第3話 延滞満期、砦決算
第3話 延滞満期、砦決算
翌日の昼前、峠の風は乾いていて、木々の葉裏が光っていた。
私たちは砦の見える曲がり角に野営机を据え、日次台帳を広げた。朱の差押印、黒の勘定筆、そして白紙の督促状。
「まず、言葉で正す」リサ・エイリンが短く言う。「税は定義で立つ。昨日の行為は守備、今日の目的は鎮圧。正当性を明確に刻んでから行く」
私は督促状の一行目に筆を入れた。
督促状:未納に対して納期限を宣言し、期限到来時に延滞金(おくれぶんの利子)として身体反応を還付する旨を記録台帳に登録する文書。課税域内で効力を持つ。
次に、砦の見取り図を描き、未納計の欄に昨日の前取り分を記す。見張り台の祈祷師、弓兵二人、門裏の増強術――未納:計七目盛り。
納期限は昼の鐘三打目。延滞金の利率は宣誓担保に応じて自動調整。
筆先が止まるたび、皮膚の下の勘定線がぴくりと脈を打つ。世界は“記録されたもの”に従う。
カゲトラが肩越しに覗き込み、口の端で笑った。「紙切れ一枚で、連中を痙攣させるのか。嫌いじゃない」
「督促は宣言だ」私は言った。「約定を思い出させる。免税を名乗るなら、公の善に合致しているかを照合されるべきだ」
リサが頷く。「市民兵への寄託担保も集める。守備宣誓を短く――“街を守る”」
市民兵たちがうなずき、ひとりずつ指に朱をつけ、私の督促状の余白に拇印を押した。担保は合意の形で灯る。胸の奥に黄金色の小滴が、心拍と一緒に点る。
私は最後に、督促状の末尾に納期限を書き足した。
第三刻の鐘。
満期だ。
◇
砦の外には、昨日見た通行札の箱が積まれ、新しい木札に銀糸の印が縫いつけられている。免税印らしきものだ。
門の上に、腕の太い男――砦頭バルザが立ち、歯をむき出しに笑った。
「徴税の悪魔がまた来たか。俺は慈善で通行を守ってやってるんだ。免税に決まってるだろうが」
慈善。その言葉に、門前の隊商の顔色が変わる。
私はひと呼吸置いて、声で定義を上塗りした。
免税:公共善に資する行為に対し、記録神への奉納と監査を経た上で非課税を許す制度。私利の徴収は該当しない。
言葉が空気にしみる。正当性の針が、わずかにこちらへ傾いた。
砦の上でバルザが鼻を鳴らす。「うるせえ、来いよ」
私は柵の手前に立ち、課税域を幅広に展開した。税率三%、形は矩形。門と見張り台、塔の基礎をすっぽり包む。
寄託担保が灯り、前取りの糸が指先へ集まる。督促状は私の左腕に括りつけ、差押印は右手に。
鐘が一つ、丘の奥で鳴った。第一打。
見張り台で祈祷師が立ち直り、疼光の雨の申請を始める。
私は予約枠に封蝋を差し込み、源泉徴収で一滴だけ前取りした。未納が一目盛り積み上がる。
第二打。
砦の裏で、別の増強術。名義が二つ。洗浄だ。
私は貸借を手計算で突き合わせる。借方:門の耐力/貸方:誰かの申請。片方に空白。
空白は簿外。未記録。
私はその空白に印を押した。朱の印影が空気にじゅと貼りつき、印の輪郭だけが見える。
督促の登録が完了した。
第三打――納期限。
砦の空気が、わずかに沈む。
私は定義を噛んだ。
延滞金スタン(満期):督促状により期限が到来した未納に対し、遅延分を利子に換算して身体反応(痺れ・脱力・眩暈)として即時還付する。連鎖性があり、同一系統の申請・許可に波として伝播する。
皮膚の下の勘定線が、門柱から桟橋へ、見張り台から祈祷師の腕へ、そして増強術の蝶番へ――一気に走った。
黒い線が浮き、ぱちん、ぱちん、ぱちんと、小さな切断音が連続する。
祈祷師の膝が折れ、喉が乾いた魚みたいに上下する。弓兵が手すりに胃液をこぼし、戦意が離れる。
門の裏で増強を受けていた蝶番ががくりと沈み、楔が緩む。
延滞の波が、同系統を伝って砦全体に広がった。
市民兵の列が押し出す。カゲトラの縄が空を切り、門の閂に引っかかる。
私は差押の割当を自動にし、盾と脚に偏重するよう指定した。
課税域の入金が即時に列の足に落ち、踏み込みが一拍伸びる。
突入。
中庭に入る瞬間、バルザが大声で叫んだ。「免税だ! 俺たちは慈善だ!」
彼の声に、正当性の針が少し揺れる。
私は、声で上塗りする。
定義:慈善――受益者の同意と透明な記録を伴う無償の供与。暴力と恫喝による徴収は偽装であり、未納である。
言葉が落ちた瞬間、門前の隊商の御者が震える声で叫んだ。「こっちは払わされた!」
同意が走る。正当性が跳ね上がる。
私は税率を四%へ上げた。世論が支える。
バルザが斧を振り下ろす。彼の腕に、黒い勘定痕が絡みつく。延滞の利子が筋に走り、瞬間的に脱力。斧は板にめり込む。
私は封蝋を彼の肩に軽く貼り、未納の督促を上から重ねた。
二重督促。
利子が利子を呼び、短い白が彼の視界に走る。
バルザは膝をついた。歯を食いしばる音。唇の端に赤が滲む。
中庭の隅で、盗賊たちが短剣を構える。補助術の申請が重なる。
私は課税域を足首の高さで細く張り、封蝋を靴紐に貼る。
遅延は足から頭へ上がる。連鎖の向きは、定義できる。
盗賊たちが足から崩れ、頭を打たない高さで座り込む。ちょいグロは抑える。黒い線と一筋の赤で足りる。
見張り台の祈祷師は、口に嘔吐の酸味を残しながら、旗へ手を伸ばした。銀糸の免税印が光る。
私は貸借を一瞬で突合する。借方:旗の免税/貸方:奉納の記録――空白。
未記録。
私は差押印を空気に押し、朱の封で空白を塞ぐ。
免税の路が途切れる。
祈祷師の肩に勘定線が浮き、ぱちん。延滞金が跳ね、白目を見せて倒れる。
カゲトラが祈祷師の手から旗をもぎ、足で銀糸を踏み切った。「慈善だとよ。笑わせる」
私は差押の割当に**“負傷者の鎮痛”を追加した。入金のうち一部を痛みの閾値に振る**。
中庭で呻いていた隊商の御者が息を整え、私に一礼した。
税は奪うためでなく、活かすためにある。割当は、そのための機能だ。
バルザが最後の足掻きで斧を引き抜き、突進する。
私は封蝋を、彼の胸に軽く貼った。督促を三重に。
未納の満期が、一気に到来する。
黒い勘定線が胸骨に浮き、ぱちん、ぱちん、ぱちん――三連。
バルザは足を取られ、膝で石を打つ。吐息が漏れる。
鼻から、細い赤。
私は差押印を斧に押し、武器の没収を記録した。盗みではない。記録だ。
◇
砦の中庭に静けさが戻った。
縄で縛られた盗賊たちがぐったりと座り、見張り台の上で白布が揺れる。降伏旗。
門の外で、隊商がゆっくりと荷車を動かし始めた。通行が再開される。
私は課税域を解き、督促状の末尾に清算印を押した。寄託担保の残りを市民兵に返す。
返戻の微光が盾の表面で消え、胸の奥の灯が静まる。
リサが私の袖口の赤を見て、薄く笑った。「鼻血も満期ね」
「延滞の利子は、未納者が払うべきだ」私は息を整え、砦の空気を吸った。「今日、払わせた」
カゲトラが指で柱を軽く叩き、耳を当てる。「柱に勘定線が残ってる。黒い年輪みたいだ。嫌いじゃない」
私は台帳を開き、今日の日付の横に三行を書き足した。
記録:峠砦、延滞満期により鎮圧。
差押:武器・通行札・虚偽の免税印。
割当:鎮痛・盾強化・帰路安全。
最後に、短い定義を刻む。
定義:税は“奪う刑”ではない。“返す設計”である。
リサが頷き、掌で軽く私の肩を叩いた。「第二段、上出来。第三段は――塔よ。徴魔塔を試す時が来る」
「四話で?」
「四話で」
風が峠を抜け、砦に掛けた白布を優しく鳴らす。
私は差押印を握り直し、乾いた朱の縁を親指で撫でた。
黒字は、血ではなく、設計で作る。
そして、未納には、利子を。
それが、私のやり方だ。