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文芸部員は二人だけ  作者: yweva
第一章 同時存在
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第一話

 帰りのHRが終わった後、俺は腕組をして席に座っていた。机に視線を落として考え込んでいたのだけど、それが傍から見ると何か悩んでいるように見えたらしい。

「どうした菅井。難しい顔をして」

 と、隣の席の山田がそう話し掛けてきた。山田は泣きボクロが特徴的だ。右目の下にある。それと、少し長い髪を後ろで括っている。いわゆる『オタク』なオーラを出している奴だった。実際、こいつはオタクとカテゴライズされるだろうと思う。

「いや、別に。ただちょっとさ、小説を書くことになってんだけどどうにも書けなくて」

 小説なんて書くのは楽勝だと思っていたけれど、実際に自分が書いてみる立場になってみると思っていたよりも難しい感じだ。

「小説か、最近はラノベとかしか読まないな。書いたことはないが、もしも書いたら見せてくれよ」

「つっても俺は今までに小説を書いたことないぞ」

「他人の処女作ってのは中々に面白そうじゃねえか、問題ない」

「俺には問題大アリなんだけどな」

「まあそう言うなよ。じゃあ俺も部活あるから」

 そう言って山田は同じ部活の仲間なのだろう奴と共に教室を出て行った。そいつの名前は何といっただろうか思い出せない。俺はまだクラス全員の名前を把握していないのだ。

 ところで山田は何部に入ったのだったか。それもまた忘れてしまっていた。大丈夫だろうか、俺の記憶力。


 さて俺も文芸部室へ行こうと、職員室へ鍵を取りに行く。部室へ来るのは冬音さんと俺、それと顧問の村井先生ぐらいだ。二年生よりも一年生である俺の方が授業の数が少ないので、必然的に俺が鍵を開ける役目になる。

 いろいろな教室の鍵がズラッと小さなフックに掛けられている鍵置き場から、文芸部室の鍵を取る。

 未だ仮入部の期間中ではあるが、仮入部した生徒の多くはそのまま在籍することになるのだろう。仮入部の期間は今週で終わりになる。朝の時間の部活勧誘がようやくなくなるのだと思うと、少し良い気分だ。


 今日は金曜日で仮入部期間の最終日前日であるが、文芸部員は俺以外に誰一人として増えてないし、誰一人として見学に来た人はいない。幽霊部員である上級生の方々と会ったこともない。これから一度くらいは会う機会があるのだろうか。


 昇降口から歩いて数分、部室棟へと着いた。部室棟は全三階。三階部分は使われていない教室が多く、その大半が学校の物置として利用されているのだろう。机や椅子が重ねて置かれていたり、パイプ椅子や長机やその他いろいろと置かれていたりする。

 その他の空き教室は鍵が掛けられていて使用されていない。現在は二階までの部分で用が足りているのだ。

 そして我が文芸部室は二階の隅っこにある。隅っこの部屋だからか少しだけ部屋が大きな感じだが、文芸部の部室には勿体ない気がする。無駄に大きいとそれだけ静けさが増大されるのが困ったものだ。


 本棚が幾らかあり、それなりに並べられているがそこまで多くもない。文芸部という印象を受けない程に簡素な部室だ。長机の上に乱雑に置かれている部誌が、この部屋を文芸部室だと辛うじて主張している。「文芸部にしては本が少なくないですか」と冬音さんに訊いたことがある。彼女は、「今まで本が多すぎたので、殆どを処分したんだ」と答えてくれた。

 本をよく読む人というのは、本を処分するのに抵抗があるのではないかと思っていたが、少なくとも冬音さんはそういうタイプではないのかもしれない。

 四角形上に並べられた長机の窓際に近い席に陣取る。鞄を置き、長机の上にあるノーパソを開く。夕方になると日差しが入って画面が見え難くなるのがこの席の難点だ。

 電源をつけて起動する。インターネットができないのが少し残念だが、手書きで小説を書くよりかは遥かに楽だからパソコンがあってよかった。

 あってもなくても小説を書けないのなら意味がないのだけど。

 起動が完了するまでのちょっとした間に、近くに適当に積み上げられている部誌を手に取った。今から数年も前の物だった。


 パラパラとめくる。小説は勿論のことながら、評論やエッセイに加えて詩まで載っていた。へえ、と思いながら流し読みしていると、コンコンと部室の扉をノックする音が聞こえた。

 冬音さんや顧問の村井先生ならノックをするわけもないし、いったい誰だろう。もしかして入部希望の人だろうか、なんてことを考えながら「どうぞっ!」と少し大きめに返事をした。

 キィと蝶番が軋む音と共にドアは開かれた。その先に立っていたのは、山田だった。ポケットに右手を突っ込み、左手を軽く上げて「よっ」と言い入ってくる。

 その後ろには何とも学校には似合わない雰囲気の女子生徒が居た。頭には小さなハットをつけ、目は化粧のせいか大きく見え、爪は黒のマニキュアで塗られていた。髪は腰に届きそうな程の真っ直ぐな黒髪で、そして黒のニーソックスを履き、両の目には色の違うカラーコンタクトをしていて、思わずそのまま回れ右をして帰って頂きたい気分になる。

「部室を間違えてるぞ、山田」

「いや、大丈夫だ。俺は文芸部室に用があって来たんだからな」

 そう言って、彼らは俺の向かい側にある長机に並んで座った。

「こいつは支倉 七重(はせくら ななえ)。漫研の仲間だ」

「自己紹介ぐらい自分でさせてよ。私の名前は支倉 七重。よろしく、ええっと、菅井さんでしたっけ」

「そうですね。菅井です」


 あまり会話もしたくなかったし、早く帰ってほしいし、何よりその格好は校則に触れるんじゃないだろうかと色々と思うところがあった。が、頭の中を占めていたのは、いったいどういう用事でこの文芸部室へと来たのだろうかということだった。

「で、山田。用ってのはいったい何なんだ」と問うと、「そう煙たい顔をするなよ」と言われた。どうやら表情に出てしまっていたようだ。

「お前に良い情報を提供しようってんだからさ。ほら、小説を書くのに困ってるって言ってただろ?」

 ああ言ったとも。首肯する。

「それでさ、丁度いい感じに小説を作るのに向いているんじゃないかって話を聞いてな。事実は小説よりも奇なり、という言葉もあるし事実を基にした小説を書いたら面白そうだし、なにより書くのも簡単そうだろ?」

「確かにそうかもしれない」

「でだ。この七重が面白い話をしてくれたから、それをお前にもしてもらおうと思ってこうして連れてきたわけだ」

「別に大した話じゃないし。ていうか、話をしたらちゃんとアイコン画像を描いてくれるんでしょうね」

「おう、いいぜ。お安い御用だ」

「ならいいけど」

 何やら二人の間では何らかの取引が行われていたようだ。

 山田は俺の為にこいつをここに連れてきてくれたのか、それとも他に何かしら目的があるのか。まあ、どちらでもいいか。小説を書くネタにでもなるのなら、それで結構だ。


「じゃあ、よろしくお願いします。支倉さん」

「支倉って名字で呼ばれるとさあ、ちょっと他人行儀な感じじゃない。七重でいいわよ、七重で」

 いや、私と貴方は初対面だから、他人同然ですし。

「アンタとは友達になっとくと何か得がありそうな感じだし、これからよろしくね。鶴ちゃん」

 つっ、鶴ちゃん、ですか。

「……よろしくお願いします、七重さん」

 心の何処かがミシッと軋んだ音を立てた様な気がした。

「まあ大した話じゃないんだけどさ」

 そう前置いて支倉……七重さんは話を始めた。別に心の中で七重さんと呼ぶこともないだろうが、今の内からそういう風に呼ぶのに慣れておこうという意思の表れだ。七重さんは机の上で指をもぞもぞと弄り、視線をチラチラと辺りに配り最後に俺の目を見て口を開いた。

「同じ人と同じ場所で二回も出会ったのよ。それだけなら別に何ともないかもしれないけどさ――」


 確かに、それだけならただの偶然の範疇だろう。

 彼女はそう言った後に、そこで少しの間を置いて話を続けた。


「――そこに居る筈がなかったのにもう一度会ったのよ」

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