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猪な美女






「……おい、いつまでそうしてる気だ?」






綾斗にいつもの説教をしてからおよそ1時間。

あたしの膝に顔を埋めている綾斗はいまだ動く気配を見せない。

最初は説教したことで嫌な過去のこととか思い出させてしまったし少しくらいなら甘えさせてやるかと思って、そこらへんにある本を手に取り読んで暇を潰していたのだがいくらなんでも長すぎる。

いい加減邪魔くさくなってきた。






「一生」


「お断りだ。さっさとどけ」


「やだ」






がっちりとあたしの足に手を回し、もはやしがみつくような態勢をとって駄々をこねる綾斗の姿に怒りよりも呆れを感じる。

お前は幾つだ?

20歳だよな?

20歳は立派な大人だぞ。

駄々をこねて微笑ましく思えるのは子供だけだ。






「どけ」






人間、甘やかしてばかりではダメになる。

重要なのは『飴と鞭』の使い分け。

てか、自分で自分をべったべったに甘やかしてる綾斗には『飴』なんて与える必要はなかった。

コイツに与えてやるのは『鞭』だけで充分だ。

『飴』は本当に必要な時だけ与えてやればいいのである。






「…いますぐどかないと渾身こんしん拳骨げんこつをそのオメデタイ頭にぶちかましてやる」


「わーお。チロの渾身の拳骨なんて頭がえぐれそうだね」


「はい、ぶちこみまーす!」






そうして握り締めた拳を勢いよく振りかぶったところで、あたしの部屋のドアがものすごい勢いで開かれた。

開かれたっていうより、これはもう撃破されたと言ってもいいレベルだと思う。






「チロ!!!ここにクソ綾斗いるでしょっ!?」






バーン!という効果音をバックに部屋に飛び込んできたのは、これまたバーン!という効果音が必要なほど完璧なプロポーションを持った妖艶な美女。

あたしの唯一と言ってもいい友達である、朝比奈美咲あさひなみさきであった。






「……ミサ、ドアは静かに開けろっていつも言ってるだろ?」






美咲は綾斗にも負けないくらいの美形だ。

腰まで伸びた赤茶色の髪はクセひとつないサラサラの直毛だし、鳶色の瞳は人形のように大きい。

プロポーションは出るとこは出てて引っこむべきとこは引っこんでいるという、まさにボンッ!キュッ!ボンッ!という表現がピッタリな素晴らしいものだ。

彼女を表現するなら「誰もが思い描く美女を具現化したような女」と言えるくらいの紛うことなき美女である。






しかし、天から二物も三物も与えられたような彼女にもやはり欠点はある。

それはそれは残念な欠点が。






「ああっ!チロ!!今日もなんて愛らしいのっ!!」


「ミサ、それ会う度に聞いてるけどあたしは可愛くなんてない」


「何言ってるのっ!?チロの可愛さは毎日でても足りないくらいのものよっ!!ああ~何でこんなに可愛いのかしらっ!?」






そう言うってミサは拳を振りかぶった状態のままのあたしの元へ駆け寄る(いや、これは突進というべきか)と、思いっきりあたしのことを抱きしめた。

その結果、あたしの顔はその見事な巨乳に埋もれることとなった。






「―――っ!!―――ッッ!!!」


「あー癒されるぅ~!!ほんとチロはちっこくていい匂いがして可愛いったらありゃしないわねっ!!」


「~~ッ!!!~~ッッ!!」






ぎゅっ、と抱きしめられたあたしはまさに窒息死寸前。

思春期のヤローどもなら文字通り天国へ逝けるようなウハウハな素敵シチュエーションだが、生憎あたしは女であり、こんな状況で死にたいなどとは微塵も思えない。

どうにかして抜け出そうと試みるのだが、可憐な見た目に反して力が強いミサの腕からなかなか抜け出せない。

その間にも酸素は刻々と遮断されていく。






「う~んもう食べちゃいたいくらいだわっ!!!」






何でこんなにもがいてんのに気が付かないわけ!?

あたし死にそうなんですけどッ!!

ちょ、巨乳による圧死なんて死に方はほんと勘弁してほしい!!






「美咲、離れろ。チロを殺す気か?」






ああ、そろそろお花畑見えるかも…なんて思ってたら急に巨乳地獄から引き離された。

ぷはっと口を開けて即座に酸素を吸い込む。

ああ、呼吸ができるってこんなに幸せなことだったんだね!!

生きてるって素晴らしいよほんと。






「大丈夫か、チロ?」






いつの間にか膝にしがみ付いていた綾斗があたしの背後に回り、椅子に座るあたしのことを抱きしめていて邪魔くさかったけど、今は気にしないことにした。

助けてくれたのはどうやらコイツのようだし、それに何より今は呼吸を整えることで忙しいからかまってる暇はない。

だから力なく頷くことで何とか大丈夫だと伝える。






「出たな、クソ綾斗!!私とチロの仲を引き裂く悪魔めっ!!」






あたしから引き離された美咲がびしっとその細く綺麗な指をあたしの背後にいる綾斗に突きつける。

大きな鳶色の瞳を爛々と光らせるその姿はなかなかに苛烈だ。

漂う覇気は百戦錬磨の武将のように猛々しい。






「うるせーぞクソ美咲。お前のその無駄にでかい胸のせいで俺のかわいいチロが死ぬとこだったんだぞ」


「チロは私のものよ!!勘違いすんなこのヤリマン男!!その汚らわしい手を今すぐチロから離しなさい!!てか、半径3km以内に近づくな!!」


「お前こそ勘違いしてんなよ、乳デカ女。お前のその厭らしい胸がチロの清らかさを汚してるってことにいい加減気がつけ。お前なんてチロの視界に入るな。消えてしまえ」


「何ですってー!?」






ここまでくれば分かるだろうが、美咲の欠点は可憐なその見た目に反して猪のように気性が荒く自分がこうだと思ったことに一直線に突っ走るという、猪突猛進な性格である。

とにかく一直線に自分が思ったことに突き進むその姿は勇ましすぎて引くものがある。

そんな美咲と綾斗は初めて出会った小学生の頃から何故か仲が悪い。

いわゆる犬猿の仲というヤツだ。






「二人とも煩い。あたしは綾斗のものでもミサのものでもない。あたしはあたしのものだ」






二人の罵り合いがいい加減うざったくなってきたのでそう言って仲裁に入ると、二人は一応罵り合いは止めたものの、視線は互いに憎憎しげにぶつかり合っている。

「チロは絶対俺のもの」「チロは私のなんだから」とか言う言葉がまだ聞こえてくるようだが、無視無視。

これ以上は付き合ってられん。






「そんでお前はいつまであたしを抱きしめてるつもりなんだ?いい加減離せ」


「やだ」






抱きしめるというよりは、もはやのしかかるようにしてあたしに纏わり付く綾斗はちょっとやそっとの力じゃ引き剥がせそうにない。

いつもなら暴れまくって何としてでも離れるてやるのだが、今日はミサの巨乳に圧死させられかかったこともあって力が出ない。

何よりめんどくさいので、そのまま綾斗を纏わり付かせた状態に甘んじることにする。

そのうち飽きて離れてくれるだろう。






「チロに抱きつくなんて忌々しい…ッ!!その汚らわしい腕の中に可愛いチロがいなければ瞬殺してやるのに!!」






キリキリと唇を噛み締め綾斗を睨み付けるミサの表情はかなりの迫力がある。

しかしさすがは美人と名高いミサ。

怒っていてもその姿はやっぱり綺麗だ。






「それで、ミサは綾斗を探しに来たの?」


「え?ああ、そうよ。すっごく不本意なんだけど、次の仕事の打ち合わせをコイツとしなきゃなんないのよ。ちゃんと連絡しておいたのに、放り出しやがってこのクソヤローが…!」






ミサは20歳という若さながら、メイクやスタイリングといった美容方面でカリスマと名を轟かせている売れっ子の美容師である。

様々な芸能人との仕事をちょこちょここなしつつ、現在は主に綾斗の専属という形で仕事をしているようだ。

犬猿の仲なのに一緒に仕事をするとは不思議でならないのだが、ミサ曰く「ビジネスとプライベートはきっちりと分ける」とのことらしい。

ハキハキとした猪女らしい答えだ。






「アヤ、今日は休みだからここへ来たんじゃないのか?」


「そうだよ?」


「ざっけんなこのヤロー!!!バリバリ私との打ち合わせがあるっつーの!!!一週間も前から決まってただろうがあああ!!!」






どんどんとミサが凶暴化していく。

さっき本人も言っていたが、きっとあたしが綾斗に抱きしめられていなければ殴りかかっていたのだろうと思う。

だって握り締めた拳がぶるぶると震えてるもの。

もしかして綾斗はそれを見越してあたしを抱きしめているのか?

だとしたらほんとコイツは抜け目がないな。






「アヤ、仕事はちゃんとしろ」


「あはっ!引き籠もりなチロがそんなこと言うなんてね~」


「引き籠もりだけどあたしはあたしなりにちゃんと仕事をしている。だから現在進行形で仕事を放り出してるお前に説教することはできる」


「そういやそうだね~。チロはただの引き籠もりじゃなくて働く引き籠もりだもんね」






のらりくらりとした受け答えでうやむやにしようという魂胆だろうがそうはいかない。

あたしがコイツに与えるのは『鞭』。

さっき決めたように『飴』は本当に必要な時にしか与えない。






「仕事しろ、アヤ」






身を捩り、綾斗の目を真っ直ぐに見て真剣に言う。

ゆらりと一瞬瞳を泳がせたものの、すぐに綾斗はにやりと笑った。

悪戯を思いついたようなその笑みに、嫌な予感がする。






「わかったよ。チロが言うなら仕事する」


「最初っからそうしろっつーの!!!」


「うるさい美咲。そのベラベラと汚い言葉を並べ立てる口をいい加減閉じろ」


「な~ん~だ~と~おおおおおおお!?」


「ミサ、落ち着け。頼むから」






それ以上怒ったらどこかの血管が破裂してしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。

視線だけで人を殺せるなら、間違いなく綾斗はすでに死んでいるだろう。

怒らせるようなことを言う綾斗が悪いのだが、ここはとにかく落ち着いてもらわないと。






「チロ…!そ、そんな可愛い顔でお願いしてくるなんて卑怯よ…っ!!」






そう言いながらミサは顔を手で覆い悶え始めた。

一体、何なんだ。

訳が分からないけど、怒りとは違うものでまた落ち着きを失ったミサが心配になる。






「ねえ、チロ」






ミサの方を向いていたあたしの顔を、優しくけれどしっかりとした力で自分の方へと向け直させた綾斗はさっきと同じ悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

ああ、嫌だ。

きっとめんどくさいことを言い出すに違いない。






「俺が仕事してる間、一緒にいて?」


「嫌だ」






間髪入れずそう答えてやったが、綾斗の笑みは崩れない。

むしろどんどんとその笑みは深まっていく。

誰もが見惚れると言われているその笑みに、あたしは見惚れるどころか寒気を感じる。






「打ち合わせだけだから、ここでもできるし。そうだろ、美咲?」


「……まあね」


「外に出なくていいんだから、いいでしょチロ?」


「あたしにはあたしの予定ってもんがある」


「じゃあ、仕事しない」


「アヤ!」


「ねえ、お願いチロ」






縋るように潤む、金茶色の瞳。

昔からあたしはこの瞳に弱い。

どうしようもなく非力で助けられなかったあの頃の、傷ついた綾斗があたしに向けていた瞳とかぶってしまうから。






「チロも一緒にいてくれるなら私も嬉しいわっ!!こんなクソヤローと二人で打ち合わせだなんてほんと反吐が出そうなくらい嫌なんだもの」


「それはこっちの台詞だクソ女」


「んだとコラああああ!!!」






またもや勃発する美咲VS綾斗の口論。

綾斗の縋る瞳に疼く自分の心を救うためにも、そして二人の喧嘩を止めるためにも、あたしはこう言うしかなかった。






「……わかった!あたしも打ち合わせの場所に同席するから、ふたりとも落ち着けって!」






その言葉に犬猿の仲のはずの二人が浮かべた笑顔がよく似ていると思ったのはあたしの気のせいだろうか…?












毎度のことながら更新が遅くてすいません;




今回は新キャラ・ミサが登場です。

彼女は基本、さっぱりとした可憐な美女なのですが、猪モードに切り替わると言葉もガラも悪くなります(笑)




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