恋に恋する令嬢はとうとうラブロマンスを知り、そして口ずさむ。
これ(https://ncode.syosetu.com/n9091ip/)と同じ学園の生徒の話です。
「彼はわたしの家が統べる領地の村に住んでた同い年の男の子だったんだけど……ある日、女神様の恩恵を授かったからって、冒険者として旅立ってしまったの。でも彼は、星空がきらめく夜空の下で、こう言ってくれたわ。『僕はこの知恵を生かして、キミにつり合う男に成り上がってみせる。だからナナリー……この夢が叶ったら、僕と一緒になってくれるか?』…って」
神聖シルフェイド帝国にある魔法学園。
中庭の美しい庭園がのぞけるテラス席で、あたしはクラスメイトのナナリーの話に耳を傾けていた。
「素敵……。なんてロマンチックな告白なの!」
「ええ。わたしも……当時はそう思っていたわ。……先日の休みにわたし、帰郷するって言ってたでしょう? それで帰ってみたら、たまたま彼も帰ってて……でも、彼の隣にはわたしではない女性が居たわ。それも、たくさんの!!」
ナナリーがハンカチで目尻を押さえる。よほど悲しかったのか悔しかったのかは分からないけど、彼女は涙を流していた。
「聞いてみたら、みな、冒険で知り合った女性らしくて……自分に好意を抱いてくれている人達だから、おざなりになんて出来ないって……。『一番好きなのは君だから。どうか許してくれ』って言われたけど……わたし、我慢ならなくて……!」
きゅっとハンカチを握りしめるナナリー。
「そしたら、そこにいらっしゃったのよ。クリフ様が!」
「おお! ……だれ? それ」
「知らないの? 今、とっても噂されている素敵な殿方なのよ? 教会の『是正部』というところで働かれていて、女神様の恩恵を不適切に扱う不届き者を取り締まる仕事をしておられるんですって」
「へー……。あれ、でもそんな人が来たってことは……?」
「そう。クリフ様は、わたしの幼馴染を処断しに来ていらしたの。どうもあの不義理な男は、教会に迷惑が及ぶようなことを多くしていたみたいで……。結果、彼から女神様の恩恵は没収。冒険者としての職も取り上げられて、わたしとの婚約関係も白紙。今は教会で余罪を取り締まられている最中だって、両親から聞いたわ」
「おぉー! ざまーみろってやつだね! いやー、良かったねえ。ナナリー!」
「ありがとう、ミレーヌ。それで……去り際に、クリフ様が、わたしの手を取って、こう仰ってくださったの」
口元に手をあて、頬を薔薇色に染めたナナリーが続ける。
「『これでアナタのような純真な女性が救われたなら、私の仕事にも意義があったものです。』──って! わたしの手の先にキスを落としながら!!」
「きゃーっ!!」
「わたし、思わず恋に落ちてしまいそうでした…!」
「もう落ちてんじゃないのー!?」
「そんな。わたし程度の者では、とても恐れ多いわ……!」
もじもじしながら、満更でもなさそうな顔をするナナリー。
うーん、かわいい。こんな可愛いナナリーに言い寄られたなら、大抵の男は落ちると思うんだけどなあ。
ナナリーもナナリーだ。自分が可愛いってもっと自信を持てばいいのに……。
いや。でも、婚約者にフられたばっかとなっちゃ、そんな自信もわかないか……。世知辛いなあ。
「──その話……もう終わる……?」
あたしとナナリーと同じ席についていたリオが、げっそりした顔でそう言った。
「あ…あぁ。ごめんなさい、リオ。あまりお気に召す話ではなかったかしら…?」
「まあ……好き嫌いで分けるなら、駄目なほうかな……。二人が楽しそうだから、あんまりこうは言いたくないけど……」
物凄く小さな声で「つーか、今の話のどこに盛り上がるところがあったのよ…マジで意味分からん…」と、そこそこ聞き捨てならないことをリオは呟いていた。
ふっふっふっ。
それ以上、夢のないことを口にしたら締め上げますわよリオさんやい。
「いいのよ。わたしもミレーヌも、あなたのそういう自分に正直なところが好きなんですもの」
「……そ。ありがとね……」
「でもでも、リオってほんとこういうロマンスに興味関心がないよねー。勿体ない」
「いや……そもそも今回は相手がねえ……。教会自体、胡散臭い部分も多い組織だし……。執行部の奴らは言わずもがなで、是正部の奴らも、基本的に他人をなめてそうだしなあ……」
「ちょっとリオ! あたしとナナリーの憧れをぶち壊すことをあんまり言わないでよ!? リオがそう言うと本当にそうなんじゃ……って思えてきちゃうんだから!」
「あー……ごめんごめん」
ははは、と渇いた笑いをこぼすリオ。
「あーあ。いいなー。あたしもナナリーみたいな経験をしてみたいよー……リオはそのへん、どうなの?」
「んー……今は……いや。一生不要かな」
「なんでよ!?」
「あのねえ…。実際にそんな出来事に巻き込まれても、面倒なことばっかよ?」
「うぐっ! そういばリオも持っている側の人間だった…!」
それこそ、彼女は学園に入学したての頃に起きた「婚約破棄騒動」の中心に居た子なのだ。そんなリオが、トラブルやロマンに恵まれていないわけがないっ!
「今のナナリーの話にしても、婚約者に等しい男が教会に捕まるなんて、ナナリーの家にも色々と影響が及んで大変でしょ……って、ミレーヌの奴。聞いてなさそうね……」
「ふふふ。ミレーヌらしいね」
テーブルの上で頭を抱えてうんうん唸るあたしを、リオとナナリーが生温かい眼差しで見ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あたしはミレーヌ。この国に貴族籍を置く、しがない男爵家の娘だ。
好きなものは恋バナ、趣味は読書(ただし恋愛小説に限る)──といった具合に、恋に恋する乙女である。
貴族にしては奔放すぎる人生を歩んでいるとは思うけど、幸か不幸かうちは極狭領地を統べる貧乏遺族なので、なにかとゆるい家柄なのだ。(ちゃんとした子爵令嬢であるナナリーあたりと比べると本当にそうだと実感する。)
なにせ、領民の人達と一緒に畑仕事をするぐらいの家なんで。節約のために壊れた物を修繕してまた使う、なんてのもザラだし。お金がないから社交界への顔出しといったものも稀だし。お陰様で、刺激的な出会いといったものも、これっぽっちもないわけでして……。
……世知辛いネ……。
「はあ……。あたしもロマンスと出会いたい……」
「まーだ言ってる……。ほら、本屋ついたわよ」
その日の放課後。
あたしとリオは、ショッピングがてら街にくり出していた。
「アタシは隣のマジックショップを見てるから。互いの用事が済んだら合流でいい?」
「オッケー。それじゃ、また後でね」
店頭でリオと別れる。
あたしのお目当ては、本日発売された『救国の聖女さま』シリーズの新刊だ。
女性向けの恋愛小説と銘打たれているが、魅力的な登場人物が多く、描かれる事件が臨場感あることもあって、けっこう男性読者も多いらしい。
お目当てのものは早々に購入出来たが、当然リオはまだ出て来ていない。それなら待ち時間で少し読み進めちゃうと、あたしは店の外のベンチに腰かけた。
買ったばかりの本を開き、黙々と読み進めていく。
…あ。今回は黒騎士がメインに据えられているっぽい。
黒騎士とは、この小説の主人公である聖女さまに仕える最強の剣士だ。
彼は聖女さまに対して一貫して凪いだ態度を取っているのだが、ピンチの時には誰よりも率先して事態の解決にのぞみ、聖女さまを助けているという生真面目なキャラクターだ。
そんな黒騎士が聖女さまのことを嫌ってるのか好いているのかについては、ファン達の間で長いこと協議されていて、未だ、真相は作者のみが知るところである……の、だが──
「えっ!?!?!」
あたしは思わず大声を上げて立ち上がってしまった。
だって。
冒頭でいきなり黒騎士が、死んでしまったんですけど──!?!?!?
なんで!?
い…一体、ここからどうなっちゃうの!?!?
と、あたしがいつもの癖で自分の世界にトリップしかけた、その時──
「…おい。女ァ」
「え?」
顔を上げると、大柄で粗暴そうな男達が、あたしの前に立っていた。
たぶん冒険者か、傭兵の人達っぽいけど……?
「テメェが急に大声を出したせいで、兄貴の服に酒がぶっかかっちまったじゃねえか! この落とし前、どうつけれくれるんだあ!?」
確かに、あたしを睨む人の服には濡れそぼった痕があるけど……そんな言い掛かりを急につけられても……
「黙ってないでなんとか言え!」
「ひっ」
男の一人が、ナイフを抜いて凄んでくる。
下手な抵抗をしたら、殺される……!
そんな恐怖がまとわりついて、あたしは声も出せないでいた。
どうしよう。
確かに刺激は欲しかったけど、こんな刺激なら欲しくなかったよ…!!
「へっへっへ……そんじゃまあ、ちょっとオレ達に付き合ってもらおうかなあ?」
下卑た男の手があたしに伸びてくる。
誰か、助けて──リオ──
あたしは、あたしの終わりを実感した。
ずがしゃぁっ!
「ぐわあっ!?」
その時だった。
あたしに迫っていた男の上に、何かが落ちてきたのは。
「あー、いててて……。くそ、やっぱ屋根の上から落ちるといってーなあ」
それは、冴えなさそうな男の人だった。
年はあたしよりも少し上ぐらい。腰の剣からして剣士っぽいけど……その割に、格好は貫頭衣にズボンだけと、えらくラフだ。
そんな彼は、今の状況を理解してないのか、呑気そうに自分の足の腿をさすっている。
「テ…テメェ、何者だ!? よくもぉっ!」
激昂した男が、ナイフを振りかぶる!
斬られちゃう!
思わず、あたしは自分の両手で顔を覆い──
どべしっ!
けれども。
予期していたような生々しい音は、しなかった。
おそるおそる手をのけると、斬りかかっていた男が、地面で伸びているところが目に入る。
「あ、やべ。反射的につい」
……あの剣士さんが、体術だけで倒した……の……?
「…テ…テメェ。オレ達を傭兵集団・黒の獅子と知っての狼藉か…!?」
「え。なにそれ。高いの?」
「文脈を読めよ!? 傭兵だっつってんだろうが! なめてんのか!?」
「なめてはいないけど……えーと、その傭兵がなにしてんの?」
「仕事が無事に終わって楽しく歩き酒をしていたら、そこの女に貴重な酒を台無しにされたんだよ! そのツケを払わせようとしてたところで、テメェが邪魔してきたんだ!」
「あ、説明どうもサンキュー。へー、それは大変だなー」
「も…もう我慢ならねえ! 調子に乗んなよガキぃっ!」
それぞれの武器を抜いた男達が、一斉に剣士に斬りかかる。
けれどその人は全く動じず、剣も抜かず、
「え―……まあそうくるならお相手はしますがねー……っと」
一人。また一人。
ゆるやかながら確実に、男達を仕留めていって、
「ぐへっ」
「はい、終わり」
少ししたら、乱闘は片がついていた。
剣士さんの圧勝という形で……だ。
武器を持った数人がかりの傭兵が、たった一人に体術だけで負かされるなんて……!
「ふう……あ、あんた。大丈夫か?」
剣士さんがあたしのほうを振り返る。
「は…はい…。ありがとうございました…」
「別に礼を言われるほどのことじゃないって。たまたまだったってだけだし」
剣士さんがゆるやかに笑う。
何故だろう。あたしは、その人が輝いて見えていた。
悪そうな賊達。それに襲われるあたし。助けてくれた男の人…。
あれ。ひょっとしなくてもこれって、よくあるラブロマンスの導入なんじゃ──と、頭の片隅の冷静なところが、急速に思考を巡らせる。
ど、ど、どうしよう!?
なんかそう意識したら、急に心臓がどきどきし始めて……!
「ミレーヌ!」
そこで、誰かがあたしの名前を呼んだ。
リオだ。
周囲の惨状から事態を察したのだろう。
彼女は全速力であたしのほうに駆けてくる。
助かったんだと、本格的に涙腺が緩んだあたしの視界が潤む。
たんっ、とリオが地面を蹴り上げた。
そのまま、まっすぐと────
ずべしっ
剣士さんの顔面に、リオの跳び蹴りが入った。
……。
…………。
……………………な……
なにしてんのよこの子はぁ──────ッ!?!?!?
当然の結果として、剣士さんは地面にぶっ倒れた。
「ミレーヌ! 大丈夫!? この馬鹿に変なことはされなかった!?」
「あ…あたしは大丈夫だけど! リオ、その剣士さんはあたしを助けてくれたのよ!? なにキレイなハイキックを決ちゃってるのよ!?」
「…そうなの? アタシは、この男がまた懲りずにアンタに毒牙を剥けていたものだとばかり…」
「何がどうしてそうなるのよ!? あぁ、もう。折角のあたしのロマンスが……いや。それを抜きにしてもこの仕打ちはあんまりでしょ!? 大丈夫ですか!? もしもーし!」
倒れた剣士さんの肩をゆする。
幸い、剣士さんは意識があるようだ。
「うぅ…」と呻きながら、なんとか体を起こそうとしている。
そんなあたしを見て、
「ミレーヌ……。アンタに一つ、忠告をしておくわ」
ぽん、とリオがあたしの肩を掴み、目と目を合わせてくる。
彼女の顔は、真剣そのものだった。
「この男だけはないわ。やめておきなさい」
「は……はぁ!? リオ、急に何を言いだしてるの!?」
「急だとはアタシも思う。でも、これは本当にそうなの。大変かもしれないけど、どうか今はアタシの忠告を聞き入れて欲しいわ……」
「どうしちゃったのよリオ!? なんかいつもと違くない!?」
友人の支離滅裂な発言にあたしは混乱を隠せない。
「……お取込み中のところ、いいかしら?」
そこに畳みかけるように、また別の声がかかる。
今度はなんなのよ!?と振り返ると、険しい顔つきをした女性二人が居た。
一目で分かるぐらいの美人だ。しかもタイプが全く違う。
一人は舞台の主演を張ってそうな派手やかな美人で、もう一人は深窓の令嬢染みたおしとやかな美人って感じで……何がなんやらと、あたしの頭はもうパンク寸前だ。
「驚かせてしまい、すみません。でも……安心してください。わたし達が用があるのは、そちらの男性ですから」
言葉を失うあたしを置いて、おしとやかな美女が頭を下げる。
「……この冴えない面をした剣士のこと?」
「そうよ」
リオの質問に、派手やかな美人が頷く。
リオは目を閉じると、大きく息を吸って……溜息という形で、深々と吐いた。
「……どうぞ、ごゆっくり……。ミレーヌ、行きましょ」
「え…。ちょ、っと。リオ……!? 助けてもらった恩も返していないのに!」
「そうね。それには感謝すべきでしょうけど……それとあれはまた別よ……」
リオに引き摺られて、あたしは渦中から遠ざけられてゆく。
そうしてあたしが目にしたのは──
「……いってぇ……なんなのもう……げっ」
ようやく体を起こした剣士さんだったが、自分に詰め寄る美女二人を見て、彼は焦った声を上げていた。
対する美女二人は、ゴゴゴゴ……という気迫の音が聞こえそうなぐらい、殺気立っている。
「鬼ごっこはもうオシマイかしら?」
「え、えーと……」
「それじゃあ説明してもらいましょうか。こっちの女と、私との関係がどういうものなのか」
「……それは俺が聞きたいぐらいでして……」
「この期に及んで言い訳をするつもり!? いいから私以外の女と同じベッドで寝ていた理由を、私が納得いく形で話せって言ってんのよ!」
「申し訳ないんですけど、たぶんそれに深い理由はなくてですね……」
「ふざけんじゃないわよ!?」
ぱしーん!
派手な美人の軽快なビンタが炸裂する。
対するおしとやかな美人は、おいおいと涙を流していた。
「酷い……酷いです……! わたしが作った料理とか、あんなに好きだって言ってくれていたのに、こんなのって……あなたの言葉は、全部嘘だったんですか…!」
「えー……そんなこと言ったのかなー……」
「っ! いっぺん去勢されちゃってください!!」
ぱぁん!
おしとやかな美人も負けじと剣士さんをひっぱたく。
「だ……だれが、たすけて……」
べしい!
「黙りなさい! 今日という今日はもう許さないんだからね!」
どーん!
「この女の敵! 嫌い、嫌いです!!」
どべがしゃあっ!!
…剣士さんがなにか言う度に、美女二人がどつく。
そこにあったのは、ロマンスの「ロ」の字もない…そんな修羅場だった。
「ミレーヌ、よく見ておきなさい…。あれがロマンスの果ての一つの結末よ……」
リオはこう続けた。
「うまい話や胸が高鳴る話にはね……けっこうな確率で、ああいう現実が待っているものよ……。ロマンの代償は高いってことね……」
あたしは無言で頷き……そして、口ずさむしかなかった。
「憧れって……残酷なのね……」
そんな形で、あたしの初・ラブロマンスは、あっさりと折れたのだった。
……世知辛い世の中だよぉッ!
とうとうラブロマンスが始まるかと思ったらラブコメだった、というオチですね。
連載作品(https://ncode.syosetu.com/n9153ip/)に出ているキャラと絡めたい+思いついたネタでまとめたお話です。
前の短編に続き、リオ登場。
彼女って、作品を作る上ですごく助かるキャラクター性をしてるので、つい出しちゃうんですよね…甘えかしら……。
でも、今回出てきたおとぼけ剣士にツッコミを入れられるキャラって…と考えたら、腐れ縁で仕事の縁で色々あった彼女が一番適任だと審議した結果なので仕方ない…!