禁術
「君がどのような経緯をたどって今日までを過ごしたかは大変よく分かった。だが残念なことに、今の我が国の最高魔法技術力を以てしても、君を元居た世界に返すことはできないんだ。」
あ、呼び方が“貴殿”から“君”に変わった。なんてどうでもいいか。それよりも今の発言の中で最も重要なことは、やはり後半の部分だろう。
「そんな・・・。それはどうしてですか。」
「そもそも先ほども言ったが、召喚魔法はすでにこの国では大昔に禁じられている。つまり今この国で召喚魔法を使える人間は存在しないのだ。」
“召喚魔法は禁じられている”
確かに先ほどポーション倉庫でテオドールさんに言われたときも気になった発言だ。
ランスさんとロレッタさんも、“上級以上の古代魔術”とか“使える人は王都にもいないのでは”といった趣旨のことは言っていたが、“禁止”とは言っていなかった。これはどういうことなのだろうか。
「その昔この国でも、天災や戦が絶えなく起こった際には一縷の望みをかけて異世界から救世主や聖女を召喚しようとしていた。ただし、どうやってもうまくいかなかったのだ。」
「うまくいかなかった、というと・・・?」
私が尋ねると、テオドールさんは持ってきたファイルの付箋が貼ってあるページを開きながらこう答えた。
「異世界から人間を召喚するという儀式魔法については確立していたのだが、いざ召喚を行うと、救世主の上半身しか召喚できなかったり、全身を召喚することに成功したと思ったら、一瞬で若者から老人へと年老いて、そのまま息絶えたりしたそうだ。
つまり、成功例がないということだ。
そして何度か召喚に失敗した後、この魔法は非人道的であるという批判を受け、結果古代魔術として方法は国立図書館の禁書に残されているものの、禁術として使用を禁止している。
禁書の閲覧も通常の人間には認めていない。よって今現在召喚魔法を公式に発動することができる人間はいないのだ。
もしもたとえ、この先わが国最高峰の魔術師に禁術使用の許可を出し古代魔法を習得させたとする。だが、それで元の世界に送り返すことはできたとしても、その際に君が無事であるとは言い切れないのだ。」
テオドールさんのいう召喚魔法の歴史を聞いて、悪寒が走った。
頭の中で、古代の聖堂のような場所に大きな魔方陣が書いてあるような“よくある召喚の儀式の図”を想像する。
そこにいざ魔法を発動したら、上半身しか召喚できなかったって・・・、呼び出された人は目も当てられないほど悲惨すぎるし、その場にいた人たち阿鼻叫喚だっただろうな。グロテスクにもほどがある。
でも、確かに言われてみれば、ピンポイントで召喚したい相手を傷つけずに対象人物のみ召喚できるなんて、物語の召喚魔法は都合がよすぎるかもしれない。現実はこんな風に頓挫するものなのだろう。
「あと、私はそもそも召喚魔法自体に魅力を感じてはいない。今わが国は救世主とやらに頼るような事態には見舞われていないからな。なので、君一人のために国の最高峰の魔術師の時間を割かせるわけにはいかないというこちらの事情もある」
「ああ・・・。まあ、それはそうですよね。仕方ないことです。そこに異論はありません。」
威圧に満ちた人が少しバツが悪そうにしているのを見ると、却ってこちらが申し訳なく思う。
そもそも私がこの国に来てしまったことだって、この国やテオドールさんの責任ではないといことは私も十分理解している。国一番の魔術師の時間を私だけのために使えなんてことはハナから言うつもりは無かった。
私の反応にほんの少しだけ安堵したテオドールさんは、姿勢を正すとまた話を続けた。
「ただし、召喚魔術の成功確率が極めて低いということは先ほど述べた通りではあるが、一方で君が誰かの召喚魔法によって呼び出されたのではないかという推測はいまだ可能性として十分あり得る。
となると、誰かが何らかの目的で国の法を破り、禁術を使ったということで、それは王国軍第一部隊隊長として決して見逃せないことだ。だから私は君がこの世界にやってきた原因については引き続き秘密裏に調査しようと思っている。」
「秘密裏に、ですか?」
「そうだ。―・・・、もし本当に君が召喚魔法で呼び出されたとのするのなら、その魔術の使い手は相当レベルが高い人間であるといえるだろう。
しかし召喚魔法はこの国では禁術だ。それを破って禁術を使用し君もしくは君以外の何かを呼び出したということは、そうとうな目的があってのことだろう。
もしその人物が王国の転覆を目的としていた場合、最悪戦争になる可能性も捨てきれない。よって理想としてはこちらで秘密裏にその人物を特定し、必要に応じて処分を下したいのだ」
「確かに、禁術を使える人間なんて、とっても魔法の扱いに優れていそうですもんね」
「ああ。そしてその人間が軍の中にいるという可能性もある。だから秘密裏になのだ。」
その発言を聞き、私がこちらの世界にやってきたことは、こちらの世界の治安を守る方たちからするととんでもない“イレギュラーな事態”であるということが伝わった。
確かに成功率の低い禁術を見事操り、異世界から人間を呼び寄せることのできる魔法使いがもしも国に反旗を翻したとすると、大惨事になることは容易に想定できる。
そして、そんな高度な魔法を操れる人間は軍の中にしかいないとテオドールさんは考えているのだ。つまり相手の目的次第では、最悪の場合内乱になることだってありえる、と。
そう考えると、国の平穏を守る国営軍の隊長としては見過ごせない事態だというのも頷けた。
しかし、門の衛兵の報告から国への危害の気配を感じ取り、ここまでを理論立てて仮設を立て、実際にそうなのか私に会いにきて確かめる。テオドールさんの行動力には驚かされた。




