理由
「ぎゃー!!!!」
「ひどい挨拶だな・・・。なんだ、なにかやましいことでもあるのか?」
そこには、私の大声に耳をふさぐ、テオドールさんが立っていた。
やましいことって・・・。「今あなたで妄想していました!」だなんて口が裂けても言えるわけない。ていうか、仮にも部隊の隊長なんだし、そう頻繁に姿を見せないでよ!
「いえ!なにもございません!それよりも第一部隊の隊長ともあろう方が、私に何か御用でしょうか?!」
「ああ、私は人事院からの言伝を君に伝えに来たのだが・・・。どうやら何か悩んでいるようだったので、声を掛けそびれてしまってな、どうかしたか。」
テオドールさんは手に何か封筒を持ってきていたが、「これは後でいい」と言って胸にしまってしまった。そして、「どうかしたか」と尋ねる際のテオドールさんの目が鋭く光ったことを私は見逃さなかった。言外に「何があったか言え」という無言の圧力を感じる。
しかし、この圧力と言い危機察知能力と言い・・・この人って、本当は第一部隊の隊長ではなく、軍隊の治安維持的なところに属しているのではなかろうか。
そんな眼力の前にうまい言い訳ができるわけもなく、私は早々に諦めて、ポーションの在庫が合わないことを白状した。もちろん、大事にしたくなかったであろうルークには脳内でごめんねと言った。
「そうか・・・。上級ポーション5本というと、25万bellほどか・・・。それが何度も続くというのは、確かに看過できる状況にはないだろう」
「そうですよね」
良かった。ここの認識については同じだ。やっぱり「放っておこう」なんていうルークの対応のほうが甘いというのは間違いないらしい。隊長クラスになると費用についての認識もしっかりとしているようだ。
・・・以外と日本では、管理職のほうが費用の使い方について甘かったりするのだが。
「結局、貴殿が王宮に来てから上級が足りないというのは何度発生したのだ?」
「あ、はい。今日を入れて7回です。」
「ほう、在庫をノートに記録しているのか。几帳面な仕事ぶりだな」
ペラペラとページを捲り確認すると、テオドールさんに手元のノートを覗き込まれドキッとする。この緊張は、上司に自分に仕事の成果を見られているときの緊張に似た感情・・・だろうか。
「ポーションは3日に1回のペースで5本ずつ無くなる。種類は必ず上級。・・・ここに少し妙な共通点があるな」
「え、そうですか?」
テオドールさんはそうさらっと言ってのけたが、妙な点なんてあっただろうか。いや、ポーションが無くなっている時点でおかしなことの塊なんだろうけど。
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、軽く笑い解説してくれた。
「5本という本数は奇妙ではないか?使うにしたら、1人分では多いし、2人分にしては1本足りない。3日に1本ずつ飲むとするならば、飲む人数に合わせて3の倍数になるはずだろう。」
「あ・・・。」
言われてハッとする。確かに、3日に1回“5本”なくなるというのはおかしな話だ。
仮に盗んだそれを自分で飲んでいたとする。ポーションは1日3本までが効果の上限であるため、毎日一人で上限まで飲むとするのなら、最低でも9本は必要だ。
逆に毎日1本ずつ飲んでいる場合、今度は2本余ってしまう。
もし盗人が2人いる場合は、1本足りないのだ。
そこで、ふいにポーションを手に取る。ポーションの大きさは、某乳酸菌飲料と同じくらいだ。両手を使えば6本同時に持つことくらいは容易であろう。
・・・もっと多く盗ることができる状況で、なぜ、わざわざ5本盗んでいるのだろうか。
顎に手を当てて考えていると、横からテオドールさんの手が伸びてきて、私の手の中にあったノートを取っていき、どうやら中に記載されていることを確認しているようだ。
「このノートを読む限り、君はポーションを誰がいつなんの理由で使ったか、までは管理していないように見受けられる。あくまで日別の在庫の増減しか管理していない。これはあっているか?」
「はい、そうです。私にはポーションがどんな時に使って良くて、どんな時には使ってはいけないのかなどがわからないので、声掛けや申請があった場合はすべて正式な使用とみなして記録しています。」
「申請とは?」
「あ、私が不在にしているときに、倉庫内のホワイトボードに使用記録をつけてもらうようにしているんです。こちらです。」
私はテオドールさんを倉庫に案内した。入ってすぐの一番目につく棚の側面には例のホワイトボードがぶら下がっている。軍は圧倒的に男性が多いことから、その人たちの目につくよう、側面の一番上につる下げたため、ホワイトボード自体は私の頭上よりも上にある。もちろん手を伸ばせば届く位置だ。
「確かに、この位置に置いてあれば、隊員たちが見逃すこともないだろう。記入漏れの可能性が極めて少ないと言えよう。第一、上級ポーションならば君が不在のタイミングで使用せざるを得なくなった場合、正規の手順で使用したいと思うだろうしな」
「!!ですよね!?よかった!その考えも同じです!」
ここでも考えが一致したため、思わず大きな声をだしてしまう。
「すると、ここにも奇妙な点があるとは思わないか?」
「え、ここにもですか?」
「ああ。上級を持ち出した人間は、なぜホワイトボードに記載しなかったのか、という点だ。その人間は、君が不在の際にポーションを持ち出していると考えるのが自然だが、ならばホワイトボードに適当に5本使用とでも書けばよかったとは思わないか?君は誰がなんの理由で使用したかまでの詳細をホワイトボードに記入することは求めていないのだから。」
「確かに・・・。そうですね、ホワイトボードに5とでも書かれていればなんの疑いもなく、不在時5本使用と記録していたと思います。」
「つまり、持ち出した人間には、ホワイトボードに記入することができない理由があったというわけだ。」
「ホワイトボードに、記載できない理由・・・?」
テオドールさんの言葉を聞き、私の中にある1つの仮説が生まれた。
毎回5本ずつ・・・
1日の効果の上限は3本・・・
ホワイトボードに記載できない理由・・・
それを確かめるため、私はノートを急いで遡った。
そして、その仮説は確信へと変わった。
「テオドールさん。わたし、ポーションが無くなる理由がわかりました。」




