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境界の記録  作者: 厚焼きたまご


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3話「対面」

「それでは、早速で悪いが私の家族に会ってもらう。」

「なぜだ?」


「使用人として働く以上、生活を共にすることになる。生理的に受けつけない人間を屋敷に置くわけにはいかない。」

 それもそうか。

 嫌いな人間と一緒にいたいと思う人間は少ないだろう。


 勧誘する前に確認しておくべきことだが……、今さらだ。


「わかった。」

「では、こっちだ。ついてきたまえ。」


 扉を開け、静かな廊下が姿を現した。

 ダミアンの後をついて歩く。


 廊下ですれ違う使用人たちが、こちらに視線を向けてきた。最初にこの屋敷へ来たときとは違う視線だ。……品定めではない。

 疑問か、困惑か――そんな視線だった。


「ここだ。」

 そこにあった扉は、先ほどまでの部屋のものよりも一回り大きく感じた。


 少々仰々しい。


 ダミアンはドアノブに手をかけ、ひねる。




 扉の先には6人の人間がいた。

 長い机を挟み、4人が大きな窓を背にして座り、残る2人は後ろに立っていた。


「紹介しよう、私の家族たちだ。」

 そう言って、ダミアンはオレと机の間に立つ。


「そして彼が、例の少年、レンだ。」

 6人の視線が、一斉にこちらへと向いた。


 沈黙が落ちる。

 歓迎とも警戒とも取れない視線……、ただ静かにこちらを見定める。場の空気さえ凍り付く雰囲気に、少々息苦しさを覚える。


「ずいぶんと小さいのね。何歳なのかしら?」

 穏やかな声色だった。だが、その視線はオレの全身を静かに確かめていた。


「妻のオリヴィアだ。」

「……」


「子どもが助けたという話は聞いていたが……ここまで小さいとはな。」

 そう声を上げたのは、オリヴィアの右隣に座る男。怪訝そうにこちらを見ており、警戒心が表情から伺える。

「息子のアルデンだ。」


「てっきりもう少し体格のいい子だと思ってたんだけど、そうじゃないのね。」

 ゆったりとした声で言ったのは、オリヴィアの左隣に座る女。穏やかな様子だが、その瞳には警戒の色が見える。

「娘のカミリアだ。」


 カミリアと呼ばれた女性の隣に、小さな少女が座っていた。

「カミリアの隣に座っているのが、末っ子のミリアだ。」

 ミリアと呼ばれた女は、オレと同い年くらいだった。どこかで見たような気がするが、思い出せない。発言はせず、静かにこちらに視線を向けている……。目が合っても視線をそらさない。


「ミリアの後ろに立っている女性は、メイド長のヴェリア。将来君の上司となるかもしれない人間だ。」

 ヴェリアと呼ばれた女は一歩前に出て、静かに頭を下げた。その動きは流れるようで無駄がない。屋敷の中でも、それなりに立場のある人間なのだろう。


「そして、アルデンの後ろに立っているのが、君をこの屋敷まで連れてきた執事のアゼルだ。」

 アゼルと呼ばれた男も、静かに頭を下げる。

 ……この男は覚えている。立ち振る舞いに妙な威厳があった。アゼルの纏う空気だけでなく、所作の一つをとっても無駄がない。


「顔合わせは以上だ。気になることがあるなら聞いておくといい。」

「……そうね。」

 オリヴィアはそう一言つぶやくと、質問を投げてきた。


「あなた、歳は?」

「……覚えていない。」


「覚えてない?」

 予想外の答えなのか、アルデンが声を上げる。


「ああ、数えたことがない。」

「そう。」


「見たところ、ミリアと同い年か少し上くらいかな?」

 カミリアはそう予想する。


「そうね。もう一つ聞いてもいいかしら?どうしてうちで働こうと思ったのかしら?」

「……その方が都合がいいからだ。」


「そう。」

 オリヴィアは短く頷くと、オレから視線を外した。



 ダミアンは一度、室内を見まわした。

「……もう質問はないな?」

 誰も口を開かない。


「なら、今日はここまでにしよう。レン、寝るところはあるのか?」

「……無いな。」


「そうだろうな。金を出すから街の宿を使うといい。」

 そう言い、ダミアンは懐から小さな袋を取り出し、当たり前かのようにこちらへ差し出した。


「いいのか?」

「ああ。明日はうちのメイドを向かわせる。それまで自由にしているといい。」




 メイドに促され外に出ると、茜色の空が浮かんでいた。

 夕暮れの街並みは、昼間とはまた違う姿をしており、帰宅中と思われる人々で賑わっていた。


 宿に着くと、メイドは手際よく手続きを済ませた。

 こちらに振り返ると、

「明日の朝、また迎えに伺います。」

と言い、鍵を差し出したのち、一礼して宿を出ていった。


 自室にたどり着くと、オレはそのままベッドに横になった。

 妙に長い一日だった。


 ヴェルクレスト家で働くと答えたが、あれで決まったわけではないだろう。

 そんな空気だった。


(……そういえば顔合わせのとき、ミリアと呼ばれていた少女は終始オレを見ていたな。)



 あれは、何だったのだろうか。

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