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境界の記録  作者: 厚焼きたまご


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3/3

2話「分岐」

 最近オレに対する視線が増えたように感じる。

 それも、妙に刺さるようなやつだ。


 統括者を襲ってから、約1ヶ月。

 ようやく落ち着きを取り戻してきたが――どうやら違ったらしい。


(少し居心地が悪いな…。)

 単に避けられているだけなら生活に支障はないが、地域全体で行われると話が変わってくる。統括者を襲った時点でこうなることはわかっていたことだったが、もうここにいることは難しいのかもしれない。



 家路についているとき、いつものように露店を見つけた。オレが一仕事して帰るとき、よく利用する干し肉の露店だ。


「おじさん、今日もいつもの頼んでいいか?」

「……」

「おじさん?」

「……」


 ……視線すら向けてこない。

 どうやら、おじさんも同じらしい。


 そうなると、ここでの生活は困難になりそうだ。

 生活用品の補充も近所の情報も期待できない。


(ここに居続ける理由はもうないか。)

 そうしてオレは家に戻った。


 戸を閉め、外の音が途切れる。



 しばらく今後のことを思案しつつ、荷物をまとめている最中、扉を叩く音が聞こえた。客人が来る予定でもあっただろうか?少なくとも、そんな覚えはなかった。


(となると、あんまり歓迎される要件ではなさそうだな…。)


 再び扉が叩かれる。


 もしかすると、客人なのかもしれない。敵であれば、わざわざもう一度扉を叩くような真似はしないはず。それでも万が一があるため、オレは警戒をしつつ扉へと向かった。


 扉を開けると、初老の男性と重厚な鎧を身に着けた人間が立っていた。

 初老の男は姿勢を崩さずこちらを見ている。

 後ろの鎧の男は、剣に手をかけていないがいつでも動ける構えだ。


 ……隙が無い。それに、他にもいる。


「……誰だ?」

「突然の来訪、失礼いたします。私はヴェルクレスト家より参りました。貴方に関して、いくつか確認すべき事項があり、本日こちらへ伺いました。少しの間、お時間をいただけますか?」

「……ヴェルクレスト。」


 そんなやり取りをしているうちに、オレたち以外の視線が増えてきた。

 少々目立ってきたみたいだ。ここは場所を移した方が良さそうだな。


「……わかった。」

「感謝します。」



 男について移動した先は、大きな建物だった。道中にも家屋や施設はあったが、ここだけ明らかにレベルが違う。まるで、地域の象徴であると言わんばかりだった。


「こちらです。」

 そう促され、その建物に足を踏み入れた。


 中に入ると、大きな空間に出た。天井が高く、声が少し遅れて返ってくる。先に行く男について歩いていると、すれ違う人間たちがこちらに視線を向けていた。物珍しいというより、確認するかのような目だ。

 とある扉の前で止まり、男がドアノブをひねる。


「ここでお待ちください。」

そう言われ、入った部屋には1つの机と2脚の椅子がある小さな部屋だった。窓が一つもなく、明かりを照らしているのは扉から入る光と照明だけ。


(客扱い、という訳ではなさそうだ…。)

 そこでオレは、椅子に腰を下ろし待つことにした。


 ただし、背中は預けない。

 いつでも動けるよう、扉から聞こえる音に意識を向けておく。


 人の気配はある。

 だが、近づいてくる様子はない。



 しばらくして、一つ近づいてくる足音が聞こえた。それは扉の前で止まり、ノックをする。


「待たせて悪かったね。君が、スラム街にいた子どもかい?」

 扉が開き、先ほどまで案内していた男より幾分か若そうな男が入ってきた。


「私はヴェルクレスト家の主、ダミアンだ。今回来てもらったのは、少し君の話を聞きたいと思ってね。」

「……オレの話を聞きたい?」


「君は、あの日のことをどう認識している?」

「……あの日のこと?」


「君の生活しているスラムで、何かが起きた日だ。」

「……」


 何を聞かれているのかわからない。だが、ダミアンと名乗ったこの男と、この場の空気が軽い話ではないことをオレに伝えてきた。


「君はその日、何をしていた。」

「……何を聞かれているのかわからん。」


「わからない?何が起きたのか認識していないということか?」

「ああ、わからない。」

「ふむ……。」

 ダミアンは少々考えるそぶりを見せ、一冊のファイルを取り出し開いた。


「この件について、ギルドに調査依頼を出していた。……スラムで何人かに話を聞いたが、事件について具体的な話は出なかった。」


 ダミアンはそこで言葉を切った。

 その言葉で、ようやく思い当たった。細身の男とガタイの良い男に何かを尋ねられた記憶がある。


(あの時の連中か。……わざわざ調べるほどのことか?)

 だが、それでもオレには、ダミアンが何を知りたがっているのか、まだつかめなかった。


「住人たちは、冒険者を警戒していたらしい。君はあの二人をどう見た?」

「特に何も。話を聞いて回っているだけだと思ったぐらいだ。」


「そうか。……その時、君は何をしていた?」

「覚えてない。普段通りだったと思う。」


「……そうか。その時間帯、外を出歩いていた人間がほとんどいなかったそうだ。」

 そう言い、ダミアンは手元の紙にペンを走らせる。


「話を少し戻そう。約1ヶ月前に、この街から一人の少女が一時的に行方を絶った。その日のうちに戻ってきたが、本人の証言には一部不可解なことがあった。」

 ダミアンは視線を上げる。


「その出来事について、思い当たることはあるか?」

「……わからない。」


「……少女は、手足を縛られていたそうでな。だが、自力で脱出した痕跡はなかったそうだ。」

「……そうなのか。」


 ああ、あの時のことか。


「少女は、誰かに助けられたと話している。」

(助けられた、か。)


「…………そうか。」

 ダミアンはファイルを閉じる。


「聞きたいことは以上だ。」

「わかった。」


「一つ、確認がある。」

 席を立とうとしたオレを、ダミアンは制止する。


「話は変わるんだが、君はいま誰かに雇われているか?」

「……何の話だ?」


「一つ提案がある。」

「提案?」


「うちで働く気はないか?」

「働く?」


「ああ、そうだ。使用人としてうちで働く気はないか?」

「急な話だな……。」


「君にとって損な提案ではないと思うが。」

 確かに悪い話ではない。


 安定した収入を得られるし、部分的にもヴェルクレスト家の庇護下に入れるからだ。

 これ以上にない話ではあるが……。


「ふむ……。」


「もちろん断ってくれても構わない。ただし――君は今、事件の容疑者でもある。」

「……そうなのか?」


 その話は本当だろうか。

 ダミアンの表情から、何か証拠があるとも読み取れない。何か裏がありそうだが、今ここで騒ぎ立てる方がより怪しいか……。


 家の中にいる以上、逃走は困難であることが容易に考えられる。

 この部屋に外へ通じる場所は扉だけ。

 ……逃げ場はないか。


「……働かせてくれ。」

「歓迎しよう。」


 そう言って、ダミアンは手を差し出してきた。

 きっと握手をしようということだろう。

 オレは素直に手を差し返した。


「ところで、君の名前を聞いていなかったね。」

「……レンだ。」


「そうか、レン。」

 ダミアンは小さくうなずいた。


「これからよろしく頼む。」


 その握手は、思っていたよりも固く感じた。

2026/03/17_大幅な加筆修正

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― 新着の感想 ―
感想と評価が欲しいということで、小説読ませて頂きました! 物語を書き始めるというのはとてもエネルギーのいる事だと思います。ここからどのように物語が動くかとても楽しみであります。 なので、ここで書いた…
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