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文芸部員は二人だけ  作者: yweva
第一章 同時存在
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第二話

「居る筈のない人と出会った……?」

 言っている意味が分からなかった。

「そこに居る筈がない人にもう一度会ったのよ」

 支倉さ……七重さんは今でも不思議に思っているかのように、そう言った。

「この前の日曜日の話なのだけどね。まあ、そこまで話は長くないから、途中に口をはさまないで黙って聞いてくれる?」

 その問いに黙って頷く。その時に山田は近くに積まれていた部誌を手に取り「俺はこいつが話をしている間、何か適当に読ませてもらうわ」と言ってパラパラとめくり始めた。そうだ、山田に何か寄稿してくれないか訊いてみるか。ページが薄いよりかは、厚い方がいい筈だ。

 そんな山田を横目でチラリと見ながら七重さんは口を開く。

「じゃあ、話を始めましょうか――


 さっきも言ったけど、それはこの前の日曜日の話なの。私の友達に黒下 香苗(くろした かなえ)っていう小学校からの付き合いの友達がいるんだけど、その子と下風川(学校の最寄り駅の名前だ)から三駅先の風川(それなりに大きく色々と揃ってる)で遊んでたのよ。


 あの子と私は趣味が合ってね、まあ鶴ちゃんにも分かる通りに大雑把に言えばゴスロリ系って言うと分かるかな(ええ分かります)。そういう服が好きなのよ。


 そもそもゴシック&ロリータってのは――

 で、ゴシックってのはね(それは話すべきことなのか?)――


 ちょっと話が逸れたけど、そろそろ本題に戻ろうか(やっと……)。

 香苗はバスで帰るんだけど、私は電車なの。次の電車が来るまで少し時間があったから、香苗と一緒にバス亭に行ったのよ。そこでちょっと話をしてたらバスが来て、バスに乗った香苗を見送った後に私は駅に向かったわけ。香苗が車内から手を振ってきた姿はちゃんと覚えてるわ。


 駅の階段を上っている途中で、降りてくる人の中でどこかで見かけたことのあるような、そんな服装をしてる人が目に入ったのよ。だからそっちに目を向けてみたの。そしたら、そこには香苗の姿があったのよ。

 人違いだろう、香苗がそこに居る筈ない、そう思ったんだけどやっぱりそこに居るのは香苗にしか見えなかったの。

 驚いて、そして居ても経っても居られなくて詰め寄ったの。「かっ……香苗だよね?」って尋ねたの。人違いだったらどうしよう、そう思ってもいたんだけど。


 自分でもそれが香苗だって信じられなくて、でも目の前に居るのはさっきまで一緒にいた香苗そっくりで。

 服装もまるで同じなのよ? 私が前に送ったカチューシャをしてたし、爪も黒く塗ってたし、小さな鈴の付いたチョーカーもさっきまで一緒にいた香苗と同じだったんだもの。

 声を掛けた私の方を振り向いて、向こうも驚いたのか目を開いて見つめてきて「なっ……七重ちゃん?」て訊いてきたの。

「そうだよっ! 香苗さっきバスに乗って帰ったよね? どうしてここに居るの?」そう思わず訊いたのよ。

「わっ、私はずっと西口に居たよ? なっ、何か勘違いしてるんじゃないの、えっと……なっ、七重ちゃん」て香苗は慌てたようにして階段を急いで降りてったの。


 もう何だか頭に来て、一言文句を言わなくちゃ気が済まなくて、思わずその場で香苗に電話したのよ。

 バスに乗って帰った筈なのに、どうしてまだ風川に居るのかって問い質したら、香苗は私が何かおかしなことを言ってるかのように反応して「どうしたの七重ちゃん。私は今バスの中に居るよ? きっと何かの……あっ……いや、何でもない。きっと何かの見間違いだよごめんねもうすぐバスを降りるからじゃあ」って急に早口になって電話を切るしで、更にムカついたのよ(何だか愚痴を聞いてる気分だ)。


 で、今朝になって香苗と話をしたんだけど、結局は私の見間違いだろうってことでもうこの話は止めることになったんだけどね。それに、今度お昼を奢ってくれるって約束もしてくれたし。


 ――というわけで、七重さんの話はこれで終わった。関係のない話をいっぱい聞いた。枝葉を削ぎ落して無駄のない話をしてほしかった。

「なっ、不思議な話だろ? どうだ、小説を書くネタになりそうか」

 ジーっと見ていた部誌から目を離して山田がそう言った。

「うーん、どうだろ。確かに不思議な話だとは思うけど、俺にこれをネタにして小説を書けるかどうかは分からないな」

「鶴ちゃんさ、せっかく私が話をしたんだから、ちゃんと面白い小説を書いてよね。そういえば部誌の発行はいつ?」

「五月の第二水曜日だったかな」

「じゃあその日、山田と一緒にまた来るわ」

 止めてください、来ないでください。そう言いたかった。しかし言ったところで無意味だったろう。


「さて、じゃあ私たちは部室に戻りましょう」と言って七重さんは席を立ち、次いで山田も腰を上げた。その山田に声を掛ける。

「なあ山田。部誌はどうだった」と訊くと、

「それなりだったな。ええっと、五年前のかな。『どうしようもない僕らの逃避行』って小説が面白かったぞ。連載小説で、約一年にわたって続けてた」と返ってきた。

 へえ、後で読んでみようか。

「何それ、ちょっと興味ある。鶴ちゃん、ちょっと部誌を借りてってもいい?」と言いながら彼女は机の上にある部誌を手に取り、どれにその作品が載っているのか山田に尋ねていた。


 さてはて、部外者に部誌を貸し出してもよいものか。新入部員の俺個人による判断ではなく、部長である冬音さんの意見を聞いてから返答するべきじゃないかと思ったが、それ程に貴重なモノではないだろうし、貸し出すのは別に問題ないだろう。そう勝手に判断する。

「構いませんが、失くしたり汚したりしないでくださいね」

「当たり前よ。じゃあ、また来るわ」

 と言って出て行った。と思ったらまた入ってきた。

「そうだ、何か私に訊きたいことある?」

「そうですね――」

 何か尋ねるべきことはあるだろうか。

「その黒下香苗さんはこの学校の生徒ですか?」

「そうよ。一年三組」

 へえ、一年三組……それって俺のクラスじゃないか。

「あっ、それ俺達のクラスじゃん」

 と気付いたらしい山田が言い、「黒下さんって人、居たっけ」と訊いてきた。

「分からない。俺もまだクラスの全員の名前を把握してないんだ」と答えた。にしても、山田もまだクラスメイトの名前を把握していなかったようだ。よかった、仲間が居た。

 そんな俺達の会話を聞いて、「アンタ達、もうすぐ一カ月が経つのにまだクラスメイトの名前も覚えてないの?」と呆れた調子でため息交じりに七重さんが言った。


「昔からクラスメイトの名前を覚えるのが、何でか苦手なんですよ」

 苦手というのは語弊があるかもしれない。俺はそもそも、積極的にクラスメイトの名前を把握しようと努めていないのだから。

「七重さん、面白い話をありがとうございました。もう訊きたいことはないです」

「そう。じゃあね、鶴ちゃん」

 彼女はそう言い、背を向けながら手をひらひらとさせて出て行った。

「さて、久しぶりに真面目に絵を描くかな」

 と呟きながら山田も部屋を出て行く。「期待してるぞ、処女作」とセリフを残して。

 その言葉は俺に対して余計なプレッシャーを与える物だと分かっていながら言ったのだろうと思う、まったく。

 二人の来客が帰った後には、いつも通りの静寂が部室を覆う。

 それが何だか寂しくもあるけれど、心地よくもあった。




 山田たちが帰ってから数分した後に冬音さんが入ってきた。

「もう来ていたか。毎日の様に訊くのもアレだと思うのだが、少しは書けたか?」

「すいません、まだです」

 と答えると、微かに笑みを浮かべて「そうか」と言い彼女は俺から見て左側の席に座った。

「そうだ先輩。部誌に載せるのは小説とかエッセイだとか、そういう文章じゃなくて漫画とかそういう系でもいいんですか?」

「別に構わないが、君は絵が描けるのか?」

「いえっ、俺は描けません」

 そう答えると冬音さんはまたしても「そうか」と言った。そして何も追求してこず、鞄から本を出して読み出した。カバーをしてないのでタイトルが見える。

『ろくでもない僕らの逃避行』

「……へえ」

 思わずそう言った。とても小さな声だった筈なのに聞こえたらしく「どうした?」と問われた。

「いいえ、何でもないです。そうだ、アーモンドチョコあるんですけど一個要ります?」と言って鞄から箱を取り出す。

「君はいつも何かしら持っているな……くれるというなら、ありがたく貰っておこう」

 俺は席を立ち、その差しだされた白い手に一粒置いた。冬音さんはそれを口に運ぶ。

 そして俺は自分の席へと戻る。窓の向こうのグラウンドでは野球部が練習し、校庭の端の方にあるテニスコートではテニス部が練習しているのが見えた。

 それをちょっと見てから席に座る。

「ところで、友人から小説のネタになりそうな話を聞いたんですが冬音さんも聞きます?」

「どんな話なんだ?」

 本に視線を戻し、こちらを見ずにそう言う。

「そこに居る筈のない人と会った話です」

「ほう」

 本を閉じて机に置き、こちらに目を向けてくれた。どうやら少し興味を持ってくれたようだ。

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