懸念事項
翌日。
いつものようにポーション倉庫に重役出勤をし、ルーティンの在庫点検を行う。
「あれ。また上級ポーションが5本合わない・・・。」
昨日はテオドールさんに呼び出されてしまったため、終業時の在庫確認はできなかった。よって、昨日の朝時点の個数と、ホワイトボードに記載されている個数とを照らし合わせて在庫確認をしたのだが・・・。
またしても上級ポーションが5本足りなかった。
こうもポーション不足が続くと、そもそもの話しだが上級ポーションを使うような大怪我はそんなに頻繁に発生するのだろうかという疑問が生まれてきた。
以前1度だけ上級を使う場に立ち会ったが、その時のけがは、まさに“生死を争うような緊急事態”だった。またその夜ルークは「今日のような事故はなるべく無くそうとしている」といった趣旨のことを言っていた。
にも拘わらず、頻繁に上級ポーションの在庫不足が発生している。これは一体―・・・
「エリカ、おはよう!よかった、会えて。」
「あ、ルーク。おはよう。」
私がポーションの在庫不足について頭を悩ませていると、タイムリーなことにルークがやってきた。
日本に居た頃も、個数や残高が合わないことは無かったわけではない。そんな時は、一緒に働いている人に相談すると意外と速攻で解決したりするのだ。外からの視点で意見をもらうことは、経理業務においても大切なことらしい。
早速ルークに話を聞いてもらおうと思ったが、まずはルークの用件を済ませてしまおう。
「朝から倉庫に来るなんて、どこか怪我しちゃったの?みたところ目立った外傷はないようだけど・・・」
「ちがうちがう、昨日エリカが第一部隊に連れていかれたっていうのを見ていた奴がいて、心配になったから来たんだ。無事でよかった。」
なるほど、親切な誰かがルークにそれを伝達したってわけだ。しかし、無事とは。別部隊とは言え一応自分の軍の隊長だろうに。
「あ~、平気よ。私が異世界から来たっていうことに気が付いていたみたいで、聞き取り調査をされたって感じかな。でも処罰とかはされないみたいだし、このまま王宮に居ていいって。でも確かに超緊張したな~。魔法とかよくわからないけど、それでも隊長と副隊長クラスが揃うとやっぱり“圧”が違うよね」
冗談を交えながら昨夜の出来事を端的に伝える。するとルークは目をまん丸にして驚いてみせた。
「えっ、隊長と副隊長って・・・。テオドール隊長とグレル副隊長に会ったってこと・・・?!それで、処罰はなくて、これからも王宮に居ていいって・・・!?」
「そうよ。執務室でそんな話をしたわ。なに、そんなに驚くことなの?」
「あっ、いや、その・・・。この際だからちゃんと言うけど・・・。実はエリカって、正式に王宮の職員として登録してないっていうか・・・。本当は今不法侵入中というか・・・。」
ルークの発した言葉に耳を疑った。えっ、私が不法侵入って・・・?!
ことの詳細や事情は分からないが、“不法”という耳慣れない言葉を聞き、背中に汗がタラリと流れたのを感じた。
「いやあ、ポーション倉庫が日に日に荒廃しちゃって、僕めちゃくちゃ焦っていたんだよね。でもまだ僕くらいの新米じゃ部下も持てないし・・・。そんなとき偶然エリカに会ったから、その、僕の助手って形で王宮に来てもらったけど、本当は軍に話を通していないんだ。だからつまり、今までエリカは不法侵入して、勝手に働きだしちゃった人だったってことになっていて・・・。」
「ええっ?!でも私、この石板をもらって毎日普通にこれで王宮に出入りしたり、お昼タダで食べちゃったりしていたわよ?!それに、何日か前、給与だってルークからもらったじゃない!?」
「その石板は、お客様ように使ったり、新入隊員でまだ石板が完成していない際に使ったりするようのブランクの石板なんだ。それを僕がエリカの名前で登録してさ。新入隊員が使うこともあるから、もともとその石板はお昼は食べられる設定にしてあるんだよ。
初めに渡したときに、僕、“入館証(臨時)”って言ったよね。言葉のまんま、エリカは毎日臨時の入館証を使って朝から晩まで王宮内にいるひとっていう風に今は管理されていると思う。あと、給料は僕の給料の一部をそのままエリカに渡したって感じかな。ははは。」
ルークは乾いた笑いを見せるが、不法侵入の当事者の私としては全く笑えなかった。
しかし、てっきり臨時職員として正式に王宮内で働くことが認められていたのだと思い込んでしまっていたが、思い返してみると不審な点がいくつかあったことを今更思い出す。
そもそも、日本に帰るために何とか王都に向かう必要があったところで、たまたまお世話になっている二人の息子が王宮に勤めていて、その伝手で私も王宮で働けるようになる。順風満帆すぎて慎重さに欠けていたということは否めない。
王宮での私の勤務について、ルーク以外の人から説明を受けたことや、給与形態や勤務条件に付いての話は一切なかった。
もしかしたら、出勤から退勤までがあまりに自由だったことも、私が正式な職員でなかったからだろうか、
また例の給与だって、口座を持っていないから現金支給であることは理解できたが、なぜかルークから手渡しされたことも今思い返すとおかしな話だ。
あとは、初日にテオドールさんに会ったことを伝えたとき、過剰な反応を見せたルーク。あれは私が“非正規”にポーション倉庫で働いていることがばれたと思って狼狽えたんだ・・・。
「エリカったら僕の見込んだとおりにポーション倉庫を整理してくれたけど、想像以上にリリーやジェノス、ほかの隊員と親睦を深めちゃうからさ。いつエリカが正規の職員じゃないってばれちゃうか、僕ずっとヒヤヒヤしてたんだ~。
でも、もう大丈夫だね。テオドール隊長に、王宮内の新しい勤務地を用意するって言ってもらえたようだし、これは正規職員への昇格ってことなんじゃないかな!ハハハッ」
「いや・・・。多分、テオドールさんには私が不法侵入者ってバレていたみたいよ。昨日、呆れた顔で、勤怠契約を見直そうって言われたもん。」
そうか、あの時の彼の微妙な呆れ顔は、このためだったのか。
テオドールさんは私が異世界から来たことを疑いつつ、かつこの王宮内に不法侵入している恐れがあるということを把握しておきながらも、今日まで私とルークを処罰しないでいてくれたんだ。
初めて会ったときはその威圧感に滅茶苦茶圧倒されたが、テオドールよ、意外と融通が利く男ではないか。
「げ、マジか〜〜!やっぱり隊長は甘くないかな〜?やばいな、始末書今年度だけで何枚目になっちゃうんだろ・・・。
また、何はともあれ、懸念事項がすべて解決してよかったよ!これで僕も安心して業務に打ち込める!」
そのルークの一言を聞いて、冒頭に考えていたことを思い出す。
忘れないうちにルークに伝えないと。
「あ。懸念事項、まだ1つだけ残っちゃってるの。上級ポーションがね、ここのところ5本きっかり足りないことが何日も続いていて・・・。」




