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田中に先導されながら後に続く――のだが、なぜか堀井も蒼司の後ろから付いて来る。
「堀井さんも来るんですか?」
歩きながら少し振り向き、ポケットに手を突っ込みながら歩いている堀井に向かい蒼司が聞いた。
「俺も一応元々依頼された側としてはなぁ、なんだったのかの結論を知りたい訳ですよ」
「なんで敬語……」
ニッと笑いながらも似つかわしくない敬語で話されることに気持ち悪さを覚えた蒼司は顔を引き攣らせながら苦笑する。そんな蒼司の反応が面白いのか堀井はクックッと喉を鳴らす。きなこも珠子も蒼司が堀井を苦手としていることを知っているためか、視えない堀井にいたずらでもするように、足元でツンツンと突く。そのたびになにやらゾワリとでもするのか、堀井が身震いをしながらキョロキョロと辺りを警戒している姿に、蒼司はクスッと笑うのだった。
しばらく歩いて行くうちに、田中が働く不動産屋の店舗や堀井探偵事務所のあるビルを通り過ぎ、少し裏道へと入り込むと件のマンションが現れる。一見すると普通のマンション。五階建てで長く伸びる廊下沿いに玄関扉が見える。ワンフロアに四部屋あるようだ。オートロックなどはなく、昔ながらの郵便受けの並ぶエントランスに、そこから上階へと昇る階段とエレベーター。マンション前にはゴミ捨て場と自転車置き場が並んでいる。特段変わったところのない普通のマンションではある。しかし、蒼司はマンションを見上げ、少しばかり怪訝な顔をする。
「どうかしましたか?」
中へと案内しようとしていた田中は、怪訝な顔をしたままマンションを見上げる蒼司の姿に、ビクビクと怯える表情となった。堀井もそんな蒼司の姿に、同じく怪訝な顔となり、確認するように蒼司の視線の先へと視線を向けた。
「やはりなにかいるんですか⁉」
田中は蒼褪めながら蒼司に詰め寄った。蒼司はそんな田中を宥めるように、落ち着いた声でゆっくりと言葉にする。
「いえ、今はなにもいない……というか、いるにはいるんですけど、多分その子たちが原因ではないでしょうね」
「いるにはいる⁉」
「えぇ、基本的に長年思い入れがある物だったり場所だったり、というものがあるならば、そこには必ず付喪神がおられますからね」
「付喪神……ですか」
「えぇ」
ニコリと蒼司は笑うが、田中は言っている意味が分からないのか首を傾げる。堀井は蒼司の肩にポンと手を置き、自身もマンションを見上げ蒼司の言葉に続いた。
「付喪神……長く使われた物には精霊が宿る、ってやつだろ? 妖怪、とも言われるんだっけか? 百鬼夜行絵巻とかにも付喪神が描かれているんだよな」
「よくご存じですね」
「妖怪⁉」
堀井が付喪神について述べたことに蒼司は意外そうな顔をし、田中は『妖怪』と言う言葉を聞いて蒼褪めた。
「妖怪なんて本当にいるんですか⁉ このマンションに⁉」
本当にいるのだとしたら大変なことになる、とばかりに田中は焦った表情となり、目を見開き蒼司に詰め寄る。そんな田中の姿に苦笑しつつ蒼司は宥めるように落ち着いてゆっくりと説明をする。
「大丈夫ですよ。日本には古来、あらゆるものに対して敬意を払ってきた。それが物であったり、動物であったり、植物であったり、自然現象であったり。それら全てのものには神が宿っていると言われていますよね。そして敬意を払い感謝をし、崇めて来た。それが八百万の神々と言われていますが、それとは別に長年使われた道具などには人間の想いから生まれたとされる付喪神が宿るとされています。それは扱う人間の想いによって左右されると言われていますね。だから物を粗雑に扱ったりしていると、付喪神の祟りがある、とも言われたりします。だから妖怪だと恐れられることもある訳です。まあ物を大切に扱いましょう、という母親が子供に言い聞かせるようなレベルの話ですので、大人は大丈夫でしょう」
ニコリと笑った蒼司だが、それは逆に物を大切に扱わない大人は祟りがあっても仕方がない、と宣言されているようだ、と田中は顔を引き攣らせた。
「これからは物を大切に扱います……」
蒼褪めたままシュンとした表情で項垂れた田中を見て、クスッと笑う蒼司だが、再びマンションを見上げて言葉を続ける。
「このマンションから感じる付喪神の気配はそれほど恐れるものではありません。だから心配はしなくて良いとは思うのですが……なんだかざわついているような?」
「ざわついている?」
田中と堀井は声を合わせて蒼司の言葉に聞き返した。
「えぇ、なんだか落ち着かないような……そんな感じがしますねぇ。うーん……珠子さん、ちょっと聞き込みしてきてくれる? それからきなこさん……」
蒼司は見上げていた顔を下へと向けると、足元でそわそわとしていた珠子に向かい言った。珠子はあからさまに目を輝かせ『はーい!』と片手を上げるとマンションの階段へと向かい駆け出す。きなこへの指示を出す前に珠子が駆け出して行ってしまったことに苦笑しつつ、蒼司はきなこへも声を掛ける。
「きなこさんは例の部屋の様子を見に行ってくれる? 田中さん、問題の住人の部屋番号は何番ですか?」
蒼司が誰と話しているのか分からないまま、茫然としていた田中は急に話を振られ、慌てて答える。
「えっと、二〇三号室です」
『りょーかいだにゃ』
きなこは田中の言葉を聞くと同時に田中と堀井の足元をスルリと潜り抜け、マンションの階段を昇っていった。




