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第6話 サイレンス連鎖、街清算

第6話 サイレンス連鎖、街清算


 夕暮れ前、空の色が鉄に変わるころ、南の方角で低い地鳴りが始まった。

 魔獣波。湿地から這い上がる背の低い角獣と、群れをまとめる長角の親。屋根の上では、角の代わりに号角を持った連中――号獣師ごうじゅうしが肺を膨らませ、咆哮の加護を吹き込む準備をしている。


 南広場の徴魔塔が低く唸り、北門の門標がそれに応える。塔と塔の間に張った清算リンクが、私の皮膚の下の勘定線と拍を合わせた。

 リサ・エイリンが短く告げる。「非常割当。防50/機30/鎮20で回す。市宣誓を取るわ」


 広場の壇上に市印が置かれ、代表者の宣誓に続いて、市民が一人ずつ短い言葉を投げる。「街を守る」

 寄託担保が灯り、胸の奥で黄金色の小滴が心拍と一緒に点った。


「課税域、全周展開」私は塔の受け座に差押印を押し、広場から門へ向けて網を敷く。税率四%。

 塔は清算を始め、入金→割当の経路を開く。橋、広場、路地へ薄い光が走った。


 丘の上で、号獣師が角笛を咥え、肺に空気を満たす。

 私は手帳を開き、声に定義を乗せた。


サイレンス連鎖(Silence Cascade):課税域内で未納・前取りにより不成立となった申請/許可に、自動的に黙印もくいんを付与し、同系統の申請を一定時間拒否する仕組み。黙印は塔の清算リンクを通じて隣接域へ伝播し、同時多発の詠唱に遅延波を走らせる。

仕訳:借方:公共安全/貸方:未納時間


 第一声。

 角笛の音が空気を裂こうとした瞬間、私は予約枠に封蝋を差し込み、源泉徴収で一拍だけ前を取る。

 黙印が角笛の喉に貼りつき、音がひゅと潰れた。

 屋根の向こうで別の角笛が鳴るが、清算リンクを通じて遅延が波のように届く。音は半拍遅れ、二拍目で空気に吸われた。

 サイレンスが回廊を作る。

 網の上に、静けさが薄膜のように広がる。


 地上では角獣が足を打ちならし、咆哮の加護を求めて鼻を震わせる。加護不成立。勢いが半歩だけ鈍る。

 その半歩に、塔の機動が乗る。門衛の踏み替えが揃い、槍列が扇の形を取りながら押し返す。

 割当の鎮痛が市民の恐慌を和らげ、防御が盾の縁を固める。


 号獣師の一人が免税札を口に銜え、角笛に貼りつけた。銀糸が薄く光る。

 私は二重帳簿の原型で借方/貸方をはじく。奉納も監査もない――空白。

 朱で「未記録」と書き、空気に差押印を押した。塔の監査鐘が一打、高い音で鳴る。

 正当性が跳ね上がり、黙印は濃くなる。角笛の口元に黒い勘定痕が浮き、号獣師の喉が痙攣して嗚咽を漏らした。ちょいグロはそこまで――血は一筋で足りる。


「右路地、開け!」私は塔の割当に路地誘導を追加した。

 定義:


誘導割当:徴収分の一部を足裏の微細筋へ配分し、味方側の踏み替えと回避を同期させて敵を所定の路へ導流する。


 門衛の靴底が同じ拍で鳴り、角獣の額が石壁に擦れて向きを変え、路地へ吸い込まれる。

 路地の上には、サイレンス回廊。詠唱が不成立になる帯だ。角獣は加護の押し風を失い、ただの突進になる。

 槍の柄で足を払えば転がる。欠損は抑え、列でさばく。


 丘の上で、号獣師の親玉が両肺いっぱいに息を吸い、一斉号令を試みた。

 私は短期督促を切り、納期限:即時を宣言。

 親玉の肺に黙印が貼りつき、延滞金が視神経に白を走らせる。

 彼はよろめき、角笛を落とした。音の柱は立たなかった。

 遅延波が群れ全体に伝わり、角獣たちの前肢が一拍遅れる。

 門衛の槍列が前に出る。塔の詠唱支援が後衛の短詠唱を同時着弾にまとめる。

 撃つほど強くなる。


 ジュノが門標の根元を蹴り、叫んだ。「リンク、増やす!」

 私は頷き、広場と門の塔の間に仮設の清算糸をもう一本、差押印で結ぶ。

 清算リンクが和音で鳴り、サイレンスの膜が厚くなる。

 屋根から屋根へ、路地から路地へ、黙印が灯りを移すように増殖する。

 角獣の突進は各個に薄まり、群れは波ではなく泡になって弾けた。


 最後に残った長角の親が、湿地の方角へ踵を返した。

 私は差押の割当から**“帰路安全”を取り出し、親の背に軽い遅延を貼る。

 後衛の弓が無理に追わないよう、塔の配分規則を節度へ一本寄せる。

 勝ちは追わない**。正当性を削らない。



 広場に静けさが戻るまで、鐘は三度鳴った。

 徴魔塔の内部で清算が続き、チャリンという小さな音が途切れ途切れに響く。

 倒れた角獣の口からは黒い泡が少しだけ落ち、路地は水で洗い流された。流血は最小。市民の子どもたちの泣き声も、すぐに止んだ。


 私は塔の受け座に清算印を押し、常時運転へ戻す。寄託担保の残りが、呼吸として人々に返る。

 門標も一打、低く鳴って応えた。街清算が締まる。


 門衛の隊長が兜を抱え、深く礼をした。「サイレンスの帯、見事だった。詠唱が起きない空気があるなんて、初めて知った」


「記録されない力は、起きていないのと同じです」私は答えた。「黙印は、未納時間を見える形にする印です」


 リサが私の袖口を見て、軽く笑う。「いつも通り、鼻血一筋ね」

 私は袖で拭い、塔の台座に手帳を置いた。定義を書くために。


記録:南広場—北門、魔獣波に対しサイレンス連鎖を運用。非常割当で非殺傷優先、街清算により後処理軽減。

差押転配:防50/機30/鎮20/詠補助(適用)。

監査鐘:二打(免税偽装への指摘)。


定義:沈黙は奪う刑ではない。未納時間を街の呼吸に返す設計である。


 ジュノが門標の側面を撫で、目を細める。「塔は拍子木だね。街が同じ拍で動ける。……クセになる」


「政治が本気で来るわ」リサが空を見上げた。遠く、神殿区の塔の影が長い。「免税僧団は、黙印を不敬と呼ぶでしょう」


「来れば、照合する。奉納と監査の記録を」私は印を握り直した。「税は奪うためじゃない。返すためだ」


 風が路地の埃を巻き上げ、塔の補助罫に沿って流れる。

 黒字は、血ではなく、設計で作る。

 そして、未納には、利子を。

 第一章はここで締まる。次章、街運用と黒字戦へ。

 鐘が、四打目を控えて息を吸った。

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