第七章:凡人の世界の果て、魔界の闇市場
左無文が追跡した「空」の痕跡と、魔除部が凡人世界の東方にある既知領域の境界域で得た情報に基づき、彼らは次の標的を「霧山」と呼ばれる地域に定めた。
霧山は凡人の世界では珍しい山で、一年中濃い霧に覆われている。内部空間は複雑に入り組んでおり、凡人が誤って入り込んで二度と出られなくなることもしばしばある。伝説によると、ここは人間界と魔界の接点であり、また未知の次元とも繋がっているという。その特異性と危険性から、三界における特別な取引や権力活動の秘密の場所となっている。
魔除部は霧山についてある程度の知識を持っているが、その詳細は不明である。この地はいかなる凡人の王朝の管轄下にも属さず、内部環境は複雑だ。鎮魔部の精鋭部隊でさえ、入域時に危険に遭遇したり、道に迷ったりすることがしばしばある。
左無文と神韻は、鎮魔部の精鋭部隊二人と共に霧山へと向かった。神韻の左無文に対する態度は、当初の軽蔑から、今では尊敬と協力へと一変した。
「左様、霧山は地形が複雑で瘴気が充満しています。また、国境の向こうから来た無法者や魔族も多くいます。入域後はお気をつけください」神韻は注意を促した。
左無文は依然として油断した様子で、「犬叩き棒」を手に持ち、軽々しく振り回していた。「心配しないでください。私は戦いは好きではありませんが、自分の身を守る力はまだあります。」
彼らは霧峰山脈の外れに辿り着いた。空気は湿っぽく腐敗した匂いを漂わせ、目の前には果てしなく続く濃い霧が、まるで乗り越えられない壁のように立ち込めていた。
神韻は瘴気を払い、方向を示すために特別に使われる護符をいくつか取り出し、呪文を唱えようとした。
左無文は彼を止めた。「気にするな」。彼は霧の方へ歩み寄り、目を閉じた。そして再び、かすかな「空」の軌跡を空中に感じ取った。
虚空の略奪者が残した軌跡は霧を直接貫通しているのではなく、霧の下に隠された特別な通路に沿って伸びているように感じられた。この通路は、特殊な術を習得した者か、空間に極めて敏感な者だけが感知できるようだった。
彼が目を開けると、特別な光が彼の目に閃いた。「この通路は…実に巧妙だ。霧峰山脈の空間特性そのものを利用している。ついて来い。」
彼は呪文も魔法道具も使わず、ただ一歩踏み出すだけで、濃い霧の中へとまっすぐに歩みを進めた。神韻たちは驚きながらも、左無文への信頼からすぐに彼の後を追った。
霧の中に入ると、神韻たちは想像以上に奇妙な環境であることに気づいた。方向感覚は完全に麻痺し、霊力の変動は抑制され、様々な幻覚や雑音が耳にこびりつき、人々を不安にさせた。手に持った位置確認用の魔法道具も、まるで乱れた。
しかし、先頭を歩く左無文は、まるで自分の庭を散歩しているかのようなリラックスした様子だった。足取りは安定し、方向感覚も明瞭で、霧の影響など全く感じさせなかった。時折立ち止まり、耳を澄ませたり、指で空中の特定の位置を指し示したりしてからは、再び歩き続けた。
神韻は、左無文が目や通常の知覚で道を案内しているのではないことに気づいた。彼は隠された「空」の足跡を直接「見て」、それを辿っているようだった。この能力は、鎮邪の追跡魔法のいかなる武器をも遥かに凌駕していた。
彼らは霧の中を長い間歩き続け、ようやく空気が澄み渡るのを感じた。目の前の光景も一変した。彼らは濃い霧に包まれた巨大な盆地に辿り着いた。盆地は明るく照らされ、活気に満ちていた。それは山奥に隠された市場だった!
この市場は、この世の市場とは全く異なっていた。通りの両側の店は奇妙な風格をしており、屋台には様々な奇妙な品物が並べられていた。邪悪な霊気を漂わせるもの、霊光を放つもの、そして不穏な異様な雰囲気を漂わせるものなど、実に様々だった。市場を行き交う人々の流れも、実に多様だった。様々な衣装をまとった人間の修行者、顔をぼやけさせた魔物、外套をまとった謎の存在、そして左無文が見たこともないような奇妙な生き物までが、ここを行き来し、様々な取引を行っていた。
ここは霧山の奥深くにある伝説の「境内闇市」だ。三界では、地上のルールを逸脱した取引や活動が数多くここで行われている。
「左師匠……どうやってここを見つけたのですか?」神韻は目の前の光景に驚きながら見つめた。境内闇市についてはこれまで噂でしか聞いたことがなく、まさか本当に存在し、こんなに簡単に見つけられるとは思ってもみなかった。
左無文は肩をすくめた。「虚の印の軌跡がここまで伸びている。どうやら虚の略奪者か、その関係者がここで活動しているようだ。」
彼は市場の人々や屋台の流れを鋭く観察した。彼はあの馴染み深い冷たい息を探し、「空」の印が現れるかの手がかりを探していた。
界隈の闇市場は、独特のルールを持つ玉石混交の場所だ。ここでは力は厳然たる真実だが、それよりも重要なのは洞察力、勇気、そして運だ。邪悪鎮圧部隊の正体はここでは意味をなさず、むしろ厄介事を引き起こす可能性もある。神韻たちは息を潜め、普通の修行者を装った。
左無文は現世にいるよりも居心地が良いようだった。ここにいる様々な奇妙な物や生き物は、彼にとって未知の謎に満ちた巨大な宝庫のようだった。彼の好奇心と探求心は瞬時に燃え上がった。
「さあ、中に入って見てみよう」左無文は先頭に立って、興奮の表情を浮かべながら市場に足を踏み入れた。
神韻と仲間たちはすぐ後ろをついて歩き、周囲の環境を注意深く観察しながら、左無文からより多くのことを学ぼうとした。
「左様、虚空略奪者はここで何をするのですか? 生き物を喰らうのですか? ここには強い者がたくさんいるのに…」神韻は低い声で尋ねた。
左無文は首を横に振った。「必ずしも喰らうためではありません。虚空略奪者は移動するために『空』の力を必要とします。ここは境界に接しており、空間構造も不安定ですから、『虚地』と繋がる通路を開く方が簡単かもしれません。それとも、ここで何かを買ったり、交換したり、探したりしているのでしょうか?」
彼は様々な珍しい鉱物を売る屋台の前で立ち止まり、光る石を手に取ってじっくりと眺めた。その石は冷たく、かすかに『虚』の息吹が漂っていた。
「ふむ? この石は…『虚冷玉』か?」左無文はこの鉱石に見覚えがあった。「これは空間を安定させ、歪ませる力があり、空間配置の重要な材料だ。虚空の略奪者、あるいはその背後にいる者たちは、一体何のためにこんなものを集めているのだ?」
彼は石を置き、別の屋台へと歩み寄った。そこには古代のルーン文字や巻物が売られていた。羊皮紙の巻物の一つに、歪んだルーン文字が刻まれていることに彼は鋭く気づいた。それは「空」の印とは異なっていたが、似たような息吹を放っていた。
「これは…『虚無の印』か?虚空の略奪者を刻印、あるいは召喚するために使われるルーン文字だ。」左無文の心は動いた。
これらの発見は彼の推測を裏付けた。虚空の略奪者、あるいはその関係者は、この世界の闇市場で活動しており、空間や虚無にまつわるアイテムやルーン文字を集めているようだ。これは彼らが無意識の怪物ではなく、何らかの目的と計画を持っていることを示している。
彼らは市場の奥へと進んでいった。左無文は、時折異常な行動をとったり、奇妙な息を吐いたりする屋台の店主や客に視線を走らせた。彼は彼らの取引や視線から、虚空の略奪者に関する手がかりを見つけようとした。
様々な奇妙な生き物の死体や臓器を売る屋台を通り過ぎた時、左無文は立ち止まった。屋台には、正体不明の霊のような、縮こまった死体が置かれていた。死体からは冷たく空虚な息が漏れており、左無文は再び、そこに宿る馴染み深い「空」の力をはっきりと感じ取った。
しかも、その死体の胸には、清水県で見たものよりも、より完全で複雑な「空」の刻印があった!
この刻印は単なる記号ではなく、まるで小さな、歪んだエネルギーの渦を形成しているようだ。
「これは……」左無文の目が恐怖に閃いた。この死体はおそらく虚空略奪者だろう! あるいは、虚空略奪者に酷似し、「空」の力を使う存在かもしれない!
彼はすぐに前に進み出て、死体と胸の刻印を注意深く観察した。
「これが虚空略奪者の死体か? どうしてこんな所に現れたんだ?」 神韻も近づき、死体を見て思わず息を呑んだ。虚空略奪者は伝説の中にしか存在せず、捕らえることも殺すことも難しい。どうしてこんな所で彼らの死体を売り物にするのだろうか?
左無文は答えなかった。彼は手を伸ばし、しわくちゃになった死体に注意深く触れた。死体は千年の氷のように冷たく硬かった。指が胸の刻印に触れた瞬間、以前よりも強く、より純粋な「空」の力が突然彼の心に侵入した。
彼は映像の断片を見た。冷たく虚ろな空間、無数の歪んだ影、そして…背が高くぼんやりとした人影。まるでこの全てを司る根源であるかのように、強烈な「空」の力に包まれていた。人影は彼の詮索に気づいたようで、悪意に満ちた警告の念が即座に反撃した!
左無文は巨大なハンマーで殴られたかのように呻き、頭が痛くなった。彼はすぐに手を引っ込めたが、顔面は一瞬で青ざめた。
「左先生!どうしたのですか?」神韻はすぐに彼を支えた。
左無文は頭を振り、激しい痛みを抑えた。彼の目は虚空の略奪者の体と胸の傷跡に釘付けになっていた。
「この死体は……虚空の略奪者であり、その中の『空』の力は何らかの方法で抽出・凝縮されている。この刻印は単なる烙印ではなく、力の核、あるいは……高次の次元への通路なのだ!」左無文の声は低く、かつてないほど厳粛だった。先の精神接触は苦痛に満ちていたが、同時に重要な情報も得た。
ぼんやりとした姿と、そこから発せられる強大な『空』の力は、左無文に虚空の略奪者が最高レベルの脅威ではないことを悟らせた。彼らは奴隷化するための道具に過ぎず、彼らを奴隷化している存在こそが真の黒幕なのだ!
そして、より複雑な『空』の刻印こそが、黒幕へと繋がる『灯台』、あるいは『通路』である可能性が高い。この虚空の略奪者の死体は、黒幕が捨てた道具か、あるいは実験の失敗作なのかもしれない。
「誰がこの死体を売ったのだ?」左無文は頭を上げて屋台の主人を見た。
屋台の主人は黒い外套に覆われ、顔ははっきりと見えなかった。息もまるで幽霊のように、ひどく抑えられていた。左無文の質問を聞くと、彼は奇妙に笑い、嗄れた、荒々しい声で言った。「ふふふ……面白い小僧だな。こいつはこいつの仕掛けがちゃんと見えてるんだな。」
「教えてくれ、こいつはどこから来たんだ?」左無文は鋭い目で屋台の主人を見つめ、その口調には疑問の余地がなかった。
屋台の主人は何度か奇妙に笑ったが、直接答えることはなかった。代わりに、細い指を伸ばして市場の奥深くにある、幾重にも規制された建物を指差した。「あそこだ。奴らは…よくそこに現れる。この物もそこから流れ出ている。」
「奴ら?」左無文はその言葉を聞き取った。
「ふふ……『空』の力を操る奴らだ。簡単には手出しできないな」屋台の主人は多くを語らず、不気味な笑い声を上げ続けた。
左無文は屋台の主人をしつこく追うことをやめ、禁断の建物を見渡した。死体よりも強く、より純粋な『空』の雰囲気が漂い、心臓がドキドキするような危険を感じた。
そこはおそらく、境界闇市に潜む虚空略奪者の拠点であり、黒幕と連絡を取ったり、指示を受け取ったりする場所なのかもしれない。
「左様、そこはとても危険ですね。それに、強力な禁断があります」神雲は念を押した。
「確かに危険です」左無文の目は興奮で輝いた。「しかし、真実はしばしば最も危険な場所に隠されているのです」
彼はもはやためらうことなく、神雲たちを禁断の建物へと連れて行った。
闇の領域での調査は、虚空の略奪者の痕跡を突き止めただけでなく、その背後に潜み、「空」の力を宿す真の脅威にも触れさせた。霧ふり山脈への旅は想像を遥かに超える危険を伴っていたが、同時に彼を真実へと一歩近づけた。
次の行動はもはや単なる推理と知覚ではなく、強大な力との対峙を強いられるだろうと彼は悟っていた。しかし、あらゆる謎を解き明かそうと躍起になる「狡猾な探偵」にとって、まさにこれこそが彼が最も待ち望んでいた挑戦だった。
彼はあの建物に入り、「空」の刻印の真の意味を解き明かし、虚空の略奪者を操る黒幕を見つけ出し、そして…伝説の「虚の地」へと辿り着きたかったのだ。
彼の三界探偵は、定命の世界の果てから、三界の深淵へと足を踏み入れようとしていた。