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八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

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15

「それと……北ってどちらの方角ですか?」


 蒼司が田中へと振り向き聞く。


「北ですか?」

「はい」


 田中は「多分」と言いながら見上げていたマンションを背にし、真後ろへと振り向く。確かめるようにスマホの地図アプリを起動させた。アプリの指す方角を確認し、少し身体を左に向けると腕を伸ばし指差す。


「こちらですね」

「ありがとうございます」


 蒼司は田中の指差す方角を見詰め、そしてきょろっと周りを見回した後、再びマンションへと振り向き見上げた。田中と堀井は蒼司がなにを気にしているのか理解出来ず、同様に辺りをきょろきょろと見回すが、特になにがあるでもない。一体なんなのか、と堀井は蒼司に問おうとしたとき、蒼司は『パンッ』とひとつ手を打ってにこりと笑った。


「さて、ふたりに聞き込みをお願いして、僕だけなにもしないというのもどうかと思うので、マンション内を少し散策させてもらいますね」

「は、はい」

「おい、なんなんだよ」


 田中は呆気に取られていたが、堀井は突然歩き出した蒼司の肩を掴み怪訝な顔を向ける。


「堀井さんなら分かると思いますけど」


 蒼司は堀井に意味深な笑みを浮かべ、堀井はイラッとしたのか、苦々しい顔となった。そんな堀井の姿になにやら機嫌が良くなった蒼司は鼻歌でも歌い出しそうな軽快さで、マンションの周りをぐるりと散策し出す。後ろにはそんな蒼司の思考が読めずただ困惑する田中と、苦々しい顔のままの堀井が後に続いた。


 マンションの周りには今現在なにか不審なことがあったりなどはない。強いて言うならば黒い影の目撃例があった場所にはなにやら微かに妖力のような霊力のような気配が残っていた。


「なにかあるのか?」


 立ち止まりなにもない場所をじっと見詰めている蒼司に堀井が声を掛け聞いた。しかし、それは蒼司にもほんの僅かな気配を感じるだけだ。堀井が少しばかり視える人間でもさすがにこの気配は感じないだろう。


「いえ、大したことでは……」


 蒼司はそれだけ呟くと再び周りを見回す。一階ずつ階段を上がっていき、フロアを眺め確かめて行く。しかし、どこも僅かな気配を感じるだけで、特段変わった様子はない。珠子の気配が移動していることを感じるだけだ。最後に例の部屋の前へとやって来ると玄関ドアをすり抜け、きなこが部屋から出て来た。


「きなこさん、どうだった?」


 蒼司は出て来たきなこに向かい聞いた。きなこはぶるっと身体を震わせてから蒼司を見上げる。


『今、ここの住人はいないにゃ。怪しいものと思えるものもなかったのにゃ……でも』

「でも?」

『なんだか気持ち悪い気配がプンプンしたのにゃ』


 きなこの話では怪しい物や霊のようなもの、妖怪と言われる類のものもいなかった。しかし、それらがいたと思われる気配を感じた。普通ならば気配というもの自体は本体がいない限りはそれほど強く残ることはない。しかも時間の経過と共にそれらも薄れていくのが通常だ。それなのに怪しいものもなく、住人もいないこの部屋のなかに奇妙な気配が残留し続けている、という。

 それだけ説明すると、再びぞわぞわとでもしたのか、きなこは毛を逆立てぶるぶるっと身震いし蒼司の足元に身体を摺り寄せた。蒼司はしゃがみ込み、そんなきなこを労うように身体を撫でる。


「ありがとう、きなこさん。さて、珠子さんのほうはどうなったかな」


 再び立ち上がりきょろっと周りを見回した蒼司は、蒼褪めた田中といつになく神妙な顔となっていた堀井の背後から珠子がひょこりと顔を出したことに気付く。


「珠子さん」

『ソージ、聞き込みして来たー』


 そう言って蒼司の元まで駆け寄って来る珠子の背後でガチャリと扉が開くのが見えた。どうやら住人が話し声に気付き、様子を見に伺ったようだ。それに気付いた田中は慌ててその住人の元まで駆け寄り事情を説明する。住人は怪訝な顔をしながら、蒼司に視線を投げ掛け不審な目を向けていた。声を荒げて田中に詰め寄っている様子が伺える。堀井の言う住人が『パニック状態』となっているという言葉を蒼司は思い出し、「なるほど」とひとり納得する。

 すでに堀井と田中が何度か聞き込みをしている上に、いまだなにも解決していないのだ。住民からすれば不安や心配があるだろう。さらには蒼司という着流しを着た男の姿を不審に思わずにはいられないはずだ。『着替えて来たほうが良かったか?』と蒼司は内心思い苦笑する。早く現場が見たいという逸る気持ちだけで行動してしまったことを少しばかり後悔するのだった。


「俺の事務所に移動するか? 場所くらいは提供してやるぞ?」


 蒼司の考えていることを見越してか堀井が耳打ちした。珠子の存在は視ることが出来ずとも、名を呼んだことで珠子が戻って来たことを察したのだろう。堀井は話をするには場所を変えたほうが良いだろう、と提案して来た。

 蒼司は住人の様子を見るに、堀井の提案を飲んだほうが得策だろうと判断する。住人に変に勘繰られ疑われると、色々面倒だ、と堀井に向かい頷いた。


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」


 こういう見透かす感じが苦手なのだ、と蒼司は苦笑するが、堀井は先程のお返しだ、とばかりにニッと笑う。そして手をひらひらとさせると蒼司に「先に下へ行ってろ」と促した。堀井は住人に説明をしている田中の元まで向かった。蒼司は言われるがままにきなこと珠子を連れ、先にマンションの下まで降りて行った。しばらく待っていると堀井と田中が揃って降りて来る。


「大丈夫でしたか?」


 自分のせいで不審に思われたのではないか、と蒼司は田中に向かい聞いた。田中は住人に責められたせいなのか、少し日が暮れ出したにしろ、いまだ暑い気温のせいなのか、再びハンカチで汗を拭っていた。


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