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第2話 顔のいい執事


 書類が届いた翌日だった。

 私が、寝室から1階に降りると見知らぬ客が優雅に紅茶を飲んでいた。明らかに高級なタキシードを身につけ、モノクルは綺麗に磨かれている。年齢は私とさも変わらない若さだが、落ち着きがある。そして、御伽話の王子様のような整った顔をしていた。


「えっと……お母様?」

「フィル、起こしてあげられなくてごめんね。着替えておいで」

「私は気にしませんよ。フィルミーヌ様、お話がございます」


 私は促されるままに、彼の向かい側に座った。


「単刀直入に申します。ルディール王子とのお話についてぜひ前向きに考えていただきたく。失礼ながらお伺いさせていただいたのです。すぐにお返事をいただけると思ったのですが、一度役所より持ち帰ったと聞きまして」


 彼はにこやかだが、目の奥は完全に笑っていない。私はそれが少しだけ怖かった。


「条件……?」

「えぇ、フィルミーヌ様がルディール王子の公妾になられるという場合には、このリソット家に男爵の爵位と倍の領地、領民を差し上げると。もちろん、フィルミーヌ様のご身分も保証いたします。公妾といっても王子は、みだりに女性たちに手を出したりしておりません。フィルミーヌ様の意志を尊重することを誓っておられます」


 差し出された書類には、彼が言ったことは全て記されていた。私は、それを読んで母の方を見た。

 父と母は、悪い条件を出されて顔を青くしたんじゃなかった。

 良い条件だったから、それを飲めば娘を売ることと同義だったからじゃないか。父と母は、こんな条件を出されても……苦しい暮らしを抜け出せるチャンスがあるのに私の選択を優先してくれたんだ。


「貴方は、王子様のお使いの方とおっしゃいましたね」


 母が厳しい視線を執事さんに向けた。彼はティーカップを置くと


「はい。私めはルディール王子の執事エースと申します。もちろん、本名ではございませんが、そういった通称で通っております」


 薄笑いのエースさんに母は質問をぶつける。


「どうして、うちの子なんですか? フィルはこの小さな田舎町で過ごしてきた庶民の娘です。まさか、王子様のお眼鏡に叶うような身分ではございません。何か思惑があると疑ってしまいますわ」

「リソット夫人、ご心配をおかけし申し訳ございません。もちろん、王子も見境なく女性たちに声をかけているわけではございません。恐れ入りますが、フィルミーヌ様の生家。デュボワ家との古い約束なのでございます。内容は王家とデュボワ家のみが知るもの、私めもわかりかねますが……」

「王家と古い約束……デュボワ家は確かに伯爵の名をもつ貴族でしたがそのような話は聞いていませんでしたわ」

「えぇ、そうでしょうね。その上、フィルミーヌ様はすでにリソット家と要支援組をされていましたので効力はございません。ですが、王子の強い希望がありこうして私めが足を運んでいるのです」

「おかえりいただけますか。私たちは金や名誉と引き換えに我が娘を『妾』として王家に売るつもりはございません」


 母がぴしゃりと言うと、エースさんはまた薄笑いを浮かべ紅茶を啜った。


「それはどうしてでしょうか」

「どうして?」

「お母様、妾という立場がどうして売る事とつながるのでしょうか」

「それは……、妻ではないからでしょう? どんなに待遇が良かったとしても結局は妃の後ろに隠れた存在になるもの。誰が……好き好んで娘を愛人にしようだなんて」


 エースさんは、灰色の瞳を私に向け微笑んだ。


「お気持ちはわかります。ですが、現在ルディール王子に妃や許嫁はおりません。ですから、公妾が実質的な妻でございます」

「何人も妻がいると?」


 バンッと母がテーブルを叩いた。びっくりして肩を震わせた私、エースさんはびくともしなかった。


「確かに、王子は数人の公妾をお屋敷に住まわせておりますが……私がこの首にかけて彼が女性たちを好き放題しているのではないと誓いましょう。むしろ、王子は優しいだけなのです」

「どういう意味かしら? 私には女性を侍らせているようにしか見えないけれど」

「辛辣ですな。王子が公妾としている女性たちの中には『家同士の政略的契約』や『研究職の地位向上のため』『王子の妃になるための花嫁修行』などでございます。王子が自らお声がけをしたのはフィルミーヌ様ただ一人でございます」

「そ、そうなの。王族様んことはよくわからないけれど……私は娘に幸せになってほしいと思っています。フィル、気にしなくていい」


 じっと、エースさんと目があった。灰色の不思議な瞳はなんだかもの悲しげで……私はすぐに答えを出せなかった。

 私が、今の環境を捨てて公妾になれば父や母は貴族として裕福な暮らしを約束されている。けれど、私は学校もやめ友人や両親とも離れて「愛人」という場所に身を収めなければならない。

 顔も知らない両親が知らずにした約束を守るべきなのだろうか。


「では明日、迎えに参ります」

「あのっ……エースさん」

「どうかされましたか?」

「もし、私が断ったら……何か不都合は生じますか? 父や母に罰がくだりますか」


 エースさんはにこっと微笑むと「とんでもない」と言って手を小さく左右に振る。高級そうな手袋に自然と目がいってしまう。


「先ほども説明した通り、リソット家の容姿である貴女様には古い約束を守る義務はございません。それに、王族とあれど無理強いをするつもりはないと王子もおっしゃっておりました。ただ……」

「ただ……?」


「王子は貴女様とお会いできるのを楽しみにしておられました。何人かの執事の首が、その名の通り飛ぶやもしれませんね」


 彼はそういうとモノクルをクイっと直し、丁寧にお辞儀をすると家を出て行った。




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