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俺は、激しい運動と恐怖とで乱れた呼吸を整えながら、悪魔をまじまじと見た。
…本当に賭けに乗ってきた。
しかも、勝つ為に魔法を使ってきた。
ぼぅっとしたまま、後ろを振り返って見れば、男が数メートル先から走ってきて、ガンっと柵を叩いた。
俺の体は反射的にビクリっと、跳ね上がる。
間に柵があるとは言え、近いことには変わりが無く、殺気に満ちた表情で睨まれれば、体はカタカタと細かく震える。
「クッソ!悪魔めっ!こんな奴匿ってどうするつもりだっ!!!」
男は柵をガンガンと揺すりながら、冷ややかに嘲笑する悪魔に問う。
「別に匿ってなんかいないよ。“賭け”をしただけ。」
悪魔は、ことも無さ気にそう言った。
そして、悪魔は再び何か呪文を唱えた。
俺は、柵が上がって、男が追いかけて来てしまうのではないかと思い、青ざめながら柵から離れる。目は、男から離せない為、後ろ足でソロソロと下がった。
しかし、柵は消えるは愚か壁になった。
俺は、とりあえず男は追って来れないだろうと言う安堵で強張っていた体の緊張が解れ、力が抜け膝から崩れ落ちた。
体こそ疲労しきっているが、意識は手放していない俺は、悪魔を見つめた。
…この青年は何を考えいる?
悪魔は、そんな俺の心を透かして見たかのように、
「俺は、君と賭けをしただけだよ?」
と、話し出した。
「君は、あの男から逃げられて良かったって安心しているかもしれないけどさぁ、これで終わりなわけが無いよね?…“賭け”には、“賭けるモノ”がなければ、成立しないよね?」
悪魔が何を言いたいのか…、俺はわかった。
俺の表情を見て悪魔は、俺が自分の言わんとしている事に気が付いた事を理解しただろうが、それでも悪魔は話を続ける。
「だからさ。…俺が賭けに勝ったんだからさぁ、頂戴?」
背中を嫌な汗が伝う。
悪魔が俺から欲しがるモノ。…きっと、ろくなものじゃないだろう。
でも、命には変えられない。
命までは取らないだろうなんて、甘い考えかもしれないけど…。
「な、何を…ですか?」
変に力が入って声は上ずっているし、腰が抜けてへたり込み、顔は青ざめている今の俺は、とても滑稽に見えることだろう。
悪魔はそんな俺を見てか、クスっと小さく笑った。
「そうだね〜。何を貰おうかなぁー。」
悪魔は悩む素振りを見せた。…が、そんなの芝居に決まっている。
相手が目ぼしいモノを持っていなかったら、こんな一方的な賭けを受けるはずがない。俺が話を持ちかけた段階で決まっていたはずだ。
「んー、君のハジメテを貰おうかなぁ。」
悪魔はニタニタと笑いながら言った。
それが性的な意味である事なんて、悪魔の表情と言い方でわかる。
「…俺、男ですよ?」
予想もしてなかった発言にすぐ反応出来た自分に驚きつつも、俺は冷静だった。
悪魔は、
「うん、知ってる。」
とだけ言った。
「……魔法を使うんですか?」
魔法を使って、俺を女にするのだろうと思った。
「使わないよ?」
…思いたかった。
俺にとって、完全に未知となる世界への不安と恐怖が心に広がった。
俺のそんな心情を読み取ったのか、悪魔は
「嘘、嘘。魔法は使うよ。」
と、言った。
「痛くしないように…だけど。」
悪魔は、ニタリと笑う…いや、嗤う。
「…さぁ、脱いで?」
いつの間にか、俺のすぐ側まで来ていた悪魔は、スッと屈むと俺の耳元でそう囁いた。
…俺は、静かに服に手をかけた。