第11話 早起きな公妾
農民の朝は早い。
私も例に漏れず毎日早起きをしていたので、その習慣は身についてしまっているらしい。
まだ朝日が昇る前、空が桃色に変わり始めた頃自然と目が覚めた。
目を覚ましたのはいつもの狭い部屋ではなく豪華な天蓋付きベッドの上、ふわふわな毛布に包まれて幸せな気持ちで瞼を開いた。ふわっと花をくすぐるのはフローラルアロマキャンドルの名残り。
起き上がって、清潔な絨毯の上を裸足で歩き、バルコニーにつながるカーテンを開ける。そのまま、窓も開けてバルコニーへ出ると、シンシンと冷たい空気に肌が晒された。
「慣れないわ、土の香りも緑の香りもしない」
中庭を眺めていると、どうしても草木に触れたくなって、私は部屋に戻るとクローゼットの中を漁った。
どれもこれも美しいヒール靴ばかりでダメね。園芸用のブーツが……あった。クローゼット奥に仕舞い込んであったブーツは、予想通り私の足にぴったりのサイズ。エースが言うに「王族の権限」で調べた私の足のサイズ。
最初はちょっと怖かったけれど、今ばかりは感謝だ。ドレスではなく普段着のワンピースにブーツをあわせ、私はそっと部屋を出た。
朝のお屋敷はまだ静かだ。この東棟は公妾様たちの部屋があるのでメイドたちもまだ動いていないようだ。エースを起こすのも申し訳ないし、敷地の中を動く分には問題ないと言われていたから大丈夫。
1階まで階段を降りると、そのまま中庭へとつながる扉の鍵を開け、ゆっくりと開く。重厚な扉をなんとか体重をかけて引きあけると、ぶおっと冷たい風が屋敷に吹き込んできた。
私は中庭に出ると新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をした。朝の冷たい空気を吸い込むとこうして目がシャッキリ冴えるのよね。
中庭はよく手入れされていて。美しい花壇が並んでいる。季節の花が色とりどり目に痛まないような色彩で並んでおり、少し葉に触れてみればその花々が健康で元気いっぱいなのが分かった。
冷たい朝露をぴんと指で弾けば、花びらがつやりと揺れて甘い蜜の香りが広がった。花壇の縁に座って、今度は土に触れてみる。ほろほろと細かい土はふよう土だ。素晴らしいことにこのふよう土は匂いがほとんどない。ということは、花壇のための土の管理を毎日怠らず、栄養満点のふよう土を別の場所で作っていると言うことだ。
「農地は、こやしを撒く季節は大変だったもの」
つい、独り言が出てしまうくらい強烈な記憶が蘇った。隣町の牧場から買った「こやし」を畑に巻いて土に栄養を与えるのだが……あれの匂いが強烈なのだ。ただでさえ、匂いがきついのに土の中で発酵させるのでそれはもう形容しがたい。
「あ、あの〜」
「きゃっ」
「すみませんっ。驚かせるつもりはなくて。えっと、見ない顔だったので……」
突然声をかけてきた人の方を振り返ると、そこにはもの優しげな好青年がこちらを伺っていた。彼は分厚いエプロンをかけ、腰には作業用の園芸用具ベルトが巻かれている。
「勝手にごめんなさい。私は昨日からここに住むことになったフィルミーヌ・リソットと申します。あぁ、かしこまらないでください。私は公妾の一人ですが庶民の出身ですし、それに農家の出で!」
「僕は、ジョンと申します。この中庭を担当する庭師でして……。えっと、元はスピンス家の庭師でしたがミレーユお嬢様、じゃなかったミレーユ様と共にこちらへ」
ジョンはそういうと「驚かせてごめんなさい」と何度も私に謝った。そういえば、貴族のご令嬢たちは侍女や身の回りのお世話をする人を引き連れてくるとエースが行っていたような。
彼もそのうちの一人なんだろう。
「あの、すごく質の良い土だなと思って勝手に触ってしまいごめんなさい」
「えっ、フィルミーヌ様? 土におさわりになったのですか?」
「えぇ。こんなにお花が元気で健康的だからどんなに良い土なのかなと思って、でもお花に影響がない程度にです」
「そうじゃなくて……公妾様方は中庭の花を眺めると言っても窓越しにがほとんどです。ましてや、土に触る人なんていないので」
ジョンは困惑したように目を泳がせた。
それもそのはずだ。貴族のお嬢様たちは花を愛でることはあっても世話はしない。それは従者の仕事でありお嬢様たちがやることではないからだ。そもそも、人によっては土に触れることなく死んでいく人もいるだろう。
私は王子の公妾としてふさわしい行動をしないとならないのに、たった一晩で我慢できずに土に触っている。それはマナーとか所作とかそういうこと以前の問題かもしれないと恥ずかしくなった。
「もしかして、従者の方に黙って出てきていたり……しますか?」
ジョンはもっと気まずそうにいった。
そういえば、私が中庭に来てからどのくらいの時間がたったんだろう? 周りも随分明るくなって……。
「ここに来るまでの間、廊下の方が随分ばたついているようだったので。もしかしてフィルミーヌ様を探しているのではと思って。昨日きたばかりのお方が朝お部屋にいなかったら……ね?」
「ジョンさん、ありがとう! 私すぐに戻るわ!」
私は丁寧に土を払うと、急いで屋敷の中へと向かうのだった。




