表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/20

12

 アーケードを抜けたところにバス停がある。三十分に一便しか来ないバス停だ。どうやら後数分待てばやって来る時間だったようで、田中と蒼司はホッと胸を撫で下ろしお互い苦笑する。じりじりと暑い太陽の下で、田中は再び流れ出している汗を拭う。蒼司はこの暑さのなかでもやはりというか涼しい顔だ。藍色の着流しが余計に涼しく見えるのか、田中は不思議そうに蒼司を見た。


「彌勒堂さんは涼し気ですねぇ。着流しって涼しいんですか?」


 田中が汗を拭いながら聞くと、きなこは『ほら!』とでも言いたげな顔で蒼司を見上げていた。


「いやいや、着流しだからといって涼しい訳じゃないですよ。僕だって暑いです」


 アハハ、と笑う蒼司だが、田中はそんな爽やかな顔をして暑いと言われても説得力がない、と内心思うのだった。


 世間話をしている間にバスがやって来ると、それに乗り込み一番後ろの席へとふたりで並んで座る。きなこは蒼司の横にちょこんと座り、珠子は相変わらず楽しそうにはしゃぎ回っている。他の客は数人しか乗っておらず、しかし、それでも端正な顔立ちの蒼司は着流しという目立つ格好も相まって、乗客たちの視線を釘付けにしていた。蒼司はそれに気付いているのかいないのか、ただ楽しそうに外の景色を眺めているのだった。そんな蒼司の姿と回りの客の反応に田中は苦笑しつつも、バス内のエアコンのおかげでようやく汗も引き、本題の話に戻った。


「幽霊騒動の話が出てからですね、さすがに社内でもまずいのではないかと話し合いになり、そして堀井さんにお願いすることになったのですよ」


 彌勒堂のなかで話していた内容の続きを田中が話し出す。景色を眺め楽しそうにしていた蒼司は忘れていた、とばかりにハッとしガバッと田中に振り向き頷いた。その蒼司の姿に田中は苦笑するが、気にせず話を続ける。


「堀井さんにマンション全体の調査と聞き込み、それと例の住人へと聞き込みもお願いしたのです」


 フンフンと頷いている蒼司に田中は思い出すかのように整理しながら話す。


「えっと、まず堀井さんは黒い影が見えたと言われた箇所を念入りに調査していました。それから住人たちに話を聞いて回り……そして最後にその例の住人の部屋へと向かったんです」

「マンション調査や住人の話にはなにも問題と思われることはなかったんですか?」

「そうですね、堀井さんのお話では今まで我々が見聞きしていたことと、さほど変わることはなく、マンション自体にも特段怪しいところはなかった、と。それよりも住人のパニック状態になっている雰囲気のほうが問題だ、とおっしゃっていましたね」

「ふーん」


 堀井と蒼司は初めて会ったときから数年は経っているが、その後も何度か会ったことはある。そのおかげで堀井の人となりはなんとなくでも分かっているつもりだった蒼司としては、堀井のその『住人のパニック状態』であるという言葉が気になった。

 堀井は年上のせいか、初めて会ったときから横柄な態度で仕事もやる気があるのかないのかよく分からない人間だった。飄々としていて、しかし、どこかひとを見透かすような目をしていた。蒼司はそれが苦手でもあり、しかし、なぜか堀井の言葉は信じられる安心感を覚えるのだ。それは表情なのか話し方なのか分からなかったが、堀井の醸し出す空気がそうさせているのかもしれなかった。他人とは深く関わらない蒼司からすると、そのような信頼感とも思える感情は不本意ではあるのだが、しかしながら、ある程度の信頼を寄せているのも事実だった。


 堀井の顔を思い出している間に駅前へと到着し、バスからは全員の乗客が降りて行く。車内の涼しかった状態から、むわっと一気に暑い空気に晒され、田中は眉間に皺を寄せつつ降りて行く。蒼司は同様に暑くは感じているのだろうが、やはりどこか楽し気にバスを降りる。纏わり付く蒸し暑い空気すら感じないかのような、爽やかな藍色の着流し姿に、道行くひとですらチラリと蒼司を見ていた。


「こちらです」


 田中は蒼司を促し、バスが到着した駅前広場から反対側の駅前広場へと歩いて行く。それほど大きくもない駅前ではあるが、高架上にある駅の下には少しばかりの店が並び、目と鼻の先にはスーパーや銀行、交番や郵便局、飲食店などが並ぶ。平日の昼間ということでひと通りは少ないかもしれないが、休日ともなればそれなりには賑わう。彌勒堂があるような寂れた土地もあるにはあるのだが、この地域一帯のなかにおいてはこの駅前は唯一の繁華街だろう。

 高架下に並ぶ店を通り抜け、反対側の駅前広場に出ると、田中の勤める不動産屋であろう店舗名が見える。そして、そのすぐ横にあるビルの二階の窓ガラスには『堀井探偵事務所』の名も――――


「おや、彌勒堂じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だな」


 心地好く響く低音でありながらも、どこか軽い空気を漂わす声に、蒼司は若干苦笑しながらその声の主へと振り向いた。そこにいたのは蒼司に今回の依頼を紹介したその本人、堀井探偵事務所の所長、堀井(がく)だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ