シエル
おじいさんが死んでしまった。
シエルは大きな木の根元に、木のスコップを使って土を掘り、おじいさんを埋めた。
そのスコップを作ったのはおじいさんだった。
シエルは六歳の女の子。
おじいさんと二人で無人島に住んでいた。
どうしてこの無人島に住んでいるのか、シエルは知らない。
おじいさんは、嵐で船が沈没したと言っていた。
どうしておじいさんと二人きりだったのか、それも知らない。
物心がついた時には、ここでおじいさんと二人だったのだ。
おじいさんは、ヤシの葉で魚を捕るための罠の作り方を教えてくれた。
おじいさんは、海岸に落ちていた岩を割って、とがったナイフの作り方を教えてくれた。
おじいさんは、ヤシの実の皮や枯れ木を使った火の起こし方を教えてくれた。
おじいさんは、食べれそうな木の実や果物も教えてくれた。
おじいさんのおかげで、たった六歳のシエルであっても、何とか生きてはいけそうだった。
朝、シエルは海岸に行って仕掛けた罠を確認する。
魚がかかっていれば、その場でナイフを使ってうろこを剥ぐ。取り出した内臓や頭は、罠の中に入れて餌にする。
さばいた魚を持って、寝床にしている洞窟に戻る。
火を起こして魚を焼く。
おじいさんに生では食べないようにと教えてもらった。
魚を焼いている間に、昨日木に登って取って来たバナナを一本食べる。
シエルは小柄なので、木登りは得意だ。
おじいさんが生きていた時は、シエルが高いところの果物を取る役割だった。
火の脇に置いた、くぼみのある石で、海水を蒸発させ、塩をつくる。
塩を使わないと魚はおいしくない。
これもおじいさんに教えてもらった。
朝ご飯を食べて、そして、シエルは横になる。
おじいさんがいた時は、一緒に出掛けて果物を取った。
雨の日は話をして過ごした。
おじいさんにいろんなことを教えてもらった。
生きていくために必要なこと、そして、遠い国の物語も。
一人だとシエルは何もすることがない。
おじいさんに教えてもらった物語を、何度も何度も思い出す。
継母と姉にいじめられても頑張って生きて、王子様に見初められる話。
魔女に毒入りのリンゴを食べさせられて眠ってしまい、王子様に起こしてもらう話。
凶悪な魔物に襲われてしまうお姫様が、小さな小さな王子様に助けてもらう話。
ドラゴンにさらわれた姫様を助けに行く、聖剣をもった王子様の話。
シエルは首をかしげる。
(王子様って何だろう)
わからないことを考えていても仕方がないと、シエルは起き上がり、おじいさんを埋めた木の前へと行く。
シエルは両ひざをついて、指を組んで目をつむり、おじいさんに話しかける。
「おじいさん、王子様って何?」
もちろんおじいさんは答えてくれない。
誰も答えてくれない。
残念だが、いつもの事だ。
シエルはのどが渇いたなと、海岸へと戻り、ヤシの木に手と足をかける。
腰には、おじいさんが作ってくれた石のナイフがくくられている。
スルスルスル、とヤシの木を登っていくシエル。
ヤシの実にまで到達すると、ナイフを使って、一つ、また一つとヤシの木を落とす。
ヤシの木はたくさんあって、いつでもヤシの実を手に入れることができる。
だから、取りすぎはよくない。
今の分と、夜の分と、二つだけで充分である。
シエルは同じようにスルスルスルと、木を降りて来て、ヤシの木を二つ持って洞窟へと戻った。
ヤシの木は硬いが、おじいさんのナイフで何とか穴をあけ、ヤシの実ジュースを口にする。
「ぷはぁ」
音を立てて飲んでも誰も答えてくれない。
ここにはシエルしかいないのだ。
シエルは、そんな毎日を過ごす。
罠を確認し、食事をし、おじいさんに祈って、果物やヤシの実を取って。