3 ささささ?
グループワークの時間だった。周りはディスカッションで騒がしい。このグループも同様に議論を交わしている。
その中で康太は内容をメモしていた。なんとなく重要そうな個所があったので赤ペンに持ち替えて強調しようと丸で囲おうとしたが、インクが出なかった。
「あ、このペン、書かさんないや」
何気なく言った一言だったが、これに食いついたのが三浦昭仁だった。
「……今、何て言った?」
……もしかすると、また北海道ローカルを披露してしまったのだろうか。
「いや、だから、ペンが書かさんないって」
「何だよ、かかさんないって」
耳が遠いおじいさんのように、眉間にしわを寄せてこちらに顔を近づけてくる。康太は少し身を引いた。
「書かさんないは、書かさんないでしょ?」
「何? 尊敬語?」
三浦の表情がどんどん険しくなる。そんなに難しいことを言っているだろうか。
「は? 尊敬? 何言ってるの?」
「俺からするとお前が何言ってるかわかんないんだけど 日本語に直して」
また、こいつは失礼なことを言う。
「だから……えと、ペンのインクが出ないから書けない」
「いや、だったら最初からそう言えよ」
「何か違うんだよ、ニュアンスが」
「どう違うんだよ?」
「じゃあさ、例えばさ、スマホとかってよく間違って違うボタンおささ……押しちゃうじゃん。その時なんて言う?」
「違うボタン押しちゃった、だろ。むしろ何て言うの?」
「押ささった」
「は? おささささ?」
わざとだろ、それ。
「押ささった、だよ。何て言うのかなあ。押したんじゃなくて、押ささったんだよ。だって、自分はそのボタン押す気なんてなかったんだから」
「あー……。なんとなくわかった。要は自分のせいにしたくないんだろ? そういうときに使うのか?」
「うーん? 何か違う気もするけど、ちょっと近づいた気がする。何て言うかさ、勝手にそうなった、みたいな?」
わかったのか、わかっていないのか、三浦はしきりに首を傾げて考えている。
というか、これ、方言だったのか。これが標準語にないとすると、ちょっと生活が困難になってしまう。冗談ではなく。
「え、じゃあさ。画鋲とかが指に刺さったら何て言うの?」
思いついたように三浦が言う。
「それは、刺さったでしょ?」
康太は平然と答えた。
「何でだよ! そこは『さささった』とか言えよ!」
無茶ぶりもいいとこだ。
本気で困るんですけど、これ。