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八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

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 こんなところで会うなんて奇遇だな――白々しいにも程があると蒼司は苦笑する。すぐ近くに堀井探偵事務所があるということだけでなく、堀井が今回の依頼を蒼司に投げて来たのだ。堀井ならばどうでもいい話をしに来るというだけでも蒼司の元までやって来るような人間だ。蒼司はそれが分かっていたため、もしかしたら今日堀井と会うかもしれない、というくらいの予想はしていた。


「お久しぶりです、堀井さん。今回も仕事を回していただいてありがとうございます」


 にこりと笑った蒼司の顔を見た堀井はボリボリと頭を掻いた。ヨレッとした黒いスーツの上着は肩に掛け、暑い日射しのなかでも白いワイシャツを着てはいるが、ネクタイもなく首元はボタンを外し緩められ、どちらかと言えばだらしない。

 切れ長の目で端正な顔ではあるのだが、少しボサッとなった癖のある黒髪に口には煙草。唯一こだわりなのか綺麗に整えられた顎髭だけが地味に主張している。背も高くスタイルも良いくせに、そのだらしなさが全てを無にしてしまっている、と、蒼司は呆れるように笑った。


 そんな蒼司の顔を、なぜかじっと見詰める堀井。会えばいつもこうやってじっと見詰めて来る。その目が蒼司は苦手だった。相手を観察するような、心を見透かすような、そんな目。色素の薄い蒼司と比べ、漆黒の瞳。吸い込まれそうな深く沈んでいきそうな瞳。探られて痛い腹などないのだが、しかし、なにやら自分ですら知らない内面を暴かれそうなそんな怖さがあった。堀井にしてみればなんの意味もないことなのかもしれないのだが。

 堀井はそんな蒼司の内心を知ってか知らずか、しばらく見詰めていたかと思うとニッと笑った。


「あぁ、俺には手に負えなさそうな仕事だったからなぁ……と、そういやあの銀髪の姐さんはどうした?」


 咥えていた煙草をポケットから取り出した携帯灰皿にぐりっと押し当て火を消し始末する。そしてその携帯灰皿を再びポケットに片付けながら堀井は聞いた。

 堀井と蒼司の出会いはとある事件だった。あやかしが関わる依頼とは知らずに受けた堀井は知らぬ間に怪異に巻き込まれることになった。そのときたまたま居合わせた蒼司が銀子に頼み、堀井を助けた。それは文字通り『助けた』のだ。手伝ったというレベルではない。下手をすると堀井の命にも関わったかもしれないほどの事件だった。それを救ったのがきまぐれとはいえ銀子であった。

 そのときの銀子は堀井にも視ることが出来た。普段は普通の人間には視えないように計らっている銀子ではあるが、そのとき『力』を使った。所謂妖気と言われるものだ。強い妖気を発すると、それと比例するように姿を隠すことも叶わなくなる。銀子の妖力は絶大だ。それは望む望まなくとは関係なく姿を晒す。堀井自身はあやかしを感じることは出来ても、はっきりと姿を視ることが出来る訳ではない。『なんとなく視える』『ぼんやりと視える』。所詮その程度だ。それをはっきりとした姿として捉えられたのは銀子が初めてでもあった。そのため堀井は蒼司と会うたびに銀子のことを聞いてくるようになったのだった。


「あー……銀子さんは……どこでしょうね」


 キョロッと周りを見回しても銀子の姿はない。それは蒼司にも同様で今現在においては銀子の姿を視られないのだ。苦笑しながら言う蒼司に、何度となく銀子と会ったことのある堀井は蒼司の態度に納得したのか同様に苦笑する。そんなふたりのやり取りを見ていた田中は話の内容は分からなくとも、なにやら自分の理解を越える内容なのだと、若干の眩暈を覚え、ただひたすら笑顔で話を聞き流していた。


『ソージ! 早く行こうよ!』


 堀井と会ってから立ち止まり話していたため、珠子が痺れを切らしたように蒼司の着流しの袖を掴みグイグイと引っ張った。袖を引っ張られ珠子へと視線を移した蒼司の仕草に気付き、堀井も蒼司の足元へと視線を移す。


「そこになんかいるなぁ……ここか?」


 堀井は蒼司の足元へとしゃがみ込み、じぃっと見詰めるが堀井にしてみるとぼんやりと靄がかかったように見えるだけだ。『そこになにかがいる』とは分かってもはっきりとした姿は視えない。珠子は堀井にじぃっと見詰められてはいるが、自分の姿が堀井には視えていないことを知っているため、堀井に近付き顔面を鼻が触れ合いそうなほど寄せた。そして自身の頬を引っ張り変顔をする。


「ブッ」


 思わず蒼司が噴き出すと、堀井は怪訝な顔で蒼司の顔を見上げた。


「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど……」


 蒼司の顔を見上げたままの堀井の横ではいまだに変顔をしている珠子。分かっているはずもない堀井が気配だけで察知しているのか、非常に嫌そうな顔をしている。そのことに蒼司は笑いをおさえきれずに横を向いた。


「い、いや、ブフッ、す、すみません。とりあえず行きましょう」


 横を向いたまま、珠子を片手で制止させつつも、もう片方の手で口元を抑えクスクスと笑っている蒼司に、ムッとしたまま堀井はやれやれと立ち上がった。堀井の前には一体なにがいるのか、と田中はビクビクとしたまま、蒼司の言葉に従った。


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