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第15話 ミレーユの事情


「私ね、太陽の光に当たることができないの」


 ミレーユさんは悲しそうにカーテンを見つめながら言った。そして「夜も月光が強いと体がつらくなる」と付け加えた。

 私は昔、父と母が夜中に話しているのを聞いたことがある。上級の貴族は上級の貴族としか結婚しない。だから「血が濃く」なってしまう。そうすると体が弱く生まれてしまったり寿命が短かったりすると。

 ミレーユさんは公爵家の出身だからそういった可能性もあるのかもしれない。


「そうだったんですか」

「ごめんね。暗い話をしちゃって。ねぇ、フィルちゃんお庭はどんな様子だった? どんな香りがした? ジョンは……元気にしてた?」

「お庭は季節の花が咲き誇っていました。それから土もすごく元気で、緑の香りが心地よかったです。ジョンさんは、びっくりするくらい朝早いのにハキハキしててすごく健康そうでした」


 ミレーユさんは私の言葉を目を閉じながら聞いていた。太陽に当たることができないってどんな気持ちなんだろう。「普通」の人が当然にしていることができないのはきっと、想像よりも遥かに辛いだろう。


「そうなの。ねぇフィルちゃん。次、彼にあったら私は元気にしてるしすごく楽しそうだったって伝えてくれる? きっと安心するはずだから」

「あの、どうしてジョンさんを呼ばないのですか? スピンス家の庭師なんですよね?」


 ミレーユさんは切なげな表情で諦めたように言った。


「もちろん、私も侍女たちにお願いをして彼を呼ぼうとしたわ。でもね、彼は『もうミレーユお嬢様は王子様の公妾様なのだからみだりに男性と交流を持つべきじゃない』なんて言うの。ひどいでしょう?」

「そんな……」

「ねっ? フィルちゃんだってそう思うわよね。でもジョンってあんな優しい顔して結構頑固なのよ。子供の頃からよ? ほんといつだって正義感でいっぱいで……フィルちゃんごめんなさい。今日はお開きでもいい?」

「ミレーユさん、すみません! リザリアさんミレーユさんが」


 リザリアはすっ飛んできて、ミレーユさんのそばに寄った。苦しそうに胸を押さえ、小さく息をしている。


「フィルミーヌ様、お戻りください。ミレーユ様は少しおやすみになりますから」



***



 自分の部屋に戻ると、エースはすぐに声をかけてくる。


「フィルミーヌ様、朝食は満足いただけましたか」

「えぇ。チーズリゾット美味しかったわ」

「それはよかったです。お腹は減っておりませんか」

「えぇ。大丈夫。どうして?」


 彼は得意げに顎を上げる。


「フィルミーヌ様は、ご実家では朝食を多く召し上がっていたとお伺いしておりますので、あの量のリゾットで足りるのかと疑問に」


 そう言われると、そうだ。


「別に、食いしん坊ってわけじゃないのよ。家業のお手伝いをするのに朝しっかり食べておかないと体力がもたないだけで……」

「私めは食いしん坊でもフィルミーヌ様が幸福を感じるのであれば問題ないと考えております。もちろん、王子も同じでございますよ」

「とは言っても、コルセットとかしないといけないじゃない? なら少し痩せないと」

「確かにコルセットは公式の場では必須ではございますが……生憎、王子は規律やマナーをあまり重視しておりません。王子は公妾様と未来のお妃様の幸せを重視していらっしゃいますので」

「もしかして、王子は私のこと食いしん坊だと思ってないかしら? それなら、恥ずかしいわ」

「なぜ?」

「なぜって、だって私は少食で華奢で可愛らしい女の子が素敵だと思うからよ。今までの王族だってそうでしょう? みなさんとても素敵で……」


 エースは「失礼します」と言いながら私をじっとみつめた。整った顔、モノクルは昨日とは違って少し渋い銀縁だ。モノクルのせいで彼の顔の全容はあまり把握できないが、まるで絵本の中のプリンスのように美しいのは確かだ。

 でも、恐ろしいことに私は彼のとてもいい顔にすでに慣れてしまった。なんというか現実離れしすぎていて綺麗な絵画でもみているような気分なのだ。


「フィルミーヌ様は王族のみなさま方と遜色ないほど綺麗ですよ」


 彼は真剣にそう言った。あまりにも真っ直ぐな瞳に私はぎゅっと心臓が掴まれたような感覚になる。何せ、男性に「綺麗だ」なんて面と向かって言われることに慣れていないからだ。


「そんなこと……」

「フィルミーヌ様。謙遜してはいけませんよ。相手が貴女様を褒めたのならまず受け止めて感謝なさってください。貴女が将来、王子の妃になったのなら必要な心持ちでございます」

「あ、ありがとう?」

「えぇ。真実ですから当然のことでございます。フィルミーヌ様の健康的で美しい肌も、髪もまさに貴女が今まで口にしてきた食材が作り上げたものでございます。貴女様のご実家はとても素敵な場所だったのですね」


 エースが優しく微笑むと、私はとても嬉しい気持ちになった。庶民だから自分はここにいることが不思議だと思っていたし内心、見下されているのかと思ってもいた。だけれど今の彼の言葉は、私だけでなく私の父と母や地域まで彼は褒めてくれた。

 それが素直に嬉しかった。


「ありがとう。エース」


 私の心からのお礼に彼はうわっと顔を赤くすると、まるでごまかすみたいに背を向けてティーセットを拭き始める。

 もしかして、お世辞だった……とかではないわよね?


「エース?」

「お、お、お茶はいかがですか?」

「あぁ、あうん。お願い」

「茶葉、茶葉がありませんねっ。少しお待ちくださいね」


 彼は耳まで真っ赤にしてそそくさと部屋を出ていった。


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