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第5話 執事エースと豪華な馬車


「荷物……少ないですね?」


 エースさんは、私から受け取った小さなバッグを不思議そうに眺めた。二人きりの馬車の中、彼は少し気が緩んでいるみたいで先ほどよりも少し幼く見える。

 

 王家の特注馬車は、馬車というより豪華な動くお部屋のようだった。私の部屋より少し狭いくらいで豪華なソファーやテーブルセットが完備され小さなワインセラーも棚の中に収納されている。

 馬車といえば向かい合って座った時に膝がぶつかるのが定番だと思っていたが、私とエースさんは膝をぶつけることなく、素敵なテーブルセットに腰をかけた。


「すみません。王族の公妾としてふさわしいものを一つも持っていなくて」

「というと?」

「ご覧になった通り、裕福ではなかったのでつぎはぎだらけのドレスや古いアンティークがほとんどです。ですから、亡くなった母の形見のブローチと、今日使う分のハンカチだけです」

「必要となれば、部下に命令をして取り寄せますから実家のものが恋しくなればお声がください。紅茶は何を?」

「紅茶……ストレートで」

「レモン、ミルク、ご準備がありますよ。フィルミーヌ様。私めはもう貴女様の執事なのです。公妾様たちのお世話をするのがお役目なのですから」


 遠慮なさらず、というと彼はティーセットの準備を進める。レモンティー、なかなか飲む機会がなかったからお願いしてみようかしら。


「じゃあ、レモンをお願いします」

「かしこまりました。それから、私めのことはエースとお呼びください。執事と公妾様の関係ですので敬語もいけませんよ」

「はい……」

「少しずつ慣れれば良いですが。ところで、お伺いしても?」


 ティーポットに暖かいお湯が注いでから、静かにティーポットの蓋を閉じた。まだお湯を入れたばかりなのに紅茶の豊かな香りが広がる。



「はい、一体何をですか?」

「フィルミーヌ様、敬語」

「あっ、ごめんなさい。えっと、一体何?」


 私が敬語を訂正すると彼は目を伏せて微笑んだ。あまりにカタコトだったからおかしかったんだろう。


「失礼。フィルミーヌ様はルディール王子のこと憶えていらっしゃいますか?」


 そう言った彼の灰色の瞳は真剣そのものだった。吸い込まれそうな程不思議な瞳の色に見惚れてしまいそうになる。

 でも私は質問の答えを口にした。


「いいえ。幼い頃の記憶はほとんどありませ……ないの。私に貴族の両親がいた事を知ったのも最近で、詳しいことはなにも」


 エースは、もの悲しげに微笑むと


「そうでしたか。実は、デュボワ家と王家は古くから付き合いがあったそうです。そのため、ルディール様とフィルミーヌ様は何度かお会いしたことがあったと。でも覚えてなくて当然でございますね」

「でも王子様は覚えていらっしゃるんでしょう? ごめんなさい、どうしても思い出せないの」

「王子はフィルミーヌ様より2歳ほど年上ですから記憶が鮮明で、幼かったフィルミーヌ様が覚えてなくても不思議ではありませんよ」


 彼はティーポットを優雅に持ち上げると、セットのティーカップに琥珀色の紅茶を注いだ。それからスライスされたレモンを浮かべる。

 ソーサーの上に乗ったティーカップが私の前に差し出され、そっと手に取るとレモンに触れた紅茶がじんわりと鮮やかに色を変えていく。

 口をつければ、酸味と香りのバランスの良さに驚いてしまう。飲んだことがない高級な紅茶の美味しさに思わず瞬きをした。


「お口にあってなによりでございます。よければ、お茶請けを」


 小さなクッキーを手に取って口に運ぶ。口の中でほろほろと解ける食感と素朴で上品な甘さ。これも私が食べたことのないような高級品だろう。


「あの……もしもルディール王子に昔の事を聞かれたら……」

「正直に覚えてないとお伝えして問題ありませんよ。彼は新聞に描かれるようなダメ王子ではございません。少々、幼い面もあると言われているようですけれど」

「エースさ……エースは王子の執事なの?」

「いいえ、私めは公妾様たちの執事・メイドを取りまとめる執事長でございます。この若さで、とお思いでしょうが……えぇ、それはまぁ王子に仕事っぷりを買っていただきました」

「そ、そうなの」

「もちろん、王子の事も多少であれば存じ上げておりますよ」

「じゃあ、一つ聞いても?」

「えぇ、なんなりと」



「どうして、王子は公妾ばかりを……?」


 エースがピカピカの綺麗なモノクルをカチリと直した。白く手清潔な手袋をキュッと正し私を真っ直ぐ見据えた。ピリッとした空気に私も背筋が伸びる。


「前もご説明したように、お妃様のいないルディール王子は『政治の道具』でもあるのです。王家が関係を良くしておきたい貴族のお嬢様たちとの縁談は途切れないわけでございます。しかし、王子は……親の決めた相手をお妃にはしないと断言なさっている。ですから、妃ではなく公妾として受け入れたのです」

「それって……もしかして王子には好きな女性がいらっしゃるの?」

「あー……いや、そこまでは私めは存じ上げません。ですが、愛のない夫婦を見てきた彼はそれが嫌なのかもしれませんね」

「愛のない……夫婦ですか」

「敬語」

「あっ、ごめんなさい」


 彼はフッと砕けた笑顔を見せると、さっと立ち上がって本棚の奥、クローゼットのような場所をあける。中から黒いシーツのような大きな布を取り出すと、テーブルセットとは反対側、ソファーセットが置いてある部分と区切るように天井のフックに何箇所かかける。

 どうやら、布で間仕切りができるようだった。


「奥のクローゼットにフィルミーヌ様にぴったりのドレスがいくつかと靴がございます。ティータイムが終わりましたらお着替えください」




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