[番外編]美しい景色
[金色のカブトムシ]主人公・一ノ瀬 有紀を新たな観点から書いたものです。
多分、世間的に見れば俺の家庭は、いわゆる「実家が太い」と説明できるだろう。
親父は大企業に勤める重役で、お袋もかつては銀行勤めをしていた。そういった家庭で育った以上、今になって思えばその教育も効率重視なものだったように思う。
どれだけ短期間で、どれだけ多くの成果を上げられるか。そして、その過程の中でどれだけのものを取捨選択できるのか、そういったものにしか俺は拘ってこなかった。
何となく、子供の頃から分かっていた。俺は、俺が持てる力を持って全てを成し遂げなければならない。
そこに俺に付いてくる人は居なくとも、俺は俺の信念だけを持って戦うべきなんだ。その戦い抜いた環境の中に決して俺はいなくてもいい。
俺が戦い抜いて得られた世界があれば、それだけで俺の存在意義は確立されるのだ、と。
その力をただ求め続けることだけが、俺――一ノ瀬 有紀に課せられた、強者としての責任なのだと思っていた。
小さい頃。幼稚園とか、それくらいの時だ。
俺はブランコに乗っていて、ちょっとした悪ふざけで立ち漕ぎをした状態から一気に飛び降りた。
その時、うっかり足を滑らせてしまって膝を擦り剥いた。それがとても痛くて、我慢できなくて、思わず大声で泣いてしまった。
俺が泣き崩れて蹲っているのを見て、保育士の先生は「ほら、痛いの痛いの飛んでいけ~!男の子が泣いては駄目なんだぞ」と言う。
幼い無邪気な俺は、「なんでおとこのこはないちゃだめなの?」と返した。保育士の先生は「うーん」と考えた後、「男の子は、女の子を守らなくちゃならないの!だから、泣いちゃ駄目なんだよ」と答えていたのを覚えている。
その時は「わかった!」って無邪気に答えていた。でも、今になって思えば、それって男は感情を抑圧しなければならないと言うことなのか?と疑問に思う。
男とか、女とか、そういったものって本当に関係あるのかな。確かに、男の方が力が強いし、骨格も安定してる。そういった意味では確かに理に適っている。
だけど、それはそれで、女性の強さに見向きすることさえ許さない、無責任な言葉とも取れるんじゃないだろうか。
女性だから戦わなくても良い、そういう考え方にも似た言葉は、俺には正しくないように思えた。
小学生になった俺は、そんな考えもせず、ただ「男として」の行動を意識するようになった。
他人にとって「優秀な自分」を見せつけるため、己を偽って、努力する自分を隠し続けた。それが、他人が羨む、才能のある一ノ瀬 有紀としての姿に映ると信じて。
結果としてそれは、ある種の正解だった。「すげー、有紀天才じゃん」とか、「これくらい有紀なら余裕だろ!」とかはやし立てられる度、俺はクラスの中で王様で居ることが出来た。
だけども、心のどこかで追われる側としての焦燥感もあった。端から見たら天才に映っている一ノ瀬 有紀は決して負けることは許されない。
まるでマラソンで後続が徐々に追い抜いてくるときのような、息苦しさが俺を締め付ける。
もし、追いついてしまったら王様だった俺は、クラス内でからかわれたり弄られたり、とまるで革命が起きた時の如くクラスという国の中で処刑されてしまうのではないか。そう思うと、背筋が凍る思いで、逃げ出したかった。
そんな時に出会ったのが、鶴山 真水だった。彼は俺の恐怖の結晶体であった勉強ノートを見つけてしまったのだ。
終わった。そう思った。王様としての俺は、こんなクラスの隅っこで本を読んでいるやつ一人に崩壊させられたのだと思った。
だけど、あいつは一切そんなことをする気配は無かった。それどころか、「そんなに、こっそりと勉強を頑張ることって、意味あるの?」と何でも無いように聞いてくるのだ。
俺がどれだけ、苦しんで今の地位を維持しているのか知らずにこいつは。そう思うと、なんだか凄くイライラして「お前には関係ないだろ!!」と吐き捨てるような言葉を放ってしまった。
その言葉を言い放った後、俺は逃げ出すようにその場を後にしたのだが、どこか俺は後悔していた。なんでこんな言葉しか掛けられないのだろうか、俺は何で自分を偽ることしか出来ないのだろうかと。
真水は、その後も俺が必死に気づき上げてきた地位を崩すような事はしなかった。その事に何となく俺は負い目を感じて、何時しか真水と距離を取るようになっていた。だけど、俺を気遣ってか何も言わない彼の姿に徐々に胸の奥が苦しくなるような気分になることが多くなった。
何でこいつは何も言わないんだ。たった一言、「有紀って案外頑張り屋だよねー」って言うだけで俺の立ち位置を容易に壊すことが出来て、真水はクラスの隅っこの立場から表舞台に上がることが出来るのに、どうしてだ。
どうしても問い詰めなければならないと思った俺は、ある日の放課後、敢えて下校時間を遅らせた。真水は結構スローペースで、準備が遅く下校が遅いことは知っていたからだ。
のんびりと準備をしている真水の方へと近づき、俺は確かめるように、釘を刺すように問いかけた。
「なあ、真水。……お前あのノートのこと誰にも言ってないだろうな?」と。
「え?う、うん、言ってないよ」知っている。言っていたら俺の立場など容易に崩れ去っているだろう。
「じゃあ良いんだけど。……俺とお前だけの秘密な?絶対誰にも言うなよ」
その言葉に、真水の表情はまるで花でも咲いたかのように明るくなる。
ただ、底抜けに純粋な真水を見て、俺はどこか自分を理解してくれる人が見つかって嬉しかったのかも知れない。彼の純粋な感情に当てられ、俺は思わず上がる口角を堪える。
初めて、俺は対等に誰かと話せた気がした。ただ、与える側の人間としてではなく、横に並んで歩ける人間として。
「うん、有紀が頑張り屋さんなのは秘密にしておくよ!」
「ばか、声でけえって!」
そう言って、俺と真水は笑い合った。今になって思えば、真水も対等に話せる友達がただ欲しかっただけなのだと思う。だからこそ、クラスリーダー的立ち位置の俺が誘っていたとは言え、一緒に遊ぶ友達が嫌な気持ちになるような事をしたくなかったのだろう。
いつしか俺は、自分の力をただ傲慢に振るうことだけではなく、他人の為に振るうことに意味があるのだと気がついてきていた。
そして、中学生となった俺は、真水を誘って共にバレー部に入った。
特にその部活を選んだ理由というのは部活動の場所として学校内の体育館を使う事が出来るから、という理由以外には無かった。部活によっては、学校外の市民体育館を使っているところもあり移動時間を考えると都合が悪かったからだ。
そこでも他人に劣ることを自分自身が許さなかった俺は、学業を疎かにすること無く、部活動にも全力を尽くした。元々持ち前の運動神経に加え、日々遅くまで練習に明け暮れる。
その結果、俺にとってはもはやそうなってくれなければ困るのだが、部活内のエースとしての地位を確立しつつあった。
ただ、それでも小学生の頃と同じで、他人にいつの間にか追いつかれるのではないか。追い抜かれるのではないか、と漠然とした不安があった。
だからその都度、真水に「今の自分の方向性は正しいのだろうか」と確認をしていた。彼はフラットな視点から忌憚ない意見を俺へと与えてくれるから、とても有り難かった。
日々周りよりも強くあろうとする俺とは反対に、真水はただ周りとの調和を大切にする人間だった。俺が周りに対し厳しく当たるのだが、真水は必死にそのフォローに回る。心のどこかでは申し訳ない気持ちで一杯だったが、俺は強者だから他人を先導しなくてはならないんだ、と敷かれたレールから外れることを己自身が許せなかった。
そんな俺にも後輩が出来た。その中の一人に、毅然と周りを引っ張ろうとする人が居た。船出 道音だ。
彼女は自分に軸を持っていて、同学年の人達を先導するタイプだった。俺とどこか似通った要素があるとは思ったが、決定的に俺と違ったのはそれほど強さに執着していないと言うことだ。
周りを先導しつつも、ちゃんとついて行けているかどうかメンバーの管理を行う、理想のリーダーとしてのスペックを持っていた。彼女になら、俺の後任として技術を託せるのではないか。そう思って持てる技術を彼女に与えようと指導していた。
だが、彼女にとってはそれはありがた迷惑だったようで、どこか避けられているような気がした。俺と入れ替わるようにして、同学年の男が彼女のフォローに入るようになった。
道音に寄り添う姿は、まさしく理想の先輩としての姿だ。その姿を見て、俺はどこか己自身のやり方が間違っているのではないか、とそう思い始めたのを覚えている。
俺は遠巻きに、必要に応じて後輩を指導することを続け、様子を見ていた。
しかし、ある日から道音の様子がおかしいことに気がつく。いつもならミスをしないような場面で、エラーを起こすことが増えた。改めて見ると、どこか部活動に集中できていないような気がする。
でも俺が直接尋ねたとしても、きっと彼女はまともに取り合おうとはしないのだろう。だから、こっそりと真水に状況を探るように頼んだ。
やがて真水の調査結果から得られた情報としては、「誰かに付けられているかもしれないと言葉を漏らしていた」とのことだった。
だからこそ、俺自身もこっそりとアクションを起こすことにした。下手すれば、俺自身の評判を落とすことになるかも知れないが、道音の帰路を付けることにしたのだ。
決して、道音の為だとかは考えてすらいなかった。俺は、俺自身の為だけに行動を起こしているに過ぎなかった。もし何か不和が起きたとして、面倒ごとの処理に携わるのはどちらにせよエース級である俺自身だからだ。
だから、駅のホームで待っている時に道音に声を掛けられた時は正直焦った。
「あ、一ノ瀬先輩。お疲れ様です」
「おう、船出か。最近よく頑張ってるみたいじゃねーか。けど踏み込みが甘いから、そこだけ気をつけろよ。いつも軸がずれてるからボールが時々狙っていない方向に行ってるだろ」
こんな言葉を掛けたいわけじゃないのに。ただ表面上で繕った俺は何かを隠すように、彼女へと指導をする。不調の原因も分かっているのに、決して俺はそれを口にしようとはしなかった。
さっさと話を切り上げようと思い、周りを見渡す。すると、ホームの陰から一人の男がこっちを見ている気がした。件の、道音とよく関わっている同級生だ。
その姿が見えた俺は、ポツリと道音へと尋ねることにした。
「なぁ、あいつ……お前がよく話しているやつは、良い奴だと思うか?」
道音はその男の存在に気がつかない。だが、もしかすると道音のストーカーの原因は……、
俺の質問に彼女はキョトンとした表情で、「はい……?あ、はい、良い先輩だと思います」と返した。
「……そうか、なら別に良いんだけどさ」
別に気がつかないならそれでいい。彼女が気がつかない間に解決できたらそれでいい。俺は駅のタイルを眺めながら、そんなことを考えていた。
だが、彼女は何か思い立ったように俺の方を見る。
「あの、一ノ瀬先輩は確か家が近辺でしたよね?電車に乗る必要があるんですか?」
……正直、想定外の質問だった。彼女は俺自身には関心が無いのだと勝手に思い込んでいたからだ。
「あ?あー……いや、丁度友達に誘われてな。今から会いに向かうところ」
勿論嘘だ。しどろもどろになりながら、無理矢理ひねり出した回答だったが、彼女はそれ以上何も答える気にはならなかったようで「そうでしたか」と返答した後「お話は以上です」と言わんばかりにそっぽを向いた。
内心、彼女がそれ以上掘り下げてこないことに心のどこかで安心していた。
やはり、その同級生は道音の後を不気味な笑みを浮かべながら電柱の陰から眺めている。道音はどこか不安そうに周りを見渡している姿が見えた。
気になった俺は、道音の姿が遠くへ行った時点で、電柱の陰から不器用に頭だけを覗かせるその男に声を掛ける。
「……なぁ、お前か?船出の後をつけ回しているのは」
「何?あ、一ノ瀬か。君には関係ないだろう、俺は船出さんを見守らなきゃ行けないんだ」
どこか薄ら寒い何かを感じ取った俺は、更に食いかかる。
「それは船出に頼まれたのか?あいつどうやらストーカー被害に遭ってるんだってな」
「そう!そうなんだ!!その事を教えてくれたから俺が助けになるんだよ」
そう熱弁しながらも、彼は道音の後を眺め続け、彼女が視界から姿を消す度そそくさと移動を続ける。
そしてやがて、彼女は家の前まで到着したことを確認した俺は、同級生へ諫めるように声を掛ける。
「もういいだろ、ほら帰るぞ」
「嫌だ。俺は船出さんを追わなければならないんだ」
と明らかに帰宅する彼女の背後へ歩み寄ろうとする彼の後ろ姿に思わず俺は駆け寄る。
「あ、おい……ってめぇ何やってんだ!!」気がつけば俺は彼を羽交い締めにし、叫んでいた。
その声にびくりと身体を震わせた道音がこっちへと振り返る。正直、彼女には気付いて欲しくなかったがもう既に遅い。
「え、ちょっと、先輩!?何やってるんですか!!?」
彼女の言う「先輩」がどっちを指していたのかは分からない。だが動転して様子で彼女は駆け寄ってくる。近づいては駄目だ、と必死に遠ざけようと後ろに引くが男はびくともしなかった。
「君が悪いんだよ、俺の思いに答えないからさ。君が僕を狂わせたんだ……!」
「いい加減にしろよ!おい、船出!お前さっさと学校か警察かに連絡しろ!!」
道音がこいつを狂わせた?そんな馬鹿な話があるものか。勝手にこいつが狂っただけで彼女は一切関係ない。
その時俺は、他人のために行動している自分がいることに心のどこかで驚いていた。
「え……嘘、だ……」
信頼していたはずの男に裏切られたのだと自覚した道音は呆然と絶望の表情を浮かべる。
その表情を見ると、どこか心苦しいものを感じた。信じていた土台が容易に崩れ去る感覚。俺はあのノートを真水に見られた時、似たような恐怖を味わったはずだ。今の居場所を失ったかもしれない、と思う絶望感を。
だけど、決定的に違うのは俺の場合は自己中心的な考えから来るものだったが、彼女はただ一方的に周りの人間からの悪意によって被害を被っていると言うことだ。
心のどこかで、それが許せずに居た。
「君が、君が君が、俺の全てだよ、俺はこんなに想っているのに!こんなにも苦しいのに!!だから俺は応えて貰いたかったからここまで来たのにさ!君が好きだから!!」
自分の想うような結果になって欲しい。その気持ちはわかる。俺自身もそうだからだ。だけど、ただ認められる努力もせず一方的に他人に意見を押しつけようとしているのは違う。
沸々とした怒りが、やがて言葉になった。
「ふざけんな!!てめぇのエゴでこいつの部活人生を狂わすんじゃねぇ!!こいつの人生はこいつのもんだろ!?」
――
「本当に、有り難うございました。まさか、あの先輩がストーカーだったなんて……」
そう礼を言いつつも落胆する道音に俺はどのように声を掛けるべきか分からなかった。黙ってその場を後にするという選択肢もあっただろう。
ただ、他人を疑おうとしない彼女の姿を見て、俺は自身と重ね合わせているところもあった。自分の見ている全てが真実で、嘘なんて何一つ無いんだと信じている彼女の姿に。
何かに縋らなければ、彼女は生きていくことが出来ないのだろう。当然と言えば当然だ。軸が無ければ、常に他人に流され続ける人生を歩まなければならないのだから。
どことなく自分にも当てはまるものがあるな。そう思いながら、俺は八つ当たりをするように道音にデコピンを喰らわせた。
「いだっ!何するんですか!?」
突然デコピンを喰らわされ、額を抑えながら彼女は俺を涙目で睨む。
「……お前の悪い癖だ。今まで他人からの評価ばっかを気にして生きてきたのかは知らねえけどさ、あんま簡単に周りからの評価に呑まれんなよ」
俺は、道音に向けて行った言葉のつもりだったが、どこか自分にも刺さる言葉だな、と言うのをうっすらと感じていた。
そして、その次の日。
俺は道音に告白された。
「私は、一ノ瀬先輩が、好きです!付き合ってください!!」と堂々と。
女子に告白されることは嬉しくないわけではない。彼女のような美貌を持つ人間に真正面から好意をぶつけられ、喜ばない男はそういないだろう。
だが、心のどこかで「次は俺に縋ろうとしているのか……?」と考えてしまう自分もいた。だからこそ、俺は彼女の好意に応えることは出来ない。
そして俺は、「そもそも恋愛に興味が無い」と自分に言い聞かせるように逃げたのだ。
そして高校生になった俺は。
私になった。
こんなことはありえない。戻して欲しいと何度も願った。俺が必死に積み上げてきた、強者としての責任を放棄したくなかった。
私がいなくなったら、部活の皆はどうなるんだ。俺が今まで守ってきた者達はどうなるんだ、そう思うと消えたくなくて。どうにか元の姿に戻ろうとした。
だけど、心のどこかで鎖が解かれたような気分になっている自分もいたのも事実だ。
ずっと心のどこかでしがらみになっていた、足枷がようやく放たれたのだと思うと開放的にさえ思えた。
だからこそ私は俺に戻るべきか、このまま私として過ごし続けるのか考えざるを得なかった。もし、一ノ瀬 有紀とは全く異なる自分として生きることが出来たら、とさえ思っていた。
それと相反するように、「性別なんてそんなに関係あるのか?」とも思っていた。理由は分かっている。あの金色のカブトムシの一件だ。
女性とそう変わらない姿でも、立ち向かえる力がある。姿も勿論大切なのだが、どう戦うか。と言うところが結局一番大切だったのだ。
ふと両親の言っていた言葉が思い返される。「強さとは一面だけで決まる者では無い」のだと。
そんな私は今、一人で山道へと来ていた。今回は、道音も真水も誘ってはいない。真水に関してはそもそも現在は山登りを出来るコンディションではないので、やむを得ないところはあるが。
思い返せば、俺はいつも誰かと一緒に山登りに来ていた。一人で登る山道は静かで、どこか心細さを感じさせる。
沢山分岐した道に、草木が生い茂る道。こっちが正しい道だと思って進んだら、結局木が倒れていて行き止まりになっている道。
足元が泥濘んでいて、バランスを崩しそうにもなった。
体力は以前道音と登ったときに比べたら増えたと思っては居るが、それでもやはり傾斜が強いため直ぐにバテてしまう。
山中に設置された、コテージのように屋根とベンチが設置された休憩地点で身体を休める。ひんやりと冷たいベンチに、私の体温が吸われていくような感覚を覚える。
そんな中、ふと「私の人生って山道と同じだよな」と思うところがあった。
頂上を目指して、山を登って。
その道中の景色になんて目もくれず、ただ頂上から見える景色だけを望んでいた。
そんな私は土砂崩れに巻き込まれて、自分の居場所すら見失って、どこへ行けば良いのか分からなくなって。
ただ必死にどうするべきか探しているときに、差し伸べられる手があって、一緒に改めて登って。
そうしたら、徐々に周りの景色がどれだけ綺麗なのか、ようやく気がついた。
ふとコテージの外から見える景色を眺めてみる。そこには木々が生い茂るばかりで、奥の風景なんて見えないけれど。
視界の片隅に不自然に地面が隆起している場所があり、私はそこを目指すことにした。
足は既に限界を迎え、かなり足が痛む。よろよろと、木を支えにしながら歩いて行く。辿り着いた先にあったのは、山を管理している人が作ったものだろうか、切った木を組み合わせて作られた階段と、その先に作られた簡易的な展望台だった。
私はその階段を上り、展望台の先から景色を見る。
「わぁ……」
そこからは、頂上ほどではないが美しい景色が広がっていた。街中全体を見渡すことが出来、それを散る枯れ葉が彩る。
赤と黄色と橙の風が、私の頬を撫でる。揺れる髪が私の視界を遮る。
頂上を目指すことも勿論、強さの証明としては大切だ。だけど、こうして今居る場所の良さを見つけることも、それもまた強さの一つだった。
小学生の頃、私は真水をただ一方的に弱い人間だと思い込んでいた。
中学生の頃、私は道音をただ一方的に軸のない人間だと思い込んでいた。
けれども、それは俺が彼らの強さを理解していなかっただけだ。私達はただ二次元に生きているわけではない。
一つの面から見たら、弱い人間に見えたとしてもぐるりとその人間像を違う側面から見れば、強い人間に見えることもある。
俺はいままで自分を強い人間だと思っていて、勝手に強者の責任として認識し、抱え込んでいたけれど。私も違う側面から見た時、皆と変わらないただ自分を偽っているだけの弱い人間だったんだ。
彼らの中に私がいて、私の中に彼らがいる。
皆、何かを与え、与えられて今を生きているんだと景色の中に映る人々を見て思う。並び立つ建物も、木材で簡易に作られた階段だって、どこかの誰かが作ったものだ。
そのどこかの誰かがいなければ、今の私もこうしてこの場に立つことは出来なかった。
顔も知らないどこかの誰かに思いを馳せながら、俺は、私は、その場を後にする。
もうすぐ、真水の外来リハビリの時間が近づいてきていた。
[番外編 終わり]
次回はエピローグを更新します。




