1話「沈黙の街」
ギルドの詰め所では、先日この領地を統括する領主の娘が攫われた件について持ちきりだった。
目撃者は少数であり、犯人は手練であることが想定されていた。
そのため、依頼は中ランク以上の冒険者に出されていた。――そのはずだったが……。
「依頼が取り下げられた?」
「はい、攫われた娘さんが夜中に戻ってきたそうで……。」
「帰ってきた?犯人は手練だって聞いてたけど。」
「私もそう聞いていたんですがね。それに、目立った外傷もなく、ロープの跡があるくらいらしくて、自力で脱出した痕跡がなかったみたいなんです。」
「なるほど……。」
「そこで捜索は中止して、代わりに何があったのかを調べるそうです。」
「へぇ?そりゃまたどうして?」
「犯人として考えられていたのが、スラム街の人間だったからじゃないですかね?スラムの人間に目をつけられれば、少なくとも一般人はどうすることもできませんから。それが子どもならなおのこと抵抗ができません。」
「確かに、子どもが帰ってきたとなったら、何かがあったことは間違いないか。仲間同士の諍いか、それとも第三者の介入か。どちらであっても、領主としては確認が必要なんだろうな。」
「まぁ、そういう話です。なので、今度の依頼はなるべく信用できる方にお願いするみたいですよ?」
「となると高ランク帯か。なんか事件の枠に収まらなくなってきたなぁ。」
「領主の娘が攫われたってことはそういうことなんですよ。」
事件から数日後、スラム街の入り口に2人の冒険者が立っていた。一人は細身だが堂々とした様子の男、もう一人はがたいの良い男だ。
入り口には、地域の名前が記載された木の看板が無造作に投げられているだけであり、何もない。
「相も変わらずここは何もないな。とてもじゃないが、こんなところから子どもが逃げ出せたなんて思えないんだが。」
「そうだな、監視の目こそないが見晴らしが良すぎる。動いているものがあれば嫌でも目に付く。」
建築は必要最低限しかない。中心には井戸があり、それを囲むように家が並んでいる。
井戸の周辺には、日常的に使われているのか淵や地面に水汲みの跡が残っている。
「ここまで誰にもすれ違わなかったが、井戸の感じを見るに誰かは住んでいるみたいだな。」
「そうだな、これなら一軒一軒声をかけても無駄骨にはならなそうだ。」
冒険者2人は、井戸周辺の家を尋ねた。
しかし、一件、また一件と扉を叩いたが返事は無かった。
「おいおい、どういうことだ?確かに人が住んでいるんだよな。」
「まぁ待て、まだ生活の跡が見られただけで必ずしもここに人が住んでいるというわけじゃない。まだ家はあるからめげずに続けよう。」
「それもそうか……、次はどこに行くよ?」
「そうだな、次は……。」
と、その時、家の中からコトッと小さな音が聞こえた。
「……どうやら居留守を使われていたようだな。」
「そうみたいだ、だがなぜそんなことを?」
「さあな、それは聞いてみればわかることだ。すみません!ちょっと聞きたいことがあるんですが、お時間頂けますか!」
細身の男がそう声をかけると、観念したのか中から小汚い格好の女性が出てきた。
「……なんですか?」
「すみません、我々はギルドから派遣されてきたものでして、この辺りで起きた事件について――」
「……知りません、帰ってください。」
女性はそれだけ言うと、扉を閉めた。
「取り付く島もないな……」
「そりゃそうだ、いきなり来たんだからな。」
苦労して会えたが、何も情報を得ることができなかった。
2人はまだ回っていない家を尋ねることにした。その道中で、一人の子どもが歩いているのを見かけた。
「お、あそこに一人歩いてるぞ。」
「ここまで何も情報が得られてないから何か得られるといいが。」
2人は駆け寄り、目線を合わせて声をかけた。
「ごめんね、ちょっと話を聞きたいんだけど良いかな?」
「……何?」
「数日前、この辺りで何か変わったことはなかった?近所で大きな音が聞こえたとか、揉めているのを見たとか、小さなことでもいいから覚えてることを教えてほしいんだ。」
「……知らない。」
少年は一瞬だけ、スラムの奥へ視線を向けた。
「そっか、答えてくれてありがとうね。」
「……じゃ。」
「うん、バイバイ。」
少年の背中を見送りながら、2人は今回の成果を整理した。
「結局、何も掴めなかったな。」
「ああ。それに今回は2人しか住人に会うことができなかった。ひとまず、目立ったことは確認できなかった、ってところだな。」
その後も、スラム街から新しい情報がもたらされることはなかった。
報告書にも、特筆すべき事項は無しと記された。
だが、後になって思い返せば、ひとつだけ気になる点があった。
それは、あの子どもだけがなぜ外を歩いていたのかと点だ。
その理由は、最後までわからなかった。
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