12
…“契約書”?
一瞬、頭には疑問が浮かんだ。
身に覚えの無い言葉に聞こえたのだ。
でも、俺はすぐに思い出した。
悪魔の説明を碌に聞きもせず、見えない目で闇雲にサインをした事を。
悪魔の言いにくそうな様子から、良い内容…とは言えなそうだ。
わかってた。
悪魔との契約なんて、気軽に出来るモノじゃない。大罪に手を染める事を覚悟してサインしたんだ。
わかってた…からと言って、怖くない訳じゃないけど。
俺の頭の中でさっきまで大部分を占めていた“男の死”は、“悪魔との契約”に負け、頭の隅に追いやられていた。
もっと過大なモノを前にし、俺は反って冷静になっていた。
中々口を開かず、本題に入ろうとしない悪魔を俺は
「…どうぞ?話してください。」
と、急かした。
そんな事を出来るほど、俺は落ち着いていた。
悪魔は、俺の変わりように目を見開いたようだった。
精神バランスの崩れた人間が、コロコロ表情を変える事なんて珍しくないだろうに。
…取り乱して震えていたのが嘘みたいに、他人事のように自身を分析する自分に、俺は他人事のように気味悪さを感じた。
「…。本当に酷だと思うんだけど。」
悪魔は、ごめん、とでも続けそうな口調でそう言った。
俺には、何故悪魔がもったいぶっているのか理解出来なかった。
悪魔が用意した契約書だ。
俺がまんまと契約した訳だから、喜ぶべきなんじゃないだろうか?
…何故、彼は辛そうにしている?
悪魔は小さく口を開くと、何か呪文を唱えた。
俺は魂を取られると思い、体を固くした。
…しかし、俺は右手に何か重みを感じただけだった。
目をやれば、そこには拳銃らしき物が握らされていた。
俺は、その拳銃の意図が全くわからなかった。
俺の頭は、混乱に陥った。
…もしかして、コレで自殺しろ、と言う事だろうか。
考えた末、1つの残酷な考えが浮かんだ。
俺は不安に揺れた瞳で、悪魔を見た。
悪魔の瞳も悲しそうに揺れているように見えた。
…きっと、俺の都合のいい解釈なんだろうけど。悪魔が俺の死を悲しんでくれてるんじゃないか、なんて。
それに本当は、悪魔は全然違う表情を見せているのかもしれない。
それを俺の脳が現実から目を背けて、幻覚を見せているのかもしれない。
それでも、よかった。
辛い現実を見るくらいなら、幻覚に溺れたい。
…きっと、俺は悪魔を好き、なんだ。
今、ハッキリと気が付くなんて。
なんて残酷なんだろう。
知らずに死ねたら良かったのに。
そしたら、今、こんなにも辛くないはずだ。
俺は、右手の拳銃がやたらと重く感じた。