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「姐さんがまあ駄目だったとしても、あんた、代々続く陰陽師の家系なんだろ? なにかしら解決する術を持っているんじゃないのか?」
「陰陽師? 陰陽師ってあの有名な安倍晴明の?」
いつものように全てを見透かすような目を向けながら、蒼司に向かって言った言葉に亜耶が反応をする。黙々と弁当を食べていた手を止めたかと思うと堀井と蒼司の顔を交互に見た。
「あぁ。あの安倍晴明の家系ではないようだがな。だろ? 彌勒堂さん」
亜耶の言葉に頷いてはいるが、堀井は蒼司に視線を向けたままだ。ニッと自信ありげに笑ったまま、蒼司の言葉を待っている。亜耶はそんな堀井から蒼司へと視線を移し、『陰陽師』という聞き慣れない言葉の続きを待った。蒼司は溜め息を吐き苦笑する。
「堀井さんなら当然調べていると思いましたよ」
探偵という職業だ、蒼司のことを調べることくらい容易いだろう。しかも堀井の性格上、あやかしなどという怪しげなものと関わる人物を調べないはずがない。蒼司のなかでの堀井はそう位置付けられていた。それほど深い付き合いではないとはいえ、堀井のそういった面はある意味分かりやすい、と蒼司は苦笑する。
「すまんね。職業柄、謎のある人間は知りたくなるもんで」
ひとりすっかりと弁当を食べ終えた堀井は、ドカッと背凭れに寄り掛かりながら、意味深な笑みを浮かべているが、相変わらず何かを見透かすように蒼司をじっと見詰めていた。そんな堀井の視線に蒼司は居心地が悪くもなるが、しかし、だからといってそれに気圧される蒼司でもない。自身も食事を終え、出されたお茶を啜り、蒼司はにこりと笑った。
「別に構いませんよ。特に隠してもないですし。調べたのなら僕が何の力もないということも知っているのでしょう?」
にこりと笑った蒼司からはなんの感情も読み取れない。『力がない』ということに対して、なんの感情も示さない。それは諦めなのか、ただ受け入れているだけなのか、堀井には分からなかった。亜耶はそんなふたりのやり取りに口を挟むことが出来ない雰囲気を感じ、ただひたすら黙ってそのやり取りを聞いていた。
「あー……まあ」
「ハハ、別に気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ。僕には何の力もない。ただあやかしが視えるだけ。だから彌勒家から除籍されました。今は母の姓を名乗っています」
堀井は自分で話を振った手前、なにか言おうとはするが、どう言葉を掛けたら良いのか分からず押し黙った。
堀井が蒼司について調べ始めたとき、『あやかし』と『彌勒堂』という名ですぐさま素性は知れた。蒼司は『彌勒家』という所謂旧家の家系だった。大昔と呼べるほどの長い歴史を持った家。古くは平安の時代まで遡れるのではないかという、代々続く陰陽師を生業とした家だった。かの有名な安倍晴明の家系だけではない。安倍家や土御門家のように有名ではなくとも陰陽道を現代にまで脈々と受け継いできた家は残されていた。『彌勒家』もそのうちのひとつだった。
蒼司の父親は本家である彌勒家当主の弟。分家として本家を支える存在だった。しかし、蒼司の苗字は『南』。南は蒼司の母親の旧姓。幼い頃に陰陽師としての資質がないことが判明した蒼司は、彌勒家のなかでは無能と蔑まれ疎まれた存在だった。そんな蒼司は大学進学をきっかけに彌勒家の名を捨て、母親の姓を名乗り遠方へと越して行った。そして大学卒業後、蒼司は就職をせずに今の『彌勒堂』を開業したのだ。
「そんな顔しないでください」
蒼司は堀井に向かい眉を下げながら微笑んだ。どうやら堀井は自身で思っていた以上に、どうしたら良いのかと思案顔だったらしい。いつも線を引くように距離を置く蒼司は、そんな堀井の姿にほんの少し親しみを覚えた。今の堀井の表情は蒼司の境遇に同情をしているのだということが手に取るように分かるため、他人に踏み込まれることを望まない蒼司ではあるが、バレてしまっている以上、少しくらいは自分のことを話しても良いかもしれない、と思うのだった。
「本当になんとも思っていないんですよ。生まれたときからこうだから……逆に男児として期待させてしまったことに申し訳なくなったほどです。だから家を出て母の姓を名乗ったんです」
平安の時代とは違い、現代では男女の違いなく力あるものは陰陽師として働く。しかしながら男児優先で跡を継ぐということは現代でも変わらない。彌勒家本家には女児しか生まれなかった。そのため分家ではあるが蒼司が生まれたとき、本家からも喜ばれ跡継ぎとして期待をされた。しかし、蒼司にはなんの力もなかった――――
幼い頃から『視る』ことしか出来なかった蒼司は何度となく『祓い』の力を開花させようと修行をさせられた。蒼司自身も期待に応えなければと必死に努力もした。しかしそれでも蒼司の力は開花することはなかった。次第に周りの目は酷く冷たいものになっていき、十歳になる頃には妹が生まれ、その妹には力があったことを境に、蒼司の存在はただ邪魔なだけの疎まれた存在となっていった。
蒼司は幼い頃から周りの目が自身をどう見ているかに気付いていた。それは性格のものなのか、環境がそうさせたのか、蒼司は幼い頃から敏い子供であった。自身が周りからどう見られ、どう思われ、それがどのように変化していっているか。妹が生まれ、自身が決定的に不要だと思われたとき、蒼司は悲しむでもなく、腹を立てるでもなく、ただそれを受け入れた――自身は不要な人間で、この場所にいてはならない人間だと悟った。誰を恨むでもなく、自身を呪うでもなく、ただ自身の存在理由が分からなくなった。感情的になるでもない。悲観的になるでもない。蒼司は他人事のように、まるで他人が蒼司を見るように、ただ俯瞰して見ていた。それが蒼司のトラウマでもあり、心の闇だった。
自身のことに対してなんの感情も湧かない。苛立ちも嘆きもなにも生まれない。感情をどこかに置き忘れてしまったかのような心の内。そんな自分自身を客観的に理解もしている。しかし、蒼司はそれを理解していようと、変えることは出来ないのだ。
いつのことだったか、誰に言われたのか蒼司は覚えていないが、『お前は半分生きていない』と言われたことは言い得て妙である。蒼司は『生きているようで生きていない』。自分をどこかに置き忘れてしまったかのように、自分自身に対して他人事なのだ。
「あの店を『彌勒堂』と名を付けたのは未練があるとかではなく、あやかしたちにしてみると「彌勒家」という名は恐れを抱くものかもしれない。でも……そうじゃなくて……悪ささえしなければ共存出来る相手なんだと知って欲しくて……だから『彌勒堂』と名付けたんです」
聞いてはいけないことを聞いてしまったとばかりに、申し訳なさげな顔をする堀井だが、彌勒家に対して、思っていた以上になんの感慨もないことに苦笑する蒼司。彌勒家よりも幼いころから傍にいたあやかしたちに心を寄せていることに気付いたのだった――――




