第7話 市場標、黒字戦の朝
前書 第一章総括――一%から始まる設計
集団召喚の外れ枠《微徴》――半径内で決済された魔術の一%を自動徴収。
瀧戸タクトはそれを課税域へと再定義し、源泉徴収(詠唱=申請の予約枠からの前取り)と延滞金スタン(未納の利子を身体反応で還付)を武器に、峠砦を督促→満期で鎮圧。
市内には徴魔塔(税標)と門標を設置、差押転配で敵の自己バフを街へ返す設計に変換し、サイレンス連鎖で魔獣波を封じた。
鼻血一筋と皮膚に浮く黒い勘定線――ちょいグロの痕跡を残しつつも、市は「治安=黒字」へと回り始める。
だが免税僧団とロンダリングの影は濃い。第二章、運用で黒字を維持し、世論=正当性を積み上げる段へ。
第二章 都市運用と黒字化
第7話 市場標、黒字戦の朝
夜明け前の露がまだ石畳に残るころ、市場広場の秤台に新しい柱が立った。
銅と鉄で組んだ徴魔塔の姉妹機――市場標。基礎には細かな補助罫、側面には三つの受け座、天頂に重さを示す**秤印**が据えられている。ジュノが最後のボルトを締め、工具袋を腰に叩きつけた。
「通称は**秤塔**で行こう。重さ=正当性を見せる塔」
リサ・エイリンは市の代表者と向き合い、短い宣誓を交わす。商人たちが列を作り、誓札へ拇印を押した。声は一言――「街を守る」。
胸の奥で黄金色の小滴が拍と一緒に灯る。寄託担保が塔の内に落ちた。
「定義を刻む」
市場標(Market Pylon):市場一帯の売買・搬出入に伴う補助術を対象に持続課税域を形成し、徴収分を物流割当・防犯割当・鎮痛・詠唱支援へ自動配分する清算ノード。門標/南塔と清算リンクで同期。
黒字戦(Black-War):敵の術行使がこちらの入金に変換され、割当で味方全体の基礎性能が継続上昇する戦闘状態。撃つほど強くなる態勢。
「税率二%、通常運転で試す」私は受け座に差押印を軽く押し、課税域を広場全体に薄く敷いた。帳簿の網が露の上に立ち上がる。
屋台の火起こし、氷室の冷却、荷車の軽量化――小さな補助術が決済されるたび、塔の中でチャリンと硬貨が鳴る。入金→割当が走り、背負子と靴底に軽い光が落ちた。
市場は、生き物みたいに呼吸を整える。
そこへ、噂が歩いて来る。
露払い衆――荷運びに混じった窃賊団が、肩に香煙幕の筒を提げて入ってきた。香に筋力バフを紛れ込ませ、無詠唱注入で暴れる手口。屋根では僧衣の若者が端布を振る。銀糸の「免税」二文字――模造免税札だ。
「非殺傷優先。割当は防30/機40/鎮10/詠20」
塔が経路を開き、靴底と背筋とこめかみに光が降る。
香の煙が市場標の網に触れた。注入自体は記録外だが、煙の縁に滑りを良くする補助術が一つ決済されている。
三%に膨らんだ徴収が塔へ吸われ、門衛・市衛・荷運びに自動再配分。差押転配が回り始めた。
露払い衆の先頭が肩で人垣を割る。
私は足首の高さに遅延縁を敷き、延滞金をふくらはぎへ微還付。
黒い勘定線が皮膚の下でぱちんと跳ね、先頭の男の歩幅が半拍崩れる。
市衛の棒が柄で肩を払い、男は荷網に取られて転がった。血は一筋、黒い線が足首に残るだけ。
屋根の僧衣が模造免税札を雨のようにばら撒く。紙片が屋台の天幕や術者の肩に貼り付く。
私は二重帳簿の原型で照合した。借方:免税の主張/貸方:奉納と監査――空白。
朱で「未記録」と書き、空気に差押印を押す。塔の監査鐘が一打、高く鳴った。
視線が上を向き、正当性が跳ねる。札は紙に戻って剥がれ落ちた。
「搬入口を開け! 流し込め!」私は塔の物流割当を開き、動線制御を加えた。
物流割当(Flow Allocation):徴収分の一部を搬路の踏み替えと荷の慣性に配り、味方の流れを同拍で加速させる仕組み。混乱の渦を流路で割る。
荷車が同じ拍で回り込み、露払い衆の肩を押し戻し、屋台の列を蛇行させずに縫う。
僧衣が新しい札を取り出そうとして、指が震えた。延滞が満ちたのだ。
私は簡易督促を切り、納期限:即時を宣言。
僧衣の喉に黙印が貼りつき、白が視界に走る。屋根でよろめき、吐息に酸が混じる。
サイレンス連鎖は市場標から門標へ、門標から南塔へと清算リンクで波になって伝わり、同系統の詠唱を半拍遅らせた。
露払い衆は香煙幕を割って火種を出した。
私は割当から防火10%を捻出し、井戸の水回路と繋いだ。
定義:
防火割当:徴収分を水樋と霧散路へ配り、即時散水する。民家延焼ゼロを目的とする。
霧が白く走り、火種が窒息する。
露払い衆の二列目が筋力バフで突っ込んできた。
差押転配が靴底と背筋へ返る。市衛の列が粘り、荷運びの背が軽くなる。
黒字戦が立ち上がった。撃つほど、こちらが強くなる。
「市場印の偽造だ!」カゲトラが屋根の陰から叫ぶ。
彼の指さす先、秤台の裏で偽秤が回っている。重量幻惑の小術だ。
私は秤印に監査鐘を一打、重さの記録を市場標へ同期させた。
秤監査:売買に付随する重量系補助術を記録し、幻惑を二重帳簿で照合。差額=未納として延滞へ移す。
偽秤の皿に黒い勘定線が浮き、ぱちん。店主の手首が痺れて皿が傾く。
周囲の商人が安堵のため息をつき、代表者が私に会釈した。正当性が、また一目盛り上がる。
露払い衆の頭が香煙幕の芯に火を落とそうとした瞬間、私は予約枠に封蝋を差し込み、源泉徴収で前を取った。
利子が鼻に来る。赤が一筋。
だが、担保は市場の宣誓に乗っている。拍が私を支える。
延滞が満期を迎え、頭目の肩に黒い痕が走る。膝が落ち、吐息が濁る。
列は崩れ、露払い衆は縄に入った。
◇
午前が終わるころ、秤台の影には静けさが戻った。
市場標の内部で清算が続き、チャリンという入金の名残が途切れ途切れに響く。
私は受け座に清算印を押し、常時運転へ戻した。寄託担保の残りが呼吸として街へ返る。
市の代表が帽子を胸に当て、頭を下げる。「黒字だ。損失が出ていない。人も店も守られた」
門衛の隊長が笑って付け加えた。「拍が合うってのは、こういうことだな」
「黒字戦は運用が中身です」私は塔の台座に配分規則を刻む。
「通常:防30/機40/鎮10/詠20/防火0。混乱時:防30/機30/鎮10/詠20/防火10。変更は監査官・市衛・市場代表の三者同意で」
リサが私の袖口を拭い、目だけで笑った。「鼻血一筋。許容範囲」
ジュノが塔の側面に耳を当てる。「清算リンク、門標とも合唱してる。……でも、川上の橋、拍がズレてる」
カゲトラが顎をしゃくった。「橋上で灰翼連隊が再編してる。裏で**“洗い流し”の金流が走ってる匂い――ロンダリングの準備**だ」
私は印を握り直し、塔の受け座に軽く触れた。拍が脈と重なり、皮膚の下の勘定線が温かい。
黒字は、血ではなく、設計で作る。
そして、未納には、利子を。
次は橋。第8話、市場—橋—門を一本の清算路で結び、黒字戦を街規模に上げる。