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第1話 外れスキル《微徴》、課税域に化ける

第一章 発見と初徴税


第1話 外れスキル《微徴》、課税域に化ける


 鐘が十三回鳴ったあと、床に描かれた金の円が光り、私たちは一斉にこの世界へ押し出された。

 石造りの大広間。天井の梁に古い鐘が並び、壁には朱の印が等間隔に打たれている。香の匂い。ざわめき。百人近い“同期”が立ちすくみ、壇上の神官が巻物を広げた。


「ようこそ。ここは記録神ルグスの大審廟。以後、あなた方の行使する力は、すべて記録台帳に記される」

 神官は、詠唱の抑揚で説明する。

「魔法とは、申請(詠唱)→許可(加護)→決済(発動)の取引である。取引が成立し、記録されたものだけが“起きたこと”になる。――定義、以上」


 定義の言葉が、空気の深部に沈んでいくのが分かった。

 ひとりずつ、与えられたスキルが読み上げられる。

「《聖槍召喚》」「《竜皮硬化》」「《雷撃の詩》」――歓声。

 私の順番。神官が巻物の一段を指でなぞった。


「瀧戸タクト。《微徴》」


 ざわ、と笑いが走る。

 神官は素っ気なく付け加えた。「半径五メートル内で決済された魔術事象の効果一%を自動徴収する。生活補助としての価値が主。――次」


 肩を叩く手。同期の誰かが囁く。「一パーって、塵じゃん」

 べつに腹は立たなかった。数字は、積めば景色を変える。

 私は与えられた差押印(ただの儀礼用の朱印)と見習い票を受け取り、廊下へ押し出された。



 見習いのオリエンテーションは、街外れの練兵庭で行われた。

 監査官のエルフ、リサ・エイリンが先導する。銀髪を低くまとめ、胸には監査官印。

「繰り返すけど、魔法=取引。あなたの《微徴》は、その取引に税金を挟み込む芽よ」


 彼女は石灰で描かれた小さな円の中心を指した。「ここに立って。魔導兵が小火と清澄を撃つから、感覚を覚えて」


 若い魔導兵が詠唱する。申請の文が整い、指先に許可の光が灯り、決済の瞬間――

 私の皮膚の下で、黒い細線がぴく、と脈打った。勘定線。

 同時に、胸の奥へ一滴が落ちる感覚。火は銅の味。水は薄荷の味。ほんの一%でも、確かに入金された。


「分かる?」

「落ちました。味まで違う」

「良い、筋がいいわ。――次は、広げる」


 リサは胸元の手帳を開き、短く読み上げる。


課税域(Tax Field):一定範囲に税率 τを設定し、域内で決済される魔術事象から効果とMPの一部を徴収、魔法勘定へクレジットする。税は盗みではないため、正当性が低いほど効力は落ちる。


「税率は三%で」

 私は息を吸い、差押印の朱で空気にうっすらと線を引いた。

 砂に薄い格子が立ち上がる。帳簿の補助罫が、空間に網となって浮いた。


 魔導兵の小火がその網をくぐる瞬間、火はわずかに削がれ、私の内側に三滴。水も同じく三滴。

 取引に税が入った。世界は、受け入れた。


 リサが親指を立てる。「初回でここまで出せるなら十分。――でも、今日は見学で終われそうにない」


 遠くから警鐘。三連。

 徴魔庁の走り番が駆け込んだ。「東の丘から魔獣群! 煽動の詠唱あり、免税印の旗!」


 免税。非課税。

 リサは短く告げる。「見習い、同行」



 東門は、埃の匂いと恐怖の汗で重かった。

 門前に柵が組まれ、市民兵が震える手で槍を握っている。丘の上では、粗末な旗が銀糸で光った。免税印――神殿が特別に許す非課税の印だ。

 煽動師が唱えるたび、勇奮の加護が雨のように降り、魔獣の眼が白濁して突っ込んでくる。


 私は柵に沿って走り、半月状に課税域を描いた。

 税率三%。正当性は「門を守ること」にある。市民の呼吸が、同意を運ぶ。

 加護の火花が網に触れて、目盛りを三つ滑り、私の内側に入金。同時に、魔獣の踏み込みが一拍鈍る。

 市民兵の槍が届く。その隙に、衛兵が前へ出た。


 煽動師の旗が高く掲げられ、詠唱が早まった。申請の乱射。

 私は歯を食いしばり、課税域をもう一度なぞる。格子が濃くなる。入金が増える。だが――足りない。

 免税印に守られた加護は、網を滑る。税が弾かれる感触。

 柵がまた、押された。


 同期の一人が悲鳴を上げた。「だめだ、押し切られる!」

 喉が焼ける。私は朱印を握り直し、格子の目をほんの少し詰めた。

 ――その瞬間、何かが噛み合った。


 格子の線が、私の皮膚の勘定線と同期する。網は網のまま、領域に変わった。

 息を吐く。定義が、口から零れた。


課税域:再定義。この場の正当性(守備)に基づき、域内の申請・許可・決済に一律 τを適用。徴収分は即時計上し、域内の防御行為へ自動割当する。


 世界がうなずいた。

 格子の内側で、槍の柄が軽くなる。市民兵の呼吸が揃う。

 煽動師の旗から降る勇奮が、三目盛りぶん薄まる。魔獣の足が躓く。

 柵が、押し返した。


「今だ、左に隙!」私は叫んだ。

 衛兵の隊長が頷き、列を左へずらす。

 私は勘定線の流れを読み、目盛りの薄くなった地点へもう一枚、薄い網を重ねる。

 徴収→割当のループが回る。

 包囲が、割れた。


 柵が開き、突撃の楔が楔として機能する。魔獣が弾け飛ぶのではない。勢いが削がれ、列が乱れ、自重で崩れる。

 世界の帳尻がこちらに寄った。ただそれだけのことだ。


 喉の奥が鉄くさくなる。鼻血が一筋、落ちた。

 私は袖で拭い、格子を保った。三%。これ以上は、正当性が耐えない。

 “税は盗みではない”。世論がそれを信じている間だけ、税は効く。


 丘の上で煽動師が旗を振り、こちらを指さして叫んだ。「徴税の悪魔だ! 非課税印を汚すな!」

 彼の言葉に、周囲の市民が一瞬たじろぐ。正当性の針が少し揺れた。

 私は、彼の声を網で受け止め、目盛りを一つ増やすように、静かに言い返した。


「守るための税だ。今日、ここで誰かの赤を黒にさせないための」


 格子が、強くなった。

 衛兵の槍が、門の外で扇のように開き、魔獣を押し流す。

 煽動師は旗を握り直したが、免税印の加護は、三%だけずつ薄まり続けた。


 やがて、鐘が二度鳴り、追撃の号令が止んだ。

 門前に静寂が落ちる。私は格子を解き、膝に手をついた。頭が軽く痺れる。入金と割当の往復で、体力が削られていた。


 リサが駆け寄り、肩を支えた。「やったわね、見習い」

 彼女は門の上に掲げた朱印を見上げ、薄く笑む。「今のは、完全に課税域だった」


「偶然、でした」

「偶然を定義にできる人だけが、官になる」


 門の内側で、市民兵が互いに肩を叩き合う。誰もがまだ恐れている。だが、守れた。

 私は袖口の赤を見下ろし、静かに息を吐いた。


 外れスキル《微徴》。

 一%は、塵じゃない。目盛りだ。

 目盛りが動けば、世界の勘定は変わる。


 その夜、徴魔庁の仮設机で、私は簡易台帳に今日の取引を書き付けた。

 課税総額 τ=3%、入金:火42滴/水37滴、割当:盾強化 79滴――

 最後に、たった一行、こう刻んだ。


定義:税は守るための技。正当性が呼吸する限り、効く。


 朱の差押印が掌でぬるく光り、乾きかけた鼻血が少し痒い。

 明日は、源泉徴収という言葉に、実体を与える。

 まずは一%から。

 黒字は、血で薄めない。設計して作る。

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