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八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

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6/30

「ありがとうございました。すっかり綺麗になって気持ち良いですね」


 鏑木が境内を見回し嬉しそうに言った。きなこと珠子はすでに落ち葉拾いには飽きたようで、鏑木に集めた落ち葉を回収してもらうとあちこち走り回り遊んでいる。草刈りの道具を鏑木に返しつつ、そんなきなこと珠子の様子を見ながら苦笑する蒼司はやれやれといった顔。


「暑かったでしょう。お茶とお菓子で休んでください」


 にこりと笑った鏑木の言葉に蒼司が返事をするよりも早く、珠子が『わーい!』と叫び鏑木の足元にしがみ付いていた。蒼司はそんな珠子の姿に笑い、鏑木も珠子のことは可愛がっていたため、嬉しそうにそっと珠子の頭を撫でた。ご機嫌の珠子はいつもの場所、とばかりに鏑木に案内されるよりも素早く、一番乗りだと走って行った。

 いつもお手伝いをしたあとに案内される場所は、本来一般客などは入ることの叶わない、社務所の裏手。庭に当たる場所に縁台が置かれてあり、そこに腰かけ御神木を眺められるのだ。

 珠子はそこまで走っていくと、自分専用の席だとばかりに縁台の真ん中へとちょこんと座った。背後からは社務所内へと入れるようになってあり、鏑木はそこから用意していた冷たい麦茶とお菓子をお盆に乗せ持って来た。


『わーい! 美味しいやつー!』


 珠子は両手を挙げて喜んでいる。そんなに喜ばなくても、と蒼司は苦笑する。いつも彌勒堂でロクなものを食べさせていないみたいじゃないか、となんとも微妙な気分になる蒼司だった。

 頬を大きく膨らませながら食べる珠子。きなこも珠子の隣にちょこんとお座りし、一緒になってお菓子を頬張る。そんな様子に鏑木は目を細め微笑んでいた。いつもたったひとりで逢比神社にいる鏑木。他に神主はいないのかと聞いたこともあるが、こんな小さな神社だから家族だけで十分なのだ、と言っていたことを蒼司は思い出す。しかし、家族と言えど鏑木には今現在家族と呼べる人間はいない。元々鏑木の両親がこの逢比神社で宮司をしていたが、それを鏑木が継いだ後、しばらくすると両親ともに亡くなった。鏑木は兄弟もおらず逢比神社を継ぐことは必然的なことだった。

 蒼司よりもひと回り以上年上の鏑木だが、現在独り身なのか誰かと暮らしている様子はない。確か数年前には妻と紹介された女性がいたはず、と蒼司は思い出そうとするが、もうかれこれ何年も見掛けない。そのおかげで顔も若干朧気だ。その女性はどこへ行ったのだろう、と思うが、蒼司は自分からその話を振ることはなかった。ひとには知られたくないこともあるだろう。自身から話し出さない限り、蒼司は他人の事情を聞き出そうなどとは思わない。


「立派な楠でしょう?」


 そんな蒼司の内心とは裏腹に鏑木は御神木を眺め、ふわりと微笑んだ。蒼司も御神木に目をやり見上げる。風が吹くたびに葉擦れの音が心地好い。御神木と言うだけあってなにやら神秘的な雰囲気を醸し出している楠。

 この逢比神社には祀られる御神体がいない。いや、いないという訳ではないが、祈祷の社内に祀る御神体はいないのだ。それはこの御神木がこの逢比神社の御神体そのものだからだ。


「この御神木には逸話があるんですよね?」


 蒼司は鏑木に視線を移し聞いた。御神体のない逢比神社には御神木が御神体となった逸話がある。鏑木は御神木を見上げたまま頷き、ゆっくりと話し出す。


「遥か昔、この地域一帯に疫病が広がり村に蔓延したんです。村をどうにかして救いたくて、神に祈り続けた女性がいたのです。自らも病となりながら、それでも祈ることを止めなかったその女性は次第に病が悪化し始め、ついには死に至る間際まで祈り続けました。しかし病はその女性の命を奪い、その身体は祈る姿のまま死んでいたと言われています。その献身的な姿に神は心打たれ、村を疫病から救ったそうです。その後その女性が自身を犠牲にして亡くなったことを不憫に思った神は、女性の亡骸を楠と変え、この地の守り神としたのです。村人たちは女性に感謝し、その楠を崇め祀り、それはいつしか御神木となり、村を守り続けた――というのがこの御神木に関する逸話ですね」


 御神木にまるで慈しむような目を向ける鏑木は、楽しそうに語った。普段おっとりしていそうな鏑木は、御神木の話となるとやたらと饒舌に話し出したことに蒼司はクスッと笑った。


「ちなみに神社の名前である『逢比(あいひ)』というのはその女性の名だと言われています」


 鏑木がその名を口にすると、なにやら木々がさざめいたようだった。まるで『逢比』が返事をしたかのように――


「代々私の御先祖からずっとこの神社を護って来ましたが、それも私の代でおしまいでしょうかねぇ」


 そう言いながら鏑木は眉を下げ寂しそうに笑う。


「私には子供がおりません。継いでくれる方を遠方の同業に探してもらっているのですけど……ここってそこそこ田舎でしょう? なかなか見付からなくて」


 苦笑しつつ蒼司を見た鏑木。しかし、蒼司はそれに対してどう言葉を返したらいいのか分からなかった。同情してもらいたいのか、継げる人物を探して欲しいのか、それとも数年前までいたと思われる女性のことを聞いて欲しいのか――蒼司にはどれが正解なのかが分からなかった。


「うーん、確かに繁華街からは少し離れていますしねぇ。しかし、鏑木さんもまだまだお若いじゃないですか。そこまでまだ心配しなくても」

「ハハ、若いと言ってももう四十五ですからねぇ。それなりにいい歳ですよ。最近、女性を紹介されたりして困ってしまうんですよね」


 蒼司は内心「来た!」と思い焦る。他人とは深く関わろうとしない蒼司にとって、他人のプライベートな事情に踏み込もうというつもりは全くない。話を聞く程度だったり、ひとを探したり、こうやってなにかの手伝い程度ならば助けてやることも出来るが、それに対して助言などを求められてもどうしたら良いか分からなくなるのだ。他人の気持ちを理解することが苦手な蒼司にとっては相手を不快にさせてしまう恐れも大いにある。だからこそ深く関わろうとはしてこなかったのだ。

 内心戸惑っていることを見透かされたのか、鏑木はフフッと笑った。


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