胸の内
このバーは王宮から少し歩いたところにある隠れ家的なバーで、距離があるので当然見知った顔に遭遇する確率も低い。
席はカウンターと、脚の長いハイテーブルがあり、何となく異性と横並びでお酒を飲むのは緊張するので、ハイテーブルに陣取ることにした。
「エリカから誘われるのなんて初めてだから驚いちゃってさ。ジェノスに、なにかあったのかなーって聞いてみたら、昼間の事件について教えてくれたよ。大変だったね。」
そうそう。ジェノスのルークは同じ第3部隊の先輩後輩ということらしい。ただし配属の班が違うので、直接の、というわけではないそうなのだが、当然お互い認識のある存在ということだ。
私に労いの言葉をかけると、ルークは手元のレモン炭酸系アルコール飲料をグッと一口飲んだ。
私はこちらに来てからは専らソフトドリンク党だったが、昼間の悲惨な光景を忘れたくて、初めてアルコールに手を出した。というのも、泥酔してよからぬことを口走ったり、しでかしてしまった場合、日本と違ってどうなるかがわからなかったからだ。
・・・いや、日本でも泥酔したら最悪警察のお世話になるのだけど、そうではなくて、万が一魔法関連で何かやらかしてはいけない言う気持ちから、念のため避けていたのだ。
「いやー、ほんとびっくりしちゃった。自分が軍隊にお世話になっているってことは理解はしていたんだけど。やっぱりああいう事件もあるんだねーって。」
ちなみに私が飲んでいるのは、ピーチティーのようなアルコールだ。口当たりがジュースみたいだから飲みすぎないように注意しないと。
「まーね。今日あったみたいな訓練中の事故はなるべく無くそうとはしているけど、どうしてもつきものだよね。あれきっと、ファイガとサンダー使った2人、始末書書くんじゃないかな。」
「あ、こっちの世界にも始末書ってあるんだ」
「あるよ!ってことはエリカの世界にもあるんだ?僕はもう2度と書きたく無いよ」
「あら、私は書いたこと無いわよ!優等生だもん。」
2人で顔を見合わせて笑う。なんとなくルークが私を励まそうとしているのが伝わったので、私も酔いが回った勢いで自分の胸の内を吐露した。
「いやー、ほんと。グロテスクな光景だったって言うのもそうだけどさ、それだけじゃなくて。自分の無力さを改めて思い知ったというか。」
「無力?どういうこと?」
「うーん。私って異世界から飛ばされてきた訳じゃない?だから、なんとなーく自分は特別な存在だとか思っちゃってたんだよね。なにか大きなことがあれば、何かが起こるんだって。でも実際は、私は魔法だって使えないし、何か特殊な能力があるわけではないじゃない?なんていうか、理想と現実のギャップに打ちのめされているというか・・・」
そうなのだ。よくある漫画やゲームなどで、異世界に転生することになった人たちは、皆特殊なスキルを付与されていたり、もしくは初めから特別な地位で生まれ変わってきたりする。
だから私も、こちらの世界に飛ばされてきて、もちろん不安がいっぱいだったけれど、同じくらい〝これからどんな素敵な毎日が始まるのかしら〟って期待もしていた。
でも、私は違った。
私は〝わたしのまま〟で、何の変哲もないままに転生し、特別なスキルもないまま、以前と変わらないような生活を送っている。
いつか素敵なことが起こると、他責思考で今か今かと待ち侘びていたが、何も起こることはなく、今日までを過ごしてきた。
日が経つにつれ、私がこちらの世界にやってきた意味とは?私はこの世界に必要とされているの?という、漠然とした不安に襲われることが増えてきたのだ。
そして今日、目の前で大きな事故があったにもかかわらず、私はやはり何もできなかった。
大きな事故を見て、一番初めに思ったことが、卑しくも〝自分の身に特別ななにか起こるかもしれない〟ということだった。
もしかしたら、ヒーラーとして目覚めるのかも。もしかしたら、時を戻す能力が目覚めて、この人を助けられるのかも。
でも、現実はやはり違った。私には、何の能力も無い。
その現実を直視して、このまま自分は何も成長せず、何の役にも立てないまま、元いた世界に戻れることもなく一生を終えてしまうのではないかという真っ黒な感情で頭が支配されてしまったのだ。家族もいない、こんな恐ろしいことが目の前で起こる世界で、たったひとりで。
特別な存在じゃないのなら、こんな世界に居たくない。
こんな、恐ろしい。
嫌だ、怖い、帰りたい、怖い、帰りたいーーーー
「って感じで。目の前に大怪我している人がいるのに自分のことばっかり考えちゃって、嫌よね〜、私った、ら・・・」
自分の心中を明かしたことが少し恥ずかしくなり、笑い飛ばそうとしたが、ルークがじっと私の目を見つめてきて、思わず見つめ返してしまった。
「初めてあんな事故を目撃したんだ。魔法に縁がないエリカが怖いと思うのは当然のことだよ。」
それに、と続けてルークは話し出す。
「僕はエリカに特別なスキルがないとは思わないよ。エリカはいきなり知らない世界に飛ばされてきたのに、ちゃんと自分の力で身を立てているだろう。それってとても凄いことだと思う。
それに父さんや母さんがエリカを助けたのだって、ポーション倉庫番としてみんなに頼りにされているのだって、全部エリカの人柄だよ。だってフツー、魔法も使えない見知らぬ人が〝異世界から来ました〟って言ったっていくら能天気なウチの親だって信じないよ。でも、それを信じてエリカを助けたのは、それってエリカのことを一目見て信用に足りる人間だって判断したからだろう?それは今までエリカが培ってきたものが身から溢れているんじゃないかな。
・・・それにー・・・。やっぱりエリカがこの世界にやってきたのには、絶対に何か理由があると思う。」
「そう、かな・・・」
ルークに一息で断言され、胸が熱くなってくる。
「きっとそうだって。だから、その理由をこれからゆっくり探していけばいいんじゃないかな?できればその探す旅に僕も一緒についていきたいな」
そういうとルークはふわっと笑った。
なんだかルークがそういうのだから、やっぱり何か理由があってこちらの世界にやってきたのだと、少し心が軽くなったような気がした。
「そうね。ありがとう。帰る方法も、この世界にやってきた本当の理由もゆっくりと探すことにするわ。でもルークは私の探す旅に付き合うんじゃなくて、ちゃんと軍の人間として国を守らないとだめよ」
「ちぇっ、今、いい事言ったのになぁ」
「あはは、でもありがとう」
2人で肩をすくめて笑い合う。
それからは、他愛のない話をして、次の日に響かない時間に解散した。
私は異世界に飛ばされてきただけの、ただの凡人。
自分が特別でないことに改めて気付かされ、精神的にはキツイ1日だったけれど、ルークはこの世界で初めてできた一番の友達だと再確認することもできた良い1日の終わりになった。




