0話「記録に残らない一件」
オレはこれまで奪うか奪われるかの世界で生きてきた。
そこでは、今日を生きることに精一杯な人間が多く、力のない人間は生きることが許されない。ここはそういう場所だ。
オレはその日、瓦礫の影に身を沈めながら、男の家を見張っていた。
西日が崩れかけた建物の隙間から差し込んでくる。
その家は、地域を実質統括している男の住処。ここでは珍しいほど大きな家で、周囲には腕の立つ人間が何人も出入りしている。
大人相手に正面からやりあえば、勝ち目はないだろう。
だからこそ、計画なしに動くつもりはなかった。
何日もかけて周囲を見張り、出入りの時間や見張りの癖を覚える。
確実に成功させるための偵察だ。
ある日の未明、いつもと違うものが見えた。
いつものように周囲を観察していると、男の住処に一人の子どもが担ぎ込まれているのを見かけた。
……暴れないようにか、縛られている。
この地域では、暴力はあれど外部からの誘拐はあまり見ない。
外の人間を攫えば、ギルドに派遣された冒険者か軍が動く可能性があるからだ。
とすれば、誘拐なんて利益のないことはしないはずだが……よく見れば、その子どもはあまり見ない小綺麗な身なりをしていた。
(もしかして、ある程度地位のある家の子どもか?)
もしそうなら、冒険者や軍が来る可能性が高い。
そうなれば、この偵察も無駄になってしまう。
すぐにでも計画を実行する必要がありそうだ。
夕方、西日が傾いた頃。
オレはその家の書斎に立っていた。目の前には気絶して転がっている家の主。
部屋の隅には、目隠しをされて口と手足を縛られた子どもがいる。
金目の物も盗った。
あとはこの場を去るだけ―――のはずだった。
視界の端に子どもが映ったことが、オレの判断を鈍らせる。
……放置すれば後で面倒になるかもしれない。
オレはその子どもを抱えて家を出ることにした。
そうして地域の境界まで行った。目隠しと口元、手足の拘束は解く。あとは勝手に家に帰ることだろう。
「去れ、今回はたまたま助かったが次は知らんぞ」
オレはその場を離れた。
2026/03/16_大幅に修正




