第4話 徴魔塔、割当は街に降る
第4話 徴魔塔、割当は街に降る
市の南の広場に、銅と鉄で組まれた柱がそびえた。
基礎石には細かい補助罫が刻まれ、四方に向けて薄い勘定線が走る。柱の中腹には円環が三つ、朱の差押印を受けるための受け座がある。
ジュノが額の汗を拭い、歯で釘を咥えたまま言う。「名前は徴魔塔。通称は税標改」
「定義を刻む」私は台座の前に立ち、手帳を開く。
徴魔塔(Tax Pylon):課税域の中継柱。塔の基礎に誓約基礎を据え、正当性を塔にアンカーすることで、塔の周囲に持続課税域を形成する。塔は清算ノードでもあり、徴収分の一時保管と割当ポリシーの実行を行う。
割当(Allocation):徴収した効果・MPを、事前に定めた配分規則に従って味方全体へ自動再配分する仕組み。例:防御60%/機動30%/鎮痛10%。税は奪うためではなく活かすためという設計の中核。
リサ・エイリンが市の代表者と向き合い、短い宣誓を交わす。代表は市印を押し、市民が列になって拇印を一つずつ基礎の誓札に押していく。
正当性が、塔の内部に灯る。私の胸の奥でも、黄金色の小滴が脈に合わせて点った。
「**税率は二%**で常時運転。非常時は四%まで」リサが告げる。「今日は試運転。問題があればすぐ落とす」
ジュノが最後のボルトを締め、笑って親指を立てる。「点火して」
私は受け座に差押印を軽く押し、課税域を広場全体に薄く広げた。
塔の内部で銅線が低く唸り、補助罫が光を帯びる。空気に帳簿の網が立ち上がる。
その瞬間、チャリンと硬貨のような音が塔の中から鳴った。徴収記録が起票された合図だ。
◇
夕刻前、南門側の路地で騒ぎが起きた。
飢狼薬――舌の裏に忍ばせる違法バフの売人が、裏通りで小競り合いを起こし、取り巻きが無詠唱注入で筋力を膨らませて広場へ雪崩れ込んでくる。
さらに、屋根の上で僧衣の若者が旗を振った。銀糸が縫い込まれた端布――免税印の模造だ。雨のような免税札を撒き、術士たちの肩や武器に貼り付ける。
市衛の隊長が叫ぶ。「非殺傷で抑えろ! 広場には子どもがいる!」
正当性は守備に傾く。私は塔の受け座に印を重ね押しし、非常運転に切り替えた。
「課税域、四%。割当ポリシーは“防御50/機動30/鎮痛20”」
塔の中の清算ノードが、入金→割当の経路を開く。
飢狼薬の注入は取引ではない。記録されない“力”は、原則として税の射程外――だが、
私はその注入に寄り添う形で、周辺の補助術と掛け算された決済部分を捕まえた。一%の微徴が**四%**に膨らむ。
広場の床に黒い勘定線が走り、徴収の小滴が塔へ吸い込まれる。
チャリン、チャリン。
塔の割当が解放され、薄い光が盾列と靴底とこめかみへ降る。
盾を構えた市衛の肩が一拍伸び、足が半歩軽くなる。痛みに耐える閾値が上がる。
味方全体バフは、静かに、だが確実に広場の空気を変えた。
屋根の僧衣が免税札をばら撒く。札は文字だけを載せた紙切れ――「免税」の二字。その紙が貼られた術者のバフは、一瞬こちらの網を滑る。
私は二重帳簿の原型を走らせた。借方:免税の主張/貸方:奉納と監査記録。
――空白。
空白の上に朱で「未記録」と書き、差押印を押す。塔の監査鐘が一打、高い音で鳴った。
市民の視線が上を向く。同意が走る。正当性の針がさらにこちらへ。
免税札は文字のまま剥がれ、地面に落ちた。
売人の一人が喉の奥で低く唸り、無詠唱で血圧を上げる――注入の余波。
私は延滞の定義を低めにセットし、遅延利子を筋へ還付。
彼のふくらはぎに黒い線が浮き、ぱちんと跳ねて痙攣する。
ちょいグロの塩梅で、皮膚の下に黒い網が走るだけ。血は一筋で足りる。
男の足取りが鈍り、隊列の中に吸い込まれる。
「今!」市衛隊長の号令。
広場の弓兵が一斉に矢を引き、放つ。
割当の機動が足取りに乗り、装填→射の周期が揃う。
屋根の僧衣の袖が石に縫いつけられたように止まり、旗の端が千切れて飛ぶ。
私は塔に第二の割当を追加した。「詠唱支援:10%」
塔の内部で入金の経路が一本増え、合唱のように詠唱が揃う。
後衛の術者たちの短詠唱が同時着弾となり、波となって路地に押し込む。
撃つほど強くなる。
塔があると、個人の勘定線に街が合奏で乗る。
屋根の僧衣が最後の札を投げ、逃走に転じた。
私は課税域の縁で足裏だけを細く縫い、遅延の利子を土踏まずに貼る。
僧衣の足が半拍遅れ、屋根瓦につま先を引っ掛ける。
彼は身を丸め、屋根から転がり落ちた。骨は折れていない。割当の鎮痛が効いている。
◇
程なく騒ぎは収束した。
広場の空気には、薄い金属音が残り、塔の内部で清算が続く。
私は課税域を常時運転へ戻し、塔の基礎の誓札に清算印を押した。寄託担保の残りが、市民の呼吸へと返る。
「感じたか?」ジュノが塔の根元に腰を下ろし、足で小石を転がした。「全体がひと息で強くなる。これが塔の快感」
「個の勘定線が、塔で合唱になる」私は頷いた。「黒字戦の原型だ」
リサが塔の受け座を指で撫で、少し真顔になる。「政治が動くわ。免税僧団は、今日の監査鐘を嫌う。塔は正当性の拠点。奪いに来る」
「来れば、課税するだけだ」
私は笑ってみせたが、胸の奥の灯は静かに警鐘を鳴らしていた。
市衛の隊長が歩み寄り、右拳を胸に当てる。「徴魔官見習い。割当の鎮痛、効いた。市民に無用の血を流させなかった。礼を言う」
「税は返す設計です」私は頭を下げた。「守ったぶん、返す」
塔の内部で、最後のチャリンが鳴った。
私は手帳を開き、今日の項に二行を書き足した。
記録:南広場、徴魔塔試運転。非常割当:防50/機30/鎮20。監査鐘一打。
定義:塔は正当性の倉、割当は街に降る雨。
袖口に、赤が一筋。
鼻を押さえ、深く息を吸う。
黒字は、血ではなく、設計で作る。
そして、未納には、利子を。
塔があれば、街ごと、設計できる。
遠くで、北門の鐘が短く鳴った。
リサが顔を上げる。「次は門。第5話、門の塔よ」
ジュノが工具袋を握りしめ、にっと笑う。「二基目、建てに行く」