民的だなとか思いながらも俺は素直に頷いた。
悪魔は、
「ふーん。」
と、面白くなさ気に言った。
興味ないなら話しかけて来なければいいのに。
俺は、何か引っかかったが、気にせずに再び写真に目を落とす。
もっと良く見ようと雑誌に顔を近づけた瞬間、ふわりとあの悪魔の甘い香りがしたかと思うと、綺麗な手で優しく目隠しをされた。
「な、何?」
悪魔の香りが鼻をかすめただけで、心臓はドクンドクンと忙しなくなる。
せめて、声だけは冷静に。
また、色っぽい事なのかと、密かに期待している自分がいることを否定する気はなかったが、相手にそれがバレてもいいのとは、話が違う。
悪魔は、冷たい声で俺が思ってもいなかったモノを欲した。
「…君の目を頂戴?」
怖くて振り返る事は出来ない。目隠しをされた手を振り払う事も出来ない。
見たくない。今、彼がどんな顔で俺を見ているのか。
「…ぇ?目?」
聞き間違いであって欲しくて、俺は聞き返す。
声が震えてしまったのは言うまでも無いが、それが恐怖からなのか、悲しみからなのかは、よくわからなかったし、考えたくもなかった。
「そう。目。…君の眼球が欲しい、とは言わないから、君の視覚を頂戴?」
俺には、断れる理由なんて、資格なんて無かった。
だって、この賭けを持ちかけたのは、俺なのだから。