動機と平和ボケ
「うーん、うちの軍って全部で1万人くらい所属してるんだよね。ってことは、1つの部隊につき2,500人もいるんだ。隊長は1つの部隊に1人しかいないから、そんな大人数を束ねている人が怪我もしていないのにフラーッと一人でポーション倉庫に来ないと思うんだよね。ていうか、僕だって自分の部隊の隊長しか会ったことないもん。リリーもそうだよね?」
リリーが頷いて肯定する。どうやら自分の部隊の隊長以外には会う機会が殆どないようだ。
「へえ、そんな大勢の人間が軍に所属しているんだ。じゃあやっぱりあの人は隊長でもなんでもなかったのか。」
「もしかしたらエリカがあったのは、小隊の小隊長とかだったのかもしれないわね。」
さきほど部隊についての解説を受けた際に一緒に教えてもらったのだが、部隊はいくつかの小隊や局によって構成されているらしい。
ルークは第三部隊後方支援第4小隊、リリーは第三部隊薬事局一班、と言った具合だそうだ。
「そういえば、リリーは何で軍の薬事局に入隊しようって思ったの?」
ふとリリーの顔を見て、思いついた疑問を口にした。彼女はまだ20歳にもなっていないのに、軍に入隊してその力を国のために遺憾なく発揮している。立派だと思う反面、どうしてその道を選んだのかが気になったのだ。
「わたし?うーん、一番の理由は自分の魔法を誰かの役に立てたかったから、かな。
私、元々は南の田舎出身なんだけど、幼い頃は頻繁に魔獣に村を襲われてたの。それで逃げるように王都の近くの街に家族で引っ越してきたんだけど、王都の側だから討伐に行った兵士たちが負傷して戻るところとかを何回も見ちゃってね。それで、あぁ、私も逃げたり守ってもらうだけじゃなくて、何か出来るようになりたいなあって思ったのがきっかけかな。」
「り、立派だね・・・!!」
なんてしっかりとした動機なんだろう。思わず尊敬の眼差しを向けてしまう。
同じ歳の頃、そこまで自分の将来の方を考えていただろうか、いや考えていないと。
そういえば、就活の時も、地元で安定した職がいいというざっくりな理由で浜電を選んで、まさかの配属先がいきなり経理部で。別に商学部出身という訳ではないため、予想外の部署で大変な思いをしたことを思い出した。
まあでも、その経理の経験が活かされて、なんやかんや今王宮で働けている?のだから、結果オーライなのかな・・・。
あと、サラッと流していたが、幼い頃自分の村が魔獣に襲われていたというのは、かなり辛い経験なのではないだろうか。
「立派というより、私は恵まれているのよ。一緒に配達にくるポポロっているでしょう。あの子の故郷は私の田舎のそばなんだけど、同じように魔獣に襲われてしまって、お父さんはポポロを守るために亡くなってしまって、お母さんもその時の後遺症でまだ目を覚まさないらしくてね・・・。そういう経験をしている子って結構多いのよ。」
「そうなんだ・・・」
「ま、僕はただ成績がよかったから入隊しただけだけどね」
そうか。私はこちらの世界に来て、定時という概念がない緩い勤務スタイルや、魔法という煌びやかな世界に魅力しか感じていなかったけれど、やはりこちらの世界にも色々な負の事情はあるようだ。
日本は安全が保障されているという点については群を抜いているのだろう。
「そういえば、僕の先輩が話していたけれど、最近魔獣がまた現れるようになったから、近々第一部隊が討伐に行くらしいよ。リリーのところにもポーションの増産要請が行くかもね。」
「えっ、討伐って、ルークも行くの?」
耳慣れない言葉に、思わず反射的に聞いてしまったが、ルークは大したこともないといった風で返事をした。
「場合によっては行くことになると思うけど、僕はまだ新米だから先輩の後について簡単な回復魔法をかけたり、支援物資を運んだりするだけさ。
ポーションは嵩張るからたくさん持っていけないだろう?だから討伐には回復魔法が使える魔導士が同行するんだ。」
「魔獣と実際に戦うのは第一部隊と第二部隊の方たちが殆どだから心配しなくて平気よ。
あ、エリカ。グラス空いてるけど何か追加で飲む?」
「あ。そうだね、えーっと・・・」
と。なんて事のないように討伐の話をしている若い2人をみて、彼らにとって魔獣被害は常に側にある災害なんだと感じた。日本出身の私は、いままでいかに悠々自適に平和ボケしていたことに改めて気付かされる夜になったなぁ、と思った。




