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折れたツノ(前編)

最近TSが話題になっているので僕も書きました。

何卒よろしくお願いいたします。

その人を印象づける要因の55%は外見によるものだという法則があるらしい。

果たして、その中に性別という要因はどれだけ含まれているのだろう。そして、俺が私になった時、果たしてそれは同一人物だと誰が認識できるのだろう。


激しい雨が教室の窓ガラスを叩く。夏も本番という時期なのに、一向に梅雨の名残は抜けそうもない。

波長の平坦な、教師の教科書を読む言葉を聞きながら窓際の席に座る俺――、一ノ瀬(いちのせ) 有紀(ゆき)は外の景色を眺めていた。

暗く、圧迫感さえ感じるような鈍色の大空に降り注ぐ大粒の雨。まるでそれは大空が泣いているかのような気持ちにさえさせる、気持ちの沈む雨だった。

今は授業中だというのに、既にこれから自身が辿る帰路のことを思案し、げんなりする。この大雨の中を帰らなければならないのか。

ただ、この日は帰る前に一つだけ用事があった。俺はこっそりと机の中に隠した手紙を見る。

『放課後、食堂へ来てください 2-1 ○○』と可愛らしい丸文字で書かれた手紙。右下には学年と名前が書かれているが、恐らく接点のない名前だ。

おおよそ内容は見当が付くが、それに対する自身の答えもある程度考えてはいた。手紙を机の中に再び隠し、教壇の方を見る。相変わらず教師は波長の変わらない言葉の羅列を述べていた。

廊下の方をチラリと見やると、余所のクラスの体育の授業が終わったのだろう。ガヤガヤと賑やかに廊下を歩く体操服の集団が目に映った。その中の一人に、よく知った女学生の顔が見えた。

彼女は船出(ふなで) 道音(みちね)という名前の、一年後輩の女子生徒だ。長い黒髪にヘアバンドを重ねた、大和撫子という言葉が似合う女性だ。彼女は俺の存在に気がついたのだろう。こっそりと皆にばれないように手を振り、存在をアピールしてきた。正直スルーしても良かったのだが、一応返事として、誰も気がつかないようにこっそりと右手を挙げて合図を返す。

その俺の返事に満足したのか、楽しそうな表情を浮かべ、彼女は友人と談話しながらその姿を廊下から消す。その姿を見届けてから、俺は授業の終わりを待つことにした。

教壇上の時計は、十二時十五分を示していた。


雨はそれでも止む気配はない。アスファルトを穿つが如く、冷たく鋭い雨が叩く地面。雨天のため部活動は中止となり、誰も居ない食堂に俺はやってきた。

件の俺を呼び出した女子生徒はまだ来ていない。ただぼーっと待つのも嫌なので、俺は持ってきていた文庫本を開く。非現実的な、空想で描かれたファンタジー小説だ。展開もそろそろ佳境に入ろうか、というまで読んだところで俺の名前を呼ぶ声がした。

「あの、一ノ瀬、くん……だよね?来てくれて有り難う」

「ああ、そうだけど」俺は読みかけの本にしおりを挟み、声のした方に振り返る。

そこに居たのは、黒い髪をボブカットに切り揃えた女子生徒の姿だった。覚悟が決まったようで、どうにも煮え切らないような、うじうじした様子を見せている。

彼女が何を言いたいのか大抵推測が付く。その答え合わせをするかのように、女子生徒は口を開いた。

「私、一ノ瀬君に一目惚れして……」

「俺、恋愛とか興味ないから」

最後まで彼女の言葉を待つこと無く、俺は目の前の女子生徒の告白を切り捨てた。彼女は餌を待つ鯉のように口をパクパクと動かすが、その動きに言葉は付いてきていない。

「えっ、あの」

「正直お前のことも知らないし、()()()()()()()()()()()()

「――っ!!」

告白の成功の可能性は皆無だと分かったのだろう。彼女は目に深く涙を浮かべ、踵を返し豪雨の中へと消えていった。もはや雨だか涙だか分からない雫が彼女の頬を伝っていくのが見えた。

最後まで彼女が走り去るのを見届けてから、俺は自動販売機でジュースを購入しようと思い立ち、踵を返す。その後ろから、「有紀」と声を掛けてくる者が居た。

「さっき女の子が泣いて走り去るのが見えたよ。もしかしてだけど、また女の子を傷つけるようなこと言ったの?」

そこに居たのは、大人しめな雰囲気を醸し出した、どこか幼さを感じさせる風貌の男子生徒だった。

「んだよ、さっさと告白なんか断る方がお互いのためだろ。真水はそう思わねえの?」

こいつ、鶴山(つるやま) 真水(まみず)とは小学生の頃からの付き合いの、いわゆる幼馴染みだ。たまたま家が近かっただけの、腐れ縁という奴に過ぎない。

俺が言葉も繕わずに言うと、彼は大きくため息を付いた。

「せめて余分に傷つけないように言葉を選ぶってのが大事でしょ……。どうせ最後まで告白の言葉も待たずに断ったんでしょ?」

「まあな。ハナから断るつもりだったし」

「知ってるよ……ホントによくあの子も、苦労するなあ……」

彼がふと『あの子』という言葉を発するものだから、俺は再びげんなりした気持ちに見舞われた。

「おいおい、勘弁してくれよ。あいつの話はさ……」

「あ、先輩が私の話してる!せんぱぁーーい!!」

活気に溢れた声が聞こえたと共に、背中に誰かが飛びかかってくるような感覚がした。その方向に振り返ると、長い黒髪が見えた。

「おい、離れろよ船出」

そう言いながら、船出の頭を押して彼女を引き離そうとする。だが、彼女は「いーやぁ!」としがみついて離れない。相手をするのも面倒なので、その彼女がへばりついたまま自動販売機でコーラを買うことにした。

ちなみにその一連の動作をしている間も、船出はちょこちょこと歩きながら付いてくるものだから、その様子を見た真水が「ぶふっ」と吹き出す声が聞こえた。

「ふへへ、先輩の匂いだぁ。今日も先輩が好きですぅ」

「ごめん無理」

「……ちぇー」

船出 道音はようやく抱きついていた手を離す。俺が振り返ると、わざとらしく口を尖らせながら、長く揺れる黒髪を弄っていた。その様子一つ一つがサマになっては居るが、それと俺が恋情を抱くかどうかはまた別問題だ。

「てか何でお前らこっち来るんだよ。今日大雨降ってんだからさっさと帰れよ」

そう俺が冷たく言い放つと、真水も船出も、顔を見合わせてから真顔で答えた。

「いや、僕はいつも一緒に帰ってるじゃん」

「私もー。先輩の家と駅近いでしょ?」

「なー」「ねー」

「お前ら楽しそうだな……」

俺は半分呆れた表情を作りながらも、一緒に傘を差して帰路を共にすることにした。


★☆☆☆☆

「じゃあ、また週明けですねぇ、またね、一ノ瀬先輩、鶴山先輩っ」

「うん、また週明けー」

「まぁ……気をつけて帰れよ」

駅のホームでそう別れを告げて、俺と真水は同じ道を帰ることにした。というのも、俺とこいつは家が真向かいにあるため、玄関に入る直前まで一緒に帰るのがもはや小学生からのお決まりとなっていた。

水たまりを避けながら俺達はともに帰路を辿る。灰色のアスファルトに雨水が染みこみ、ほぼ黒に近い色に変化していた。

雨粒が傘を叩き、溜まった雨水が傘の先から流れ落ちる。それは小さな滝のように、俺達の回りを囲うように流れる。

「ねえ、有紀」

「あ?んだよ真水」

「明日さ、もし晴れてたら行きたいところあるんだけど」

「は?どこ」

そう俺が疑問を投げかけると、こいつはポケットからスマホを取り出し、一枚の画像を見せつけてきた。

それは一枚のスクリーンショットで、画像内に『金色のカブトムシの噂』という文面が踊っている。

「これさ、近所の山で居たんだって。金色のカブトムシ。ほら、見てみたくない?」

真水の目がまるで子供のように輝いていた。こいつ、本当に俺と同じ高二だよな?とふと疑問に思うほど、こいつは純粋な目線を俺へと向ける。

「いや、まあ興味ねーことはねーけどさ……」

「でしょ!?明日の天気予報晴れだし、土日だし!せっかく面白そうな話があるんだから行かなきゃ損だよ」

「……いや、ガキじゃねーんだから、別に行かなくても」

「行かなきゃ損、やらなきゃ損、さあ明日行くよ!」

「話聞けよ……」

半強制的に、俺は真水主催の金色のカブトムシ捜索イベントへの参加に加入することになってしまった。まあ、偶には童心に返るのも悪くないか、と割り切ることにする。

今になって思えば、これが全ての始まりだった。


第1話 後編にてTS予定です。

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