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八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

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8/20

 珠子ときなこは顔を見合わせ、そしてゆっくりと頷いた。


『そうだよ。ソージに見えなかったのは、ソージのせいじゃなくて、キョースケに見えないようにしていたからだって』


 珠子の話では鏑木に姿を見られたくない逢比は、極力力を抑えて姿を隠していたそうだ。普段は元々姿を隠していた逢比だが、鏑木と蒼司が話している姿を見て、どうしても伝えたいことがあったのだそうだ。

 珠子が御神木の傍で遊び出したときに、逢比は珠子にそっと声を掛けた。鏑木や蒼司には気付かれないように。そして遊んでいたかと思っていた珠子は逢比から話を聞いていたのだ。


「なんの話を聞いたの? それは僕が聞いても大丈夫な話?」

『うん、むしろソージに聞いて欲しかったみたいだよ? それを聞いてキョースケに話すかどうかはソージに決めてもらいたいって』


 蒼司が聞いて、鏑木に話すか決めて欲しい、ということは、恐らく鏑木の妻の話なのだろう。しかし、それを話すかどうかを任されるとは、と蒼司は若干顔が引き攣った。そのような重大な話に自分が割り込んではいけない。それを話すか話さないかなどという、ある種鏑木の人生を左右しそうな話を蒼司が引き受けられるはずもなかった。

 出来れば聞きたくない、というのが蒼司の本音でもあった。だがしかし、珠子が聞き、自身も御神木と対面して、これで聞かないという選択肢があるとは思えない。

 ハァァ、と深い溜め息をはいた蒼司は、渋々ながらもその話を聞くことにした。蒼司は珠子に頷いて見せると、珠子は思い出しながらゆっくりと話し出す。


『えっとね、キョースケに奥さんがいたのは本当なの。そして五年前にいなくなっちゃったのも本当なの』

「うん」

『奥さんはキョースケのことが大好きだったの。でもね、ある日いなくなっちゃった』

「……それはなぜ?」


 そこを聞いてしまうと、鏑木のプライベートな事情に踏み込むことになる。それを分かってはいたが、もう聞かない訳にもいかなかった。


『奥さんはね、キョースケが大好きで、赤ちゃんが欲しかったみたいなの。でもね、奥さんは赤ちゃんが出来ない身体だったらしいの』

「……なるほど」


 珠子の言葉になんとなく予想が付き始めた蒼司はひとり頷いた。それでも珠子は続きを話す。


『キョースケも子供が好きだったからね、奥さん頑張ろうとしたんだって。でも出来なかった。キョースケもふたりでの生活で良いよ、って言ってたらしいんだけどね、奥さんは悩んじゃったらしいの。そしてノイローゼとかいうのになって家を飛び出しちゃったんだって』


 あぁ、やはり聞かないでおけば良かった、と後悔する蒼司だった。このあとの珠子の言葉に想像がついた蒼司は嫌な予感しかしなかったのだ。


『家を出たあと、奥さんはね、フラフラと歩いている間に事故に遭って死んじゃったって』

「……」


 蒼司はなにも言えなかった。きなこも恐らく珠子と話す逢比の声が聞こえていたのだろう。無言のまま蒼司の横を歩いていた。

 珠子の話には続きがあった。鏑木の妻はノイローゼになり、家を出たあと事故で死んでしまった。そして、身元を確認出来るものがなにもなかったために、無縁仏として扱われてしまった、と。


『ソージ、どうするの? キョースケに言う?』


 珠子は蒼司の顔を見上げながら聞いた。蒼司はその場に立ち止まり考え込む。今日会った鏑木はずっと悩み続けていたことを吹っ切ることが出来ていた。きっと鏑木は今その話を聞くと、再び自分を責める。せっかく立ち直りかけていたものを再び谷底に落とす必要などないだろう。そもそも珠子から聞いた話を上手く伝えられる自信がない。


「今はまだ話すべき時期ではないと思う」

『話さないの?』

「うん、いつか鏑木さんが受け入れられるだろうと判断出来たときに……それに……いつか鏑木さん自身がその答えにたどり着くかもしれないしね……」

『分かった』


 珠子は頷き、きなこも無言のまま頷いたのだった。ふわりと風が吹いたかと思うと、銀子が蒼司の隣に現れた。そして今までのことを知っているのか、銀子はなにも言わず、蒼司と並んで歩いた――


 彌勒堂へと戻って来た蒼司たちは、なんだか微妙な空気のままだったが、蒼司が気分を変えようと、再び料理をし始めたおかげで、珠子ときなこの激怒が再び――いつも通りの日常が戻ったのだった。皆それぞれ思うところはあるだろうが、それを表には出さずにいつも通り過ごす。それだけだった。



 逢比神社から帰って来てからまったりと過ごしていた昼下がり。昼食も食べ終え、きなこと珠子は式台で昼寝をしているのか横たわり、蒼司は肩に乗るトキに色々と指示をされながら土間の隅に置かれてある骨董品のような品々を丁寧に掃除していた。どこへ行っていたのか、店の入り口からなかへと戻って来た銀子が口元を着物の袖で隠し呟いた。


「誰か来たようだよ」


 銀子がそう言葉にした途端、まるで霧のように再びその姿を消してしまった。銀子の姿は視ることも視えなくすることも出来る。普通の人ならば視ることの出来ないあやかしの銀子。しかし、妖力の高い銀子はそれを自在に行える。人間たち、さらには霊能力があると言われている者たちにすらその姿を隠すことも可能だった。本気で隠れてしまった銀子は蒼司ですら視ることは叶わない。おそらく今も蒼司のすぐ近くにいるのだろう。昨晩のようにその場からいなくなってしまうこともあるが、銀子は彌勒堂のあやかしたち以外の誰かが蒼司の傍にいた場合、決して離れることはない。その姿を目にすることは出来ずとも、なんとなくでも蒼司は銀子が傍にいるような、そんな気配をいつも感じていた。

 蒼司は銀子のその言葉に店先のほうへと視線を向けた。それと同時に銀子の言葉通り、店先にひとりの男がきょろきょろと辺りの様子を気にしながらなかへと入って来たのだった。


「いらっしゃい」


 蒼司は掃除をしていた手を止め、なかへと入って来た男の元へと向かった。式台でのんびりとしていたきなこと珠子も蒼司の向こう側に見えるひとりの男に目をやった。

 外の明るい日射しのせいで逆光となった男の顔は一瞬はっきりとは見ることが叶わなかったが、店内に足を踏み入れた男の姿は薄暗い店内でその姿を露わにした。汗だくになりながらハンカチで顔の汗を拭う。黒いビジネスバッグを小脇に抱え、小太りで白いワイシャツと黒いスラックスを着た男は汗だくのせいで、インナーに着ている半袖のTシャツすらも通り越し、ワイシャツにまで汗のシミを作る。黒い革靴は新しそうでありながらも、すでに履き古したような傷が多く見える。おそらく事務仕事をしている人間ではなく、ここへ来るまでの間のように、外をよく出歩く人間なのだろうということが見て取れる。


「えっと……ここは、彌勒堂で合ってますか?」


 男は汗を拭きながら、対面した蒼司に向かって聞いた。炎天下のなか歩いて来た男はぐったりとした表情だ。


『彌勒堂』は寂れた商店街をさらに進んだ街外れにある。住所だけを見れば都会と位置づけられるような場所だが、まるで忘れ去られた街のように、人通りも少なく寂れた商店街はほとんど閉店してしまった店舗ばかりが並び、今や開店している店を数えるほうが早いくらいだ。しかし、それでも古くからこの地に住む者たちは慣れ親しんだこの街での生活を続けているのだが。『彌勒堂』はそんな街からも少し離れ、所々に民家が見える程度の畑が広がる道を進んだ先にある。

 街を流れる小さな川沿いに歩いて行くと、ぽつんと一軒だけ建てられた大きな日本家屋の屋敷。それが『彌勒堂』だった。


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