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転生(前編)

どこか遠い昔の夢を見ていた。

いつかの日、友達と遊んだあのゲーム。キャラクターの名前すら覚えていないけど。

環境的に強いキャラクターを使った時は簡単に勝てて、それ以外のキャラクターを使ったときはボコボコに負けた、あのゲーム。

ただ勝つことだけがゲームにおける醍醐味だ。それ以外の楽しみなんて見いだせない、と思っていたけれど友達に提案された「ランダムで色んなキャラクターを使って対戦してみよう」というやり方。

最初はただ「なんだこいつ、全然勝てないじゃん」と負けることばかり気に掛けていたけれど、途中からはそのキャラクターにしか無い個性を見出すことが楽しみになってきていた。

決して強いわけでは無い。当然、勝てるはずも無く負けてしまう。だけど、ただ強いという要素だけにこだわっていた俺だけでは、決してその楽しみ方にはたどり着けなかっただろう。

その楽しみ方を教えてくれたのは、鶴山 真水(つるやま まみず)。お前だったよな?


☆☆☆☆★


どこか爽やかな風がながれている。どこか、温かい日差しが全身を照らす。

朝の目映い日差しに目を細め、俺――一ノ瀬 有紀(いちのせ ゆき)ゆっくりと目を覚ました。

「……良かった、晴れてくれて」

幸いにも、外は雲一つ無い快晴に包まれていた。まるで、俺の心模様を現しているかのように、迷いの無い空がそこには広がっていた。ふと置き時計を見ると、デジタル文字で7:12を示していた。

久々に俺は、自分の部屋で目を覚ます。そこに居る俺は女性の姿だけれど、確かに俺はこの部屋に帰ってきていた。

一階から、「有紀ー、起きた?今日は真水君のところへ行くんでしょう」とお袋が俺を呼び出す声がして、ゆっくりと布団をめくる。

そこに俺はもう、今まで漠然と抱えていた不安は感じなかった。ただ、俺が今まで真水から、皆から貰った答えを真水に返すだけだ。

俺は道音から貰った白地のワンピースに身を包む。股下の風通しが良く、ズボンを今まで履いていた身としては違和感があるが、今着ることの出来る服はこれ以外は男物しか無いのだから仕方ない。

そのワンピースを着た状態で一階のリビングへ降りていく。そこには、既にお袋が用意したトーストの乗った丸皿と、温めた牛乳が置かれていた。

「降りてきたのね。ご飯食べてから着替えたら良かったのに」

お袋は俺の服装を見て、困った顔で苦言を呈した。その言葉を聞いてどこか(はや)る気持ちがあったんだな、と自覚しどこか恥ずかしい気持ちになった。

「や、まあ……ちょっと、緊張しちゃって……つい」

「まあ、汚さなかったらいいけどね。早く食べちゃいなさい」

「うん、いただきます」

手を合わせ、目の前の当たり前の食事が並んでいるということに感謝の言葉を述べる。パンをかじると、香ばしい、そしてどこか優しい風味が口の中に広がる。

その様子を眺めるように、お袋がダイニングテーブルの向かいに座って俺を眺める。

「どう?美味しい?」

「……ああ。美味しいよ。本当にな……」

そう俺がポツリと言葉を漏らすように答えると、お袋は満足したように「そっか」と返事をした。

病院の面会時間は十時からであり、それほど急ぐ必要は無い。だけど、俺は心のどこかに焦る自分がいるのを隠せず牛乳を流し込むように飲み、そして思ったよりも熱かった牛乳にむせた。

「ゴフッ!?」

「有紀!?焦らなくて良いから?ほら、布巾」

「あ、ああ、ごめん……」

恥ずかしいのを誤魔化すように口周りをしつこく布巾で拭う。口の周りに付いた牛乳が広がった気がする、後で拭いておこう……。


朝の支度を終え、俺は玄関へと立った。両親は俺を気遣うように見ている。

「なあ有紀。別に送っても良いんだぞ。病院まで遠いだろう」

「大丈夫だよ、親父。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ」

親父は表情に出ないながらも、その言葉から俺を気遣う様子が見て取れた。どうにも不器用な愛情だとは思う。

「有紀、ちゃんとお金は持った?忘れ物は無い?お父さんの携帯を持たせて置くから何かあったらお母さんに連絡するんだよ」

「べ、別に大丈夫だって!そんなに心配されても困る……!」

お袋はお袋で、オロオロと俺を気遣う。というか心配性過ぎて、かえって面倒にさえ感じた。

ドアを開けると、突き抜けるような光が俺を照らしていく。

「行ってくる」

ただ短く、その言葉だけを残して俺は振り返ること無く、家のドアを閉めた。


☆☆☆☆★


俺は、今まで独りぼっちだと思っていた。俺はただひたすらに強くなければならず、決して俺は誰かに助けられることは無い。それでいいのだと、ずっと思っていた。

だけども、そうでは無かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと気付いた。

この女性の姿にならなれば、俺はきっと傲慢なままの人間だったかも知れない。誰かに助けられていることに気付かず、俺は俺の力でのみ事を成し遂げたのだと、偉そうに宣言していたかも知れない。

きっと、そうなった俺の後ろに付いてくる人間は居ないだろう。それこそ俺は本当の意味で独りぼっちになっていた可能性だってあった。


ふと、道路脇から合流しようとしている車が目に留まる。その車は、公道を走る車の間に割り込むことが出来ず、タイミングを伺いながらも如何することも出来ずに居た。そんな時、一台の車が車道に入り込むのを譲るように減速し、「どうぞ」と言うようにパッシングをする。

それによって道路脇に居た車は合流することが出来た。そして、感謝の意味を込めてハザードランプを点滅させた。

普段ならば目に留まることの無い、何気ない光景。だが、そういった一つ一つの行動にも、他人の思いやりが込められていることを知った。

近所の住民に挨拶をするおばさん。道に落ちたゴミを拾っては、「つい拾ってしまったけど、もう一回捨てるのも嫌だからどこかに捨てに行こう」というようにゴミを持ち歩く若者。

後ろから来た自転車に道を譲るように道路脇に体を寄せる少年。電車で高齢の方へと席を譲る青年。

俺だけが特別ではない。それが、女性の身体に変化した、という常軌を逸した事情を有していようと他人にはそんなことは関係ないのだ。

そこにあるのは、俺か、それ以外の人間か。という違いに過ぎない。男性も女性も関係は無い。

()()()()()()()()()()()()()()()()

他人の苦痛を完全に理解は出来なくとも、その苦痛になるべく歩み寄ろうとすることが、俺が求めていた強さの正体だったのか、と思う。


気がつけば、病院の前までたどり着いていた。それを自覚した瞬間、思わず足が竦む自分がいたことに気がつく。

「今更ビビるなよ、一ノ瀬 有紀……!」と自分を説得するように、ぎこちなく足を踏み出す。

いくら誤魔化そうとも、「二度と顔を見たくない」とまで拒絶された親友の元へと行くことは怖かった。だけど、例え彼に拒絶されたとしても、俺はもう向き合うことを恐れるわけには行かなかった。

それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ある種の責任だった。


続く

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