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悪魔が凄い速さで呪文を唱えるのが聞こえたかと思うと、右手に僅かだが、重さを感じた。
それは、短刀みたいな物だと俺は感覚で理解した。
ギュッと右手で短刀を握り込む。
心臓の位置を目で確認する事が出来ない今、俺は感覚だけを頼りに、当てずっぽうで短刀を使わなければならない。
…もし一撃で仕留められなかったら、二度目はないだろう。
男だって、俺が短刀を男の体から引き抜こうとしている間に、俺の長机へと加える力が弱まったのを良い事に反撃してくるかもしれないのだから。
俺は、見えない目を見開いて、ナイフを振り上げた。
それとほぼ同時に、再び切羽詰まったように早口な悪魔の呪文が聞こえたかと思うと、俺の視界には、苦悶の表情をした男が映った。
突然の出来事に動揺しつつも、俺はしっかりと男の心臓めがけて短刀を振り下ろし、突き刺した。
「…っがぁ!!はっ!…っぁ。ぐ……あぁ。」
俺は、更にその短刀を男の体へと食い込ませようと、グリグリと肉を抉るように深く突き刺していった。
長机も左手で男の腹部に押し付ける。
…手は、男の血に染まったがそんな事は気にならなかった。
とりあえず、コイツを殺さないと。
俺の頭には、恐怖と殺気の混じった、それしかなかった。
…男は俺の目の前で、汚い音を発しながら悶えていたが、やがて静かに床に崩れ落ちて、へしゃげた。
俺の右手には、幾度なく男の肉を抉り心臓を突き破った、血だらけの短刀が残った。
左手には、男の血が滴って来た事で、少し赤い模様が出来た長机が。
大量に血を流し、生きていたらとても出来ないような格好で、グシャグシャになって床に転がっている男をぼーっと、俺は見た。
マネキンよりも、ロウ人形よりも、恐ろしく、また血の毛を感じない顔をした男を見ながら、徐々に“男の死”を、“自分の犯した罪”を理解した。
冷静になった俺は、長机の重さを急に感じ出した。
持っていられなくなった長机は左手から離れ、鈍い音を立てて、床に落ちた。
俺は、右手に残った短刀を見つめる。
この手で。この短刀で。俺は…。
震え出す俺の手から短刀は滑り落ちた。
…そして俺は、意識をも手放した。