2話「分岐」
最近オレに対する視線が増えたように感じる。
それも、妙に刺さるようなやつだ。
統括者を襲ってから、約1ヶ月。
ようやく落ち着きを取り戻してきたが――どうやら違ったらしい。
(少し居心地が悪いな…。)
単に避けられているだけなら生活に支障はないが、地域全体で行われると話が変わってくる。統括者を襲った時点でこうなることはわかっていたことだったが、もうここにいることは難しいのかもしれない。
家路についているとき、いつものように露店を見つけた。オレが一仕事して帰るとき、よく利用する干し肉の露店だ。
「おじさん、今日もいつもの頼んでいいか?」
「……」
「おじさん?」
「……」
……視線すら向けてこない。
どうやら、おじさんも同じらしい。
そうなると、ここでの生活は困難になりそうだ。
生活用品の補充も近所の情報も期待できない。
(ここに居続ける理由はもうないか。)
そうしてオレは家に戻った。
戸を閉め、外の音が途切れる。
しばらく今後のことを思案しつつ、荷物をまとめている最中、扉を叩く音が聞こえた。客人が来る予定でもあっただろうか?少なくとも、そんな覚えはなかった。
(となると、あんまり歓迎される要件ではなさそうだな…。)
再び扉が叩かれる。
もしかすると、客人なのかもしれない。敵であれば、わざわざもう一度扉を叩くような真似はしないはず。それでも万が一があるため、オレは警戒をしつつ扉へと向かった。
扉を開けると、初老の男性と重厚な鎧を身に着けた人間が立っていた。
初老の男は姿勢を崩さずこちらを見ている。
後ろの鎧の男は、剣に手をかけていないがいつでも動ける構えだ。
……隙が無い。それに、他にもいる。
「……誰だ?」
「突然の来訪、失礼いたします。私はヴェルクレスト家より参りました。貴方に関して、いくつか確認すべき事項があり、本日こちらへ伺いました。少しの間、お時間をいただけますか?」
「……ヴェルクレスト。」
そんなやり取りをしているうちに、オレたち以外の視線が増えてきた。
少々目立ってきたみたいだ。ここは場所を移した方が良さそうだな。
「……わかった。」
「感謝します。」
男について移動した先は、大きな建物だった。道中にも家屋や施設はあったが、ここだけ明らかにレベルが違う。まるで、地域の象徴であると言わんばかりだった。
「こちらです。」
そう促され、その建物に足を踏み入れた。
中に入ると、大きな空間に出た。天井が高く、声が少し遅れて返ってくる。先に行く男について歩いていると、すれ違う人間たちがこちらに視線を向けていた。物珍しいというより、確認するかのような目だ。
とある扉の前で止まり、男がドアノブをひねる。
「ここでお待ちください。」
そう言われ、入った部屋には1つの机と2脚の椅子がある小さな部屋だった。窓が一つもなく、明かりを照らしているのは扉から入る光と照明だけ。
(客扱い、という訳ではなさそうだ…。)
そこでオレは、椅子に腰を下ろし待つことにした。
ただし、背中は預けない。
いつでも動けるよう、扉から聞こえる音に意識を向けておく。
人の気配はある。
だが、近づいてくる様子はない。
しばらくして、一つ近づいてくる足音が聞こえた。それは扉の前で止まり、ノックをする。
「待たせて悪かったね。君が、スラム街にいた子どもかい?」
扉が開き、先ほどまで案内していた男より幾分か若そうな男が入ってきた。
「私はヴェルクレスト家の主、ダミアンだ。今回来てもらったのは、少し君の話を聞きたいと思ってね。」
「……オレの話を聞きたい?」
「君は、あの日のことをどう認識している?」
「……あの日のこと?」
「君の生活しているスラムで、何かが起きた日だ。」
「……」
何を聞かれているのかわからない。だが、ダミアンと名乗ったこの男と、この場の空気が軽い話ではないことをオレに伝えてきた。
「君はその日、何をしていた。」
「……何を聞かれているのかわからん。」
「わからない?何が起きたのか認識していないということか?」
「ああ、わからない。」
「ふむ……。」
ダミアンは少々考えるそぶりを見せ、一冊のファイルを取り出し開いた。
「この件について、ギルドに調査依頼を出していた。……スラムで何人かに話を聞いたが、事件について具体的な話は出なかった。」
ダミアンはそこで言葉を切った。
その言葉で、ようやく思い当たった。細身の男とガタイの良い男に何かを尋ねられた記憶がある。
(あの時の連中か。……わざわざ調べるほどのことか?)
だが、それでもオレには、ダミアンが何を知りたがっているのか、まだつかめなかった。
「住人たちは、冒険者を警戒していたらしい。君はあの二人をどう見た?」
「特に何も。話を聞いて回っているだけだと思ったぐらいだ。」
「そうか。……その時、君は何をしていた?」
「覚えてない。普段通りだったと思う。」
「……そうか。その時間帯、外を出歩いていた人間がほとんどいなかったそうだ。」
そう言い、ダミアンは手元の紙にペンを走らせる。
「話を少し戻そう。約1ヶ月前に、この街から一人の少女が一時的に行方を絶った。その日のうちに戻ってきたが、本人の証言には一部不可解なことがあった。」
ダミアンは視線を上げる。
「その出来事について、思い当たることはあるか?」
「……わからない。」
「……少女は、手足を縛られていたそうでな。だが、自力で脱出した痕跡はなかったそうだ。」
「……そうなのか。」
ああ、あの時のことか。
「少女は、誰かに助けられたと話している。」
(助けられた、か。)
「…………そうか。」
ダミアンはファイルを閉じる。
「聞きたいことは以上だ。」
「わかった。」
「一つ、確認がある。」
席を立とうとしたオレを、ダミアンは制止する。
「話は変わるんだが、君はいま誰かに雇われているか?」
「……何の話だ?」
「一つ提案がある。」
「提案?」
「うちで働く気はないか?」
「働く?」
「ああ、そうだ。使用人としてうちで働く気はないか?」
「急な話だな……。」
「君にとって損な提案ではないと思うが。」
確かに悪い話ではない。
安定した収入を得られるし、部分的にもヴェルクレスト家の庇護下に入れるからだ。
これ以上にない話ではあるが……。
「ふむ……。」
「もちろん断ってくれても構わない。ただし――君は今、事件の容疑者でもある。」
「……そうなのか?」
その話は本当だろうか。
ダミアンの表情から、何か証拠があるとも読み取れない。何か裏がありそうだが、今ここで騒ぎ立てる方がより怪しいか……。
家の中にいる以上、逃走は困難であることが容易に考えられる。
この部屋に外へ通じる場所は扉だけ。
……逃げ場はないか。
「……働かせてくれ。」
「歓迎しよう。」
そう言って、ダミアンは手を差し出してきた。
きっと握手をしようということだろう。
オレは素直に手を差し返した。
「ところで、君の名前を聞いていなかったね。」
「……レンだ。」
「そうか、レン。」
ダミアンは小さくうなずいた。
「これからよろしく頼む。」
その握手は、思っていたよりも固く感じた。
2026/03/17_大幅な加筆修正




