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「待て、ゴルあぁぁぁあああ!」
後ろからは、人相の悪いガタイの良い男が俺を追いかけて来ている。
俺は、全力で逃げる。
命がかかっていれば、誰だって全力だろう。
でも、俺は何故追いかけられているのかわからない。俺は、平凡な男子高校生だ。
必死に追いかけてくるからには、きっと理由があるのだろうけど、聞く余裕なんて無いこの状況では、ただただ逃げるしか無い。
「ブッ殺すっ!!」
ただでさえ、怖い顔しているというのに、男は身の毛がよだつような暴言を吐きながら追って来ている。
運動神経が特に良いわけでも無い俺は、男にいつ追いつかれ殺されるかと思うと、怖くて怖くて泣きたいのを堪え、必死に走った。
怖いモノ見たさで後ろを振り返ってみれば、男と自分との距離は確実に縮まっていて、全身を駆け抜ける恐怖に足が竦みそうになる。
逃げ場を求め、目の前に佇んでいる荒れ果てたビルに逃げ込むが案の定、男もついて来る。
後ろから近づいて来る足音に怯えながら廊下を駆け抜けていると、遥か前方に部屋が存在していた。
廊下の途中に部屋があるのだ。
その部屋は、不気味なほど綺麗で俺は嫌な予感しかしなかった。
そこには、綺麗な顔をした青年がニタニタと笑いながら、こちらの様子を眺めている。
人間とは思えない妖艶な美しさ、不気味な力の宿る瞳…きっと、あれは悪魔だ。
このままでは、悪魔の創り出す異次元であろう部屋に入らなければならない。
俺の体力はすでに限界を超えており、もつれそうな足を無理矢理動かしている状態で、男は多分かなり近くに来ている。
悪魔は俺と男を交互に見ると、ニタリと笑い、何か唱えた。
悪魔が唱えた言葉で部屋の入り口の上から、柵が降りて来た。
一定のスピードでゆったりと降りてくる柵。
でも、きっと俺はあの柵の中に入れない。
逃げ場を絶たれ、男に捕まるだろう。
俺は、悪魔に向かって叫んだ。
ひとしずくの希望にすがる思いで。
「俺と賭けをしないかっ?!!」
悪魔は、愉し気に意地悪く笑った。きっと、俺がこう言い出す事は、計算の内だったのだろう。
でも、今はこれしか無い。
「俺が部屋に入れたら、お前の勝ちだっ!」
この賭けは、どちらに転んでも俺に都合が良いのだが、悪魔は退屈しのぎに基本どんな賭けにも乗ると、昔誰かに聞いた。
…悪魔は、ニタリと笑った。
すぐ後ろから男の荒い息が聞こえた。
もうダメかもしれないと思った。いや、もうダメだと確信した俺は、瞼をキツく閉じた。
ガシャンっと、柵が落ち切った音がした。
…俺の後ろで。
すぐ目の前にいる悪魔がまたニタリと笑った。
「賭け。俺の勝ちだね?」