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赤色嫌悪

作者: 祁答院 刻

「目玉焼きに醤油をかける人は、前世、馬。」

という、意味不明な本で一世を風靡した占い師が、またまた変な本を刊行した。

題名は、

「トイレ内に赤いモノを置くと、寿命が縮む。(トイレ本体が赤い場合は要買い替え!)」

という、非常に幼稚で滑稽で、その上、胡乱なものだ。

まっとうな人間ならば、娯楽とみなし、相手にしないだろう。

しかし、予想に反して、人々が「うちのトイレマット赤色だ!」と真に受けるものだから、たちまち、社会現象になってしまった。

もう、それがすごいのである。

赤いトイレマットやペーパーホルダーは販売中止。

余った在庫は超安値で売り切り、という始末。

更に、その風潮に追い打ちをかけるかのように、死亡事件が発生。

とはいえ、事故現場が()()、赤いタイルの貼られたトイレだっただけで、赤い色に非はない。

しかし、占い師の流したデマを盲信する人々だ。

やはり、この事件も、「赤いタイルのせい!」と真に受けてしまう。

そのうち、人々の恐怖の矛先は、徐々に、赤いモノのあるトイレから、赤色という概念にまで広がってしまった。

赤色を嫌うという意味の、“赤色嫌悪”ということばは、辞書にまで載るようになった。

そして、

赤いリボンを付けた国民的キャラクターが、恐怖の権化として扱われるようになってしまってからは、もう、歯止めが効かない状態だ。

首都郊外のとある小学校にて。


「赤羽まさきさん」


出席簿を片手に先生が言うと、たちまち嘲笑がもれた。

そう、彼の名が、「赤」羽まさき だからだ。


「ヒトの名前を笑わない!」


そう言う、いかにも謹厳実直そうな先生も、赤色嫌悪派のひとりだ。

先日、後期学級委員を決める時、手を挙げた彼に、「君は…なまえがね…」と口ごもり、別の子を選んでいたのがその証拠だ。


「僕の名前…これじゃなければ、よかったのに」


赤羽くんは、思い切りくちびるを噛んだ。

すこし滲んだ血が、赤色で、なんだか泣けてきた。

赤羽くんは、涙まみれのまま、“ももいろ相談室”に行った。

“ももいろ相談室”は赤色嫌悪にまつわる心の悩みを、打ち明けられる場で、東京都の公立小学校には、必ずひとつ設置されている。


「いらっしゃい、まさきくん」


“ももいろ相談室”のお姉さんは、彼を、下の名前で呼んだ。

お姉さんは、赤羽くんの味方だ。


「こんにちは、ほわいと先生」


赤羽くんは彼女をそう呼んだ。

“ももいろ相談室”専属のカウンセラーは、ほわいと先生と呼ばれている。

赤にホワイトを足すとももいろになるように、カウンセラーとのおはなしを通して、不安をやわらげられますように、という思いがこめられているらしい。


「どうしたの、おはなし、はじめていいよ」


ほわいと先生は、洗いたての布団のようにやわらかな口調で言った。


「うん。あのね、僕ね、名前が嫌だ」


「そうなのね」


「そう!この名前のせいで、みんなにバカにされるし…」


「あら、それはくるしかったでしょう」


「ほんとに!」


「だーいじょうぶ。ほら、ゆっくり、しんこきゅう」


ほわいと先生は優しいけれど、優しいだけだった。

解決には全くもってつながらなかった。

まあそれもそのはず。

白色は、その色を薄めることこそはできるものの、別の色に変えることはできないのだ。


「まさきくん、チャイムなったよ。おきょうしつ、もどる?」


「やだ」


「そう、じゃあ、ここでもうちょっと、ゆっくりしようね」


「うん」


“ももいろ相談室”には5人ほどのほわいと先生が常駐しているから、ひとりの児童につきっきりになることもできた。


ひとつの学校に5人配属…


赤色嫌悪の威力がよく分かる数値だ。

同学校の2年4組にて。


笹本咲花(えみか)ちゃんは困っていた。


トイレに行きたい。

空いた個室がひとつある。

でも、行けない。


何故って、空いている一番奥のトイレは、便座が赤いのだ。

だからみんな使いたがらない。


先生たち曰く、部品が足りなくてこうせざるを得なかったらしいが、小学生にそんなこと通じない。

第一、この赤色嫌悪の風潮を生み出した書籍の名が、

「トイレ内に赤いモノを置くと、寿命が縮む。(トイレ本体が赤い場合は要買い替え!)」

だから、赤い便座になど誰も座りたくないのだ。

でも、咲花ちゃんは達観していた。

こんなのただの迷信だ、根も葉もない話だと、小2にして、既に知っていた。

だから、赤い便座のトイレを使うことに、抵抗はない。

しかし、使えなかった。


-いじめられるからだ。


咲花ちゃんは見た。


赤い便座に座った子が、苛烈ないじめを受け、不登校になるまでのあらましを。


結局、咲花ちゃんは別の個室が開くのを待った。


でもなぁ…。

咲花ちゃんは考えた。

ひとつ空いているのに、ずっと待っているなんて、いくらなんでも、馬鹿馬鹿しい。

そうだ!

咲花ちゃんはひらめいた。

こういうとき、相談する場所があった!


「いらっしゃい」


ほわいと先生の、模範笑顔を見て、咲花ちゃんは安堵した。

うわさ通り、優しそうな人だ。


「あのね、すわるとこが赤いトイレがあるの」


「そうなのね」


「それで、そこを使うと、いじめられちゃうの」


「あら、それはたいへんだったでしょう」


「うん。でも、そこしか空いてないときは、使ってもいいよね?」


「たしかに!いいかもしれないねぇ」


「うん!じゃあね!」


何の解決にもなっていないのに、

咲花ちゃんの足取りは、軽かった。


ほわいと先生のセリフは、先程のまさきくんのときと、九割方同じだった。

同学校、6年3組にて。


「これは、戦争後の教科書です。戦争に関することが、墨で塗られていますね」


先生が説明し終わるが早いか、


「ねぇ、アコ」


クラスメイトがアコの肩を叩いた。


「なあに」


「わたしたちはさ、教科書の、赤字の部分を、塗りつぶしたいよね」


「う、うん」


「現代版、墨塗り教科書、なんちゃって」


「うん…あはは」


アコの顔は陰っていた。

笑おうとしても、ぎこちなく歪んでしまった。

アコは、昼休み、“ももいろ相談室”に行った。

何だか、いたたまれない気分だった。


「いらっしゃい」


アコの顔を見たほわいと先生は、いつもの笑顔を、誤って剥がしてしまった。

なにか、勘づいてしまったのだ。

でも、笑顔笑顔と自身に言い聞かせ、いつもの笑顔をこしらえて言った。


「おはなし、はじめていいよ」


「はい」


アコは蚊のなくような声でこたえた。


「あの、私、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいなんです」


ほわいと先生は、やっぱり、と確信した。


「あの、例の本を出した占い師、私の、おかあさん…」


ほわいと先生はおもむろに口を開いた。


「あの人には感謝してるよ」


「え?」


ほわいと先生はうすら寒い笑みを浮かべた。


「あの人が、赤色嫌悪をつくってくれたから、私の仕事がある」


「そう…ですか」


「これね、決まったセリフを言ってるだけで、成り立つ商売なのよ」



アコの前に座っているほわいと先生は、

腹黒そうな、

ぶらっく先生だった。

その日の夜、


「ただいま、遅くなってごめんね」


占い師-母の声にアコは体を硬直させた。


「おかあさん、仕事が長引いちゃって」


次はどんなうわさをまくのだろうか、とアコは身震いした。


「トマト買ったよ。アコ好きだったでしょ」


テーブルの上に置かれたトマトは、皮肉にも真っ赤だった。


「マンガも買ってきた。欲しいって言ってたやつ」


目の前にあるマンガは、あの本の印税で買ったのだろう。


アコは、母の暴走を止められなかった。


赤色嫌悪は、終わらない。

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